表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第二章:「ご主人様は教育学者!?」
85/368

第33話 国境の町

第06節 冬~獣人少女の里帰り~〔2/6〕

◆◇◆ ◇◆◇


 リュースデイルの町に、定住する者は少ない。


 もともと宿場町だから宿屋兼酒場と商店、それから貸馬屋や両替商といった、旅人相手の商売をする者が長く居住するが、一方で国外流出が懸念されることから鍛冶屋・武器屋・()ぎ屋などは営業を禁じられている。加えて有事には即戦場となることが想定される為、商店などの店主は隊商による期間営業か、或いは出稼ぎ労働者である雇われ店主かどちらかになる。


 そもそも人の出入りの激しい町で、仮に誘拐事件があったとしても、それが騒ぎになることは(ほとん)どない。それ以前にターゲットになる女子供の大半は貧民窟(スラム)にしかいないのだから、身代金目当ての誘拐などは起こりようもない。

 同時に、性奴隷目当てや人体実験の素体探しでの誘拐の場合、(むし)ろ貧民窟の人口が減る訳だから、事実上誰も困らず黙認される。


 そんな状況下で、もしかしたらまだ起こっていないかもしれない誘拐事件の調査、などが(はかど)(はず)がない。

 だからシェイラは、はじめから調査しようとはしていなかった。そしてそれは、ハティスのギルドマスターも同様に考えていたようだ。だからこそ「密輸犯が潜伏している可能性」などという、事実に似通った(もしかしたらもう一つの事実かもしれない)シチュエーションを書状に(したた)めていたのである。

 これの意味するところはつまり。


 ギルドの出張所を出たシェイラは、すぐに〔気配(コン)隠蔽(シール)〕を発動させ、身を隠した。すると、まずシェイラに投げ飛ばされた出張所の職員が出てきた。

 彼は左右を見回して誰かを(などと言うまでもなくシェイラを)捜しながら、貧民窟に向かって歩いて行った。

 続いて、アベル所長が出てきた。

 〔気配隠蔽〕を維持したまま彼を尾行すると、そのまま町長の(やかた)に入っていった。

 たかがギルドの出張所の所長程度の人間が、ほぼノーチェックで町長の館に入ることが出来るか? 答えは(いな)であろう。どうやら、アベル所長はリュースデイルの町長と個人的に(・・・・)親しい(・・・)ようだ。

 シェイラは潜入して、二人の会談を聴こうかとも思ったが、今はまだ危険(リスク)に身を(さら)す段階ではない。身を隠したまま、状況が動くのを待つ。


 (しばら)くすると、アベル所長が出てきた。どうやら話し合いは終わったようだ。

 少し考え、シェイラはその場を離れることにした。


 アレクはシェイラに、こういう時は相手の身になって考えろと教えていた。

 それに従い、アベル所長の身になって考えてみる。


 もし、何ら(やま)しいことが無いのであれば、シェイラの来訪はどうということもないだろう。しかし、そうでなければその隠し事が露見しないように願うことになる。

 調査員であるシェイラが無能だとすれば、その隠し事は見つからないままかもしれない。しかし、それは(すなわ)ち今後(なが)きに(わた)って隠し通せるという根拠にはならない。もしかしたら次はもっと有能な調査員が派遣されてくるかもしれないのだから。


 そして、シェイラ来訪直後に町長の館を訪れた。

 これは、ただ単にタイミングが一致しただけで、当初から予定されていた会談だったのかもしれない。だから予定通りノーチェックで館に入れたのかもしれない。けど、そうでなかったら?

 所長の隠し事に町長が一枚()んでおり、その為シェイラ来訪に関する情報を共有する必要があったとしたら?

 町長も同様に、(こと)が露見しないようにと手を打つことになる。


 さてその状況で、彼らはシェイラに手を出すだろうか?

 基本的に、手は出せないだろう。何故なら調査員がリュースデイルの町を訪れた直後に、その調査員の身に何かがあれば、それだけで町に何らかの問題があるという証拠になるのだから。仮に手を出すのなら、酔っ払いか浮浪者同士の喧嘩を装って、ということになる。


 ではそのシェイラの、出張所を出て以降の足取りが全く(つか)めなかったら?

 彼らに後ろ暗いことがあるのなら、どんどん疑心暗鬼を(ふく)らませ、やがてススキの枯葉に幽霊を見ることになるだろう。


 勿論(もちろん)、勘ぐり過ぎという可能性もある。しかしもともと手掛かりがないのだから、空振り覚悟で決め打ちした方が手っ取り早い。そしてその為には、動かない頭より動き回る手足を追った方が、全体の動きを推察し易い。


 そういうことで、シェイラは貧民窟に向かったはずの出張所の職員を捜すことにした。


◆◇◆ ◇◆◇


 貧民窟は、犯罪者の巣でもある。

 盗みや殺しや人(さら)い、密輸から密偵(スパイ)まで何でもござれだ。

 そこで、仮にも公職にあるギルドの職員が聞き込みなどをしていれば、当然目立ってしょうがない。

 出張所の職員を見つけ出すのは、だから思った以上に簡単なことの筈だった。


 が、状況は想像の斜め上を行っていた。

 どうやらこの職員、貧民窟に来たことはなかったようだ。

 というか貧民窟の住民に対するあしらい方を知らなかった、というべきか。

 シェイラが到着した時には裸に()かれ、全身に切り傷を負って絶命していた。


 いきなり()てが(はず)れた(というか何というか……)為、またもや予定変更を余儀なくされた。

 仕方がないので一晩、貧民窟の動きを調査した上で、職員の遺体を出張所の前まで持って行った。「事件が起きないのなら、騒動を起こせば良いじゃない」という具合である。


◆◇◆ ◇◆◇


 翌朝。出張所に来た冒険者によって職員の遺体は発見されたが、その傷は複数の刃物によって付けられていることから、貧民窟の住人による犯行であることは明らかであった。また肌着に至るまで()ぎ取られていることからも、この職員が貧民窟で下手(へた)を打ったことは明白であった。


 アベル所長はすぐに出張所を離れ、またもや町長の館に向かった。

 そして(しば)しの会談の後、館を離れ、そして町を出た。


 アレクの指示は「町の中の調査」であり、町を出て調査することは許可していなかった。これはシェイラが単独行動する期間はたった二日間ということもあり、行動範囲を広げると際限がなくなる、という判断だったのである。

 その為アベル所長が町を出た時、シェイラは一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。しかしアレクの言葉を金科(きんか)玉条(ぎょくじょう)の如く堅守(けんしゅ)することに意味があるとは思えず、そのまま尾行を継続した。


 そしてアベル所長が向かった先にあったのは。

 街道から外れた森の中、そこに道があると知らなければ迷うような獣道を抜けた先にあったのは、小さいとは言い難い大きさの倉庫。


 中にあるのは、ざっと百を超える数の刀剣類だった。

(2,756文字:2015/11/08初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/09 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)

【注:「ススキの枯葉に幽霊を見ることになる」という表現は、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」(尾花とはススキのこと)という川柳からの引用です。

 また、「事件が起きないのなら、騒動を起こせば良いじゃない」は、フランスのある高貴な女性が口にした言葉に起因する慣用句が原典です。その元ネタとなる発言をした「ある高貴な女性」が誰なのかは諸説があり、今日までその結論は出ていないようです】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ