第35話 里帰り
第06節 冬~獣人少女の里帰り~〔4/6〕
シェイラの故郷である集落に向かう途中、丁度方向が同じだったので(道は違うが)、密輸する予定の武器が隠されている倉庫に寄った。
面倒臭いのでドアの錠は苦無で破壊し、中の武具等を片端から俺の〔無限収納〕に放り込んだ。わざわざ密輸犯を捕えなくても、密輸する商品を全て押収してしまえば密輸は出来なくなる。証拠を固めて逮捕状を発行するのは、別に俺である必要は無い。町長にまで手が届くかどうかは不明だが、ギルドの出張所の所長は確実に捕縛出来るだろう。
そして密輸事件など些事とばかりに、そのまま猫獣人の集落を目指す。
別にこそこそする必要などない。真正面から乗り込めば良いのだから。
「……良いのでしょうか?」
「良いんだよ」
「ですが、私は両親に会ったら何と言えば良いのでしょう?」
「好きにすれば良い。喧嘩をするも好し、仲直りするも好し。
ただちゃんと、自分の心にけじめを付けた方が良い。
自分が捨てられたのか、それとも自分が捨てるのか。
帰れないのか、帰らないのか」
「はい」
出来れば仲直りして欲しい、などと考えるのは、自分じゃないからだろうか?
俺個人の立場で考えたら、シェイラを捨てた両親は赦せないが、だからこそ俺はシェイラと出逢えたともいえる。
結局のところ、周囲がどうこう言う問題ではないのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「止まれ!」
ある程度歩いた先で、いきなり声をかけられた。
とはいえシェイラの隠形とは比較にならないほど稚拙なモノだった為、声を発する遥か以前に俺たちの〔空間音響探査〕に樹の上にいるその男の存在が反応していた。
「怪しい者じゃない。この先の集落に用がある」
「俺たちはお前などに用はない。すぐに立ち去れ」
「俺もお前に用はない。ついでに言えば、お前に許可を得る必要性も感じない。
邪魔するのなら、推して参る」
「舐めるな!」
その猫獣人、腰から山刀を抜いて飛びかかってきた。
が、俺がナイフを抜くより早くシェイラが前に躍り出て、流れるようにその男を組み伏せ、すぐにその身をひっくり返して俯せにし、男の両手を男の背中に持ってきて足で抑え込んだ。
……柔術、というよりも警察の捕縛術に近い。っていうか、五日前より余程強くなっているんですが???
「どうぞ、ご主人様。こんな小動物に拘る必要はございません」
シェイラは強いが、シェイラより弱い俺とて背中から不意打ちされてもどうとでもあしらえる程度にこの男は弱い。
なら無視して前に進むのが、最善だろう。
シェイラも、俺が通り過ぎたらあっさり男を解放し、俺の後に続いた。
◇◆◇ ◆◇◆
俺たちが集落の入り口に差し掛かった時。
「出会え! 侵入者だ!」
俺たちの後からついてきた男が、大声を上げた。
そしてその声に反応して、集落のあちらこちらから手に武器を(または農具を)持った男たちが集まってくる。
「大層な出迎え、ご苦労である。
この集落の至宝、シェイラの帰還だ。盛大にもてなすが良い」
「えっと、ご主人様? 何を言っているんですか?」
「だってシェイラ可愛いじゃん。俺の知る限り最高の美少女じゃん。
ならこの集落では、女王様然として扱われて当然じゃん?」
「何が『じゃん』ですか。そもそも私のことを可愛いとか美……何とかなんて言うのはご主人様だけです」
「当然だろ? 他の男がそんなことを口にしたら、俺はソイツと決闘しなきゃならなくなる」
「そうではなくて、私がこの集落にいた時は、ごく普通の子供でしたから。
そんな特別扱いなんてことはありませんでしたよ」
「何だ。猫獣人ってのは、目が悪いのか? それとも頭か? 否感性が悪いのかもしれないな。或いは余りに未開過ぎて、美に関する文化がまだ花開いていないとか?」
「ゴ・シュ・ジ・ン・サ・マ? いつまで遊んでいるんですか?」
「……いや、シェイラ。怖いよ」
「いい加減、真面目にやってください」
「ごめんなさい」
ともかく。
「ここに、シェイラの両親はいるか?
哀れな誘拐被害者となった我が子が帰ってきてもそれを喜べず、寧ろ捨てる理由を探したような駄猫どもはいるか?」
「お前に何がわかる!」
「野良猫どもの考えることなど知るか。それを言うならシェイラの気持ちをお前たちはわかるのか?」
「……貴様!」
「返答に窮したら大声を出して威圧する。三下の特徴だな」
「人間風情が、調子に乗るな」
「……シェイラ、下がってろ。お前は手を出すな」
「何してるんですか、って言いたいところですが。
孤児院で読んだ物語のお姫様のような気分になれるので、ここはご主人様にお任せします」
「任されよう」
威勢よく怒鳴っていた男が前に出てきた。
「で、お前はシェイラの父親なのか?」
「違う」
「成程。シェイラの親父ってのは前に出てくることも出来ない腰抜けか。いや、酒の助けがなければ言いたいことも言えない類の男なのか。
それで、あんたは?」
「俺はシェイラの父親の友人だ。お互いの子供たちを将来娶せようと話していたこともある」
「そういえばそんな話を聞いたことがあるな」
「おかげで俺も息子も大恥をかいた」
「何?」
「そうだろう。汚れ物を押し付けられるところだったんだからな」
「汚れ物、か」
「そういうお前は何者だ?」
「シェイラの家族だ。それ以外に言うことなどはないな」
「そうか。薄汚い人間は、汚れ娘をご所望か」
「これほど美しい花を見て、泥が付いているから醜いと言うとは、ネコの目とは何と不自由な」
「何だと?」
「多少の泥で穢れるほど、シェイラは貧弱な花じゃない。それを汚れというのなら、そういうお前こそが余程汚泥に塗れているんだろう。だからこそ、自分より汚いものを探しているんだ」
「黙れ!」
堪えきれなくなった男が、剣を振るう。
しかしこんな小さなムラ社会での腕自慢など、一騎当千が集う冒険者の街の基準で考えれば児戯に等しい。
軽く躱し、そして手に持った鉄串を男の額で寸止めする。
「口喧嘩なら、俺に勝てる可能性があったのに。
闘う気なら殺すよ」
「くっ……」
「男の“くっころ”は見苦しいだけだ。死にたいのなら自分で死ね」
そして、その男を無視して周りに問う。
「シェイラの家族はどこだ?」
(2,704文字:2015/11/08初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/13 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)
【注:作中の“くっころ”とは、オークに囚われた女騎士が屈辱を受ける前に自分を殺せという意味で「くっ、殺せ!」と叫ぶ、という定番の展開から、その「くっ、殺せ!」の短縮形として生まれたネットスラングです】
・ 作中で、猫獣人の男がアレクのことを「人間風情」と呼んでいますが、厳密に人種的な言い方をするのであれば「普人族」です。この場合の「人間」は蔑称にあたります。




