第33話 国境の町
第06節 冬~獣人少女の里帰り~〔2/6〕
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リュースデイルの町に、定住する者は少ない。
もともと宿場町だから宿屋兼酒場と商店、それから貸馬屋や両替商といった、旅人相手の商売をする者が長く居住するが、一方で国外流出が懸念されることから鍛冶屋・武器屋・砥ぎ屋などは営業を禁じられている。加えて有事には即戦場となることが想定される為、商店などの店主は隊商による期間営業か、或いは出稼ぎ労働者である雇われ店主かどちらかになる。
そもそも人の出入りの激しい町で、仮に誘拐事件があったとしても、それが騒ぎになることは殆どない。それ以前にターゲットになる女子供の大半は貧民窟にしかいないのだから、身代金目当ての誘拐などは起こりようもない。
同時に、性奴隷目当てや人体実験の素体探しでの誘拐の場合、寧ろ貧民窟の人口が減る訳だから、事実上誰も困らず黙認される。
そんな状況下で、もしかしたらまだ起こっていないかもしれない誘拐事件の調査、などが捗る筈がない。
だからシェイラは、はじめから調査しようとはしていなかった。そしてそれは、ハティスのギルドマスターも同様に考えていたようだ。だからこそ「密輸犯が潜伏している可能性」などという、事実に似通った(もしかしたらもう一つの事実かもしれない)シチュエーションを書状に認めていたのである。
これの意味するところはつまり。
ギルドの出張所を出たシェイラは、すぐに〔気配隠蔽〕を発動させ、身を隠した。すると、まずシェイラに投げ飛ばされた出張所の職員が出てきた。
彼は左右を見回して誰かを(などと言うまでもなくシェイラを)捜しながら、貧民窟に向かって歩いて行った。
続いて、アベル所長が出てきた。
〔気配隠蔽〕を維持したまま彼を尾行すると、そのまま町長の館に入っていった。
たかがギルドの出張所の所長程度の人間が、ほぼノーチェックで町長の館に入ることが出来るか? 答えは否であろう。どうやら、アベル所長はリュースデイルの町長と個人的に親しいようだ。
シェイラは潜入して、二人の会談を聴こうかとも思ったが、今はまだ危険に身を曝す段階ではない。身を隠したまま、状況が動くのを待つ。
暫くすると、アベル所長が出てきた。どうやら話し合いは終わったようだ。
少し考え、シェイラはその場を離れることにした。
アレクはシェイラに、こういう時は相手の身になって考えろと教えていた。
それに従い、アベル所長の身になって考えてみる。
もし、何ら疚しいことが無いのであれば、シェイラの来訪はどうということもないだろう。しかし、そうでなければその隠し事が露見しないように願うことになる。
調査員であるシェイラが無能だとすれば、その隠し事は見つからないままかもしれない。しかし、それは即ち今後永きに亘って隠し通せるという根拠にはならない。もしかしたら次はもっと有能な調査員が派遣されてくるかもしれないのだから。
そして、シェイラ来訪直後に町長の館を訪れた。
これは、ただ単にタイミングが一致しただけで、当初から予定されていた会談だったのかもしれない。だから予定通りノーチェックで館に入れたのかもしれない。けど、そうでなかったら?
所長の隠し事に町長が一枚噛んでおり、その為シェイラ来訪に関する情報を共有する必要があったとしたら?
町長も同様に、事が露見しないようにと手を打つことになる。
さてその状況で、彼らはシェイラに手を出すだろうか?
基本的に、手は出せないだろう。何故なら調査員がリュースデイルの町を訪れた直後に、その調査員の身に何かがあれば、それだけで町に何らかの問題があるという証拠になるのだから。仮に手を出すのなら、酔っ払いか浮浪者同士の喧嘩を装って、ということになる。
ではそのシェイラの、出張所を出て以降の足取りが全く掴めなかったら?
彼らに後ろ暗いことがあるのなら、どんどん疑心暗鬼を膨らませ、やがてススキの枯葉に幽霊を見ることになるだろう。
勿論、勘ぐり過ぎという可能性もある。しかしもともと手掛かりがないのだから、空振り覚悟で決め打ちした方が手っ取り早い。そしてその為には、動かない頭より動き回る手足を追った方が、全体の動きを推察し易い。
そういうことで、シェイラは貧民窟に向かったはずの出張所の職員を捜すことにした。
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貧民窟は、犯罪者の巣でもある。
盗みや殺しや人攫い、密輸から密偵まで何でもござれだ。
そこで、仮にも公職にあるギルドの職員が聞き込みなどをしていれば、当然目立ってしょうがない。
出張所の職員を見つけ出すのは、だから思った以上に簡単なことの筈だった。
が、状況は想像の斜め上を行っていた。
どうやらこの職員、貧民窟に来たことはなかったようだ。
というか貧民窟の住民に対するあしらい方を知らなかった、というべきか。
シェイラが到着した時には裸に剥かれ、全身に切り傷を負って絶命していた。
いきなり宛てが外れた(というか何というか……)為、またもや予定変更を余儀なくされた。
仕方がないので一晩、貧民窟の動きを調査した上で、職員の遺体を出張所の前まで持って行った。「事件が起きないのなら、騒動を起こせば良いじゃない」という具合である。
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翌朝。出張所に来た冒険者によって職員の遺体は発見されたが、その傷は複数の刃物によって付けられていることから、貧民窟の住人による犯行であることは明らかであった。また肌着に至るまで剥ぎ取られていることからも、この職員が貧民窟で下手を打ったことは明白であった。
アベル所長はすぐに出張所を離れ、またもや町長の館に向かった。
そして暫しの会談の後、館を離れ、そして町を出た。
アレクの指示は「町の中の調査」であり、町を出て調査することは許可していなかった。これはシェイラが単独行動する期間はたった二日間ということもあり、行動範囲を広げると際限がなくなる、という判断だったのである。
その為アベル所長が町を出た時、シェイラは一瞬躊躇した。しかしアレクの言葉を金科玉条の如く堅守することに意味があるとは思えず、そのまま尾行を継続した。
そしてアベル所長が向かった先にあったのは。
街道から外れた森の中、そこに道があると知らなければ迷うような獣道を抜けた先にあったのは、小さいとは言い難い大きさの倉庫。
中にあるのは、ざっと百を超える数の刀剣類だった。
(2,756文字:2015/11/08初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/09 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)
【注:「ススキの枯葉に幽霊を見ることになる」という表現は、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」(尾花とはススキのこと)という川柳からの引用です。
また、「事件が起きないのなら、騒動を起こせば良いじゃない」は、フランスのある高貴な女性が口にした言葉に起因する慣用句が原典です。その元ネタとなる発言をした「ある高貴な女性」が誰なのかは諸説があり、今日までその結論は出ていないようです】




