第36話 故郷
第06節 冬~獣人少女の里帰り~〔5/6〕
「で、この人たちがお前の両親か?」
案内されたやや小ぶりの家の前にいた男女を指して、俺はシェイラにそう訊ねた。
「はいそうです」
「そうか。じゃぁ今日は親娘水入らずで、ゆっくり話し合うと良い」
「ご主人様は?」
「俺は一旦町に帰る。心配しなくても、明日の朝また来るよ」
「……でも」
「俺は、ご両親にあまり良い感情を持っていない。俺がいると、寧ろ話が拗れるよ」
「わかりました」
「じゃぁな」
シェイラが、ご両親とどのような話をするのかはわからない。和解出来るかもしれないし、致命的に決裂することになるかもしれない。
けれど、どちらに転んでもシェイラが納得してこの集落を出ることが出来ればそれで良い。そう思って、集落を後にした。
◇◆◇ ◆◇◆
リュースデイルの町に戻ると、心なしか町の雰囲気が朝より騒然としていた。
よくよく見てみると、殺気立って走り回っているのは、それなりの身形の男たち。かなりのことが起こったようだ。
「……成程。これがシェイラの言っていた“波紋”か」
そう。この騒ぎは、俺が密輸用の武具一式を自分の〔無限収納〕に押収したことに端を発しているという訳だ。しかし善良な町民にその原因を語ることが出来ず、事情を知る一部の者たちが何とか自分たちで決着を付けようと右往左往しているのだろう。
「おい、そこのガキ。ちょっとこっちに来い」
「俺のことですか? 一体何でしょう」
「見慣れない顔だな、何者だ?」
「旅人です。っていうか、この町でお役人さんたちが見慣れない相手で旅人じゃない人ってどれだけいるんですか?」
「余計なことは言わなくて良い。どこに向かうつもりだ?」
「近くの獣人の集落に。もっとも、追い返されてしまいましたけどね」
「それで、何処に宿を取るつもりだ?」
「これから探します。良いところをご存知なら紹介してください」
「フン、自分で探せ」
「そうします」
通常の〔亜空間収納〕の容量では、当然あれだけの武具を収納することは出来ない。だからそれを盗んだ下手人は、別のどこかに隠したか、或いは既に商隊の馬車に積み込んでいると考えるべきだろう。そしてその隠し場所に通ずるヒントを、まともに聞いても素直に暴露するはずがない。
今日町に来た俺は、彼らにとっては歴とした容疑者。だから聞き込みの内容から、犯人か否か、犯人に通じる手掛かりがあるかどうかを判断しようとしているんだろうが、まだ甘い。
俺はそのまま(尾行されているようだが、それは無視して)適当な宿を見つけ出し、そこに投宿した。
◇◆◇ ◆◇◆
翌朝。まだ日が昇り切らないうちに宿を出て、(尾行はあっさり撒いてから)改めて獣人の集落に向かった。
当然集落の見張りもいたが、これは無視して(というか見つからないように通り抜けることくらい造作もない)、シェイラの両親の家の前に来ると、既にシェイラが待っていた。
「おはよ。……良いのか?」
「おはようございます。……良いのです」
「そうか。じゃぁ行くぞ」
◇◆◇ ◆◇◆
「ここです。集落の、特に年頃の女の子は、ここで花を摘みます」
「薬草の群生地か。良いところだな」
「はい。女の子が、意中の男性に気持ちを告げる時もここに誘います。
だから、先客がいるときは後から来た人は遠慮する、というのが暗黙のルールなんです」
「そりゃぁ人攫いにとっては都合の良いルールだな。もしかしたら集落に内通者がいるのかもな」
「可能性は否定出来ません。どうなさいます?」
「事件を未然に防げば、しかし迫る危険を意識出来ない。なら一回事件が起きるのを待つしかないな」
「畏まりました」
「長丁場になるぞ。昨日はちゃんと眠れたか?」
「はい、お湯もいただきしっかり休息をとりました」
「よし。では作戦開始だ」
俺とシェイラは手近な樹に登り、〔気配隠蔽〕を発動。気配を消した。
以前のイノシシ狩りと同じだ。獲物が罠にかかるのを、ただじっと待つ。
◇◆◇ ◆◇◆
そのまま、四日が過ぎた。飲食をすると匂いが出るうえ排泄物の心配もしなければならないので、〔回復魔法〕で生命を維持しているが、(慣れている俺はともかく)シェイラはそろそろ限界である。今日一日で決着が付かないようなら、一旦戻って休む必要があるかもしれない。
しかし、昨日から近くの木陰に何度か人の気配が生じている。窺うように花園を見て、しかしある時間になると去っていく。おそらく『悪神の使徒』だろう。取り敢えず狙いを外してはいなかったと確信を持てた。
そしてついに。人が来た。けど、一人じゃない?
「ついてくるなよ」
「ついて行くよ。シェイラちゃんにお花を贈るの?」
「どうでも良いだろ?」
「良くないよ。シェイラちゃん、男の人が一緒だったじゃない」
「獣人の女には獣人の男の方が良いんだよ」
「……シェイラちゃん、穢された訳じゃなかったんだってね。それに、瘤もなくなって。だからなの?」
「あいつは俺に相応しくなって帰って来たんだ。迎えてやるのが男ってもんだ」
……何となく居た堪れなくなり、シェイラの方を見た。シェイラも、呆れた様子で苦笑いしていた。何だこの小皇帝は?
そんなタイミングで、身を潜めていた男たちが動いた。
「何だ、お前たちは」
「男ガキには用はない。そっちの娘。ついて来てもらうぞ」
「い……、いや!」
「黙れ!」
「くそっ、どっか行け」
獣人の少年は剣を抜いた。しかし、男たちは怯むどころか裏拳一閃。
少年の剣は、あっさりと弾き飛ばされた。
「死にたくなければそこでゆっくり見ているんだな」
この辺りで、俺とシェイラはお互いを見て一つ頷いた。
男たちは三人。一人は少年の相手をし、一人は少女を羽交い絞めにしていた。残りの一人は周囲を警戒している。
俺は周囲を警戒している男の背後に回り、ブラックジャックで後頭部を打った。
シェイラは少年の相手をしている男の背後に回り、鉄串で利き腕を貫いた。
「ぐゎぁ、な、なんだ?」
「え?」
そして少女を抑え込んでいる男に対し、シェイラは鉄串を〔投擲〕、狙い違わずその肩に吸い込まれてゆく。
それを見て、少年の相手をしていた男(おそらくはリーダー格)は、一瞬で分が悪いことを悟ったようだ。腕に鉄串を生やしたまま踵を返し、逃げを打とうとした。
が、甘い。【物体操作】の基本魔法で、事前に足元に用意していた縄を絡ませる。流石に亀甲縛りをするような空気ではなかったから普通に縛り、残り二人も同じく縄で縛った。
「え? シェイラ?」
「シェイラ、ちゃん?」
「この集落は狙われていた。おそらく、昔私を誘拐したのと同じ相手に。
だから戻ってきた。集落の女の子が、昔の私のようにならない為に」
その、シェイラの気持ちがわかる者は、おそらく(俺を含めて)この場に一人もいなかっただろう。
(2,957文字:2015/11/10初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/15 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)
【注:「小皇帝」とは、中国の一人っ子政策の末に生まれた、親に甘やかされ放題甘やかされ自我が肥大した子供を指して言います。転じて、何でも自分の思う通りになると思い込んでいる世間知らずのガキ、という意味にもなります】




