第34話 二つの事件
第06節 冬~獣人少女の里帰り~〔3/6〕
俺がリュースデイルに着いたのは、シェイラがハティスを出てから5日後の午前。予定通りならシェイラに二日遅れて到着したことになる。また『悪神の使徒』が早馬を持っているのなら、昨日のうちにこの町に入った筈。
そしてこの町は、誰がどこまで敵なのか全くわからない、魔窟となっている可能性も指摘されている。
その最右翼は、ギルド出張所。
しかし、一般的な冒険者の常として、出張所に足を踏み入れることにした。
「こんにちはぁ……、って、何か雰囲気暗くないですか?」
「何だおめぇは」
「今日この町に来た冒険者ですが。仕来りだから挨拶に来たのですが」
「そうか。今所長も職員も留守だ。代わりに俺が話を聞いておいてやる」
「所長も職員も留守って……、どうなっているんですか?」
「職員は二日前に貧民窟で殺された。所長は町長の館に行っている」
「殺されたって、そんなこと良くあることなんですか?」
「そんな訳ねぇだろう? あの小娘が来てから、この町全体が何か異様な雰囲気だ」
「小娘?」
「まぁそんなことはどうでも良い。それで、おめぇは二重王国への越境か?」
「否、この町の近くの獣人の集落に用がありまして」
「そんなところに何の用だ?」
「集落出身の獣人から、家族に向けて手紙を預かっているんですよ」
「あぁ成程な。だがこの近くの獣人の集落っていうと、猫獣人の集落だろうが、あそこは顔見知りの商人でもなければ近付くことも許さないってくらい排他的な集落だ。その手紙を渡せるかどうかわからないぜ」
「何とかやってみますよ。別に急ぐ依頼じゃないですしね」
どうやらシェイラは、俺の期待した以上に上手くやっているようだ。
そうなると、彼女との合流を優先しなければならないけれど、間抜けなことに場所も時間も決めていない。
前世のゲームなら、ここで選択肢が出るところだが……。
そうか、同じように考えれば良いんだ。
あり得る選択肢としては、猫獣人の集落を探す、貧民窟に向かう、町長の館に向かう、の三つだろう。そしておそらくどの選択肢を選んでも、最終的にシェイラと合流出来る筈。
なら、町長の館の様子を見るのが一番妥当だ。集落を探すのは手掛かりがなく、貧民窟では余所者は悪目立ちする。ならまず町長の館に行き、出張所の所長の顔を拝めれば重畳、という感じだろうか。
そして、もうすぐ町長の館が視界に入る、そんなタイミングで。
「……ご主人様。」
「うおっ!」
真後ろから声がした。
◇◆◇ ◆◇◆
振り向いても、そこには誰もおらず。それにしては声が近かったと更に周囲を見回すと。
「ご主人様、こちらです」
小さな声が、また響いた。そして、声のした方に視線を向けると、物陰にシェイラの姿が見えた。……というか、知っているからシェイラだとわかったのであり、知らなければゴミの山が声を出した、という雰囲気だった。
「今は人目に付きたくありません。移動します」
前世日本の戦国時代に活躍した忍者とは斯く在れかし、というように、見事な隠形を身に付けたシェイラがそう言い、感心しながらも言葉に従って移動した。
「この辺りで〔気配隠蔽〕を発動させてください」
人気のないところで言われるままに〔気配隠蔽〕を発動させ、更に移動。貧民窟の一角で、シェイラはようやく腰を落ち着けた。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、この二日間でシェイラが知り得たことを聞いた。
「そうか。瓢箪から駒というか。
武器の密輸、か。その密輸業者は、『悪神の使徒』だろうか……?」
「おそらく違うと思います」
「どうしてそう思う?」
「私が生み出した“波紋”に、乱れがないからです」
「波紋……?」
「私がこの町に書状を持ち込んだことで、アベル所長が動きました。
アベル所長が動いた結果、町長が動きました。
この町で生じている様々な波紋は、この両者の動きに呼応したものだけです。
一方私はすぐに身を隠しましたから、私が来たことによる波紋は最小限に収まっています。
また、ハティスの騒動が伝わっていたら、その波紋に更に乱れが生じたはずです。
結論として、まだ『悪神の使徒』は跳梁していないと思われます」
おそらくシェイラの言う通りだろう。
だがそうなると、これから起こる『悪神の使徒』による誘拐事件の阻止と、現在起こっている密輸事件の摘発、その両方を二人だけで対処しなければならないということになる。
……、否。そうではない。
「密輸事件は、取り敢えず放っておこう」
「良いのですか?」
「遠い国の言葉に、『二兎追う者は一兎をも得ず』というのがあってな。目標を二つ同時に達成しようなどと欲張れば、両方失敗することになる。
俺たちがこの町に来た目的は、『悪神の使徒』による誘拐事件を阻止することであって、密輸事件を阻止することじゃない。
いや正確に言えば、密輸事件の犯人を摘発することじゃない」
「どういうことですか?」
「密輸事件の阻止それ自体は、大した労力を必要としないっていうことだ。
なら、余力は全て、誘拐事件の阻止に傾ける方が良いだろう」
だが、どうやって?
シェイラの報告では、貧民窟から人が一人や二人いなくなっても、誰も気にしない。つまり、『事件』が起こらないのだ。だから誰が狙われているかなど、予期しようもない。
またそれ以外の人が狙われているとしても、その標的が誰かなど……。
否、まて。
これが通常の誘拐事件なら、怨恨やら身代金目当てやら、或いは人身売買の仕入れなど、様々な理由があるから予告状もなしに未然に防ぐことは不可能に近い。
しかし、今回の場合。
『悪神の使徒』による誘拐事件、と考えるから、標的が絞れない。
その上にいるであろう、狂的科学者である魔術師の目論む誘拐事件、と考えたら?
同類である俺には、その思考を追跡することが出来るんじゃないか?
一連の『悪神の使徒』による誘拐事件。対象になっているのは、若い女性だ。だからこそ人身売買と連動して想像してしまうが、そうでないとしたら?
数を揃えるのは、統計の揺らぎを減らす為。同年代の同性ばかりを選ぶのは、同一条件下での変化を確認する為。
考えろ。俺ならどうする?
拐された女性は、皆健康であった。つまり、貧民階級ではないということ。
数を揃えて実験するのなら、そこに敢えてイレギュラーを含めるべき。それは、事前に想定された揺らぎが想定通りに発生するかどうかで、事前の想定それ自体の正確性を推測出来る。
イレギュラー。南部国境の町。……獣人の集落!
既にシェイラで一定のデータを採っているのなら、そのデータの検証実験も兼ねられる。
「シェイラ。お前の故郷である集落はどこだ?
その中で、人目に付き難い場所は?」
(2,911文字:2015/11/08初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/11 03:00掲載予定)




