第32話 初めての御遣い
第06節 冬~獣人少女の里帰り~〔1/6〕
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翌朝。シェイラはギルドマスターからの書状を携え、ハティスの街を出立した。
書状は、当初の予定ではギルドマスターからの密命で、という内容にする予定だったが、事の重要さを鑒みた町長が、自身の署名を付け加えることで「ハティス町長の特命でリュースデイル町の調査」という体裁を整えてくれた。
実際、ハティスは禁輸品を多く扱っている。そして『悪神の使徒』が扱っている商品は人間だけとは考えられない。武器と鉄、木炭と石炭。これが国内に広まるのならまだしも、国外へ密輸されるの可能性があるのなら看過し得ぬ問題になる。
『悪神の使徒』が領内で大きく幅を利かせているというのが事実なら、国境の町の行政関係者がかなりの割合で『悪神の使徒』に汚染されている危険性、というのは当然危惧すべき問題なのだ。
町長としても、領主と国境の町を行政圏に含める街や市の長に事実を通達するとともに、二重王国方面へ向かう商隊への強制査察等を一気に進める考えだった。
その意味でも、この五日間というのは重要な意味を持つことになったのである。
そしてシェイラ。彼女は、昼夜を分かたず走れば翌日の昼過ぎにはリュースデイルに着く自信があった。しかし、それはアレクに禁じられた。
寧ろ町に入ってからの二日間の方が、不眠不休で動き回らなければならない可能性が高い。だからこそ、確実に二泊して、三日目に町に入れと命じられたのである。
寝るところは野宿でも宿でもどちらでも良い。が、道端で野宿するのも、年端もいかない少女であるシェイラが一人で宿に入るのも、どちらも同じくらい危険を孕む。
シェイラはそれなら行動の選択肢が多い方が良いと、野宿を選んだ。
毛布を被りながら、〔空間音響探査〕を発動する。獣人としての種族特性なのか、この魔法との相性が良いからなのか、原因は不明ながら、熟睡していてもこの魔法は維持出来る。そして、状況に変化があったら一瞬で意識を覚醒にまで持っていけるのだ。下手に壁に囲まれた宿より、シェイラにとっては余程安全なのである。
食糧も水も、必要量は持参している。風呂も(この一年近く、入らない日は無いというくらい毎日入っていたが)入らなければ死ぬという訳でもない。五日後に埃塗れ・泥塗れでアレクを迎えるのはどうかとも思うが、汚い恰好をしていればそれで出来ることもある。最少の休息で、リュースデイルに到着した。
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リュースデイルは、典型的な「峠の関所の麓の宿場町」である。
国境を越えて一泊。或いは、明日国境を越える為に一泊。
そういう立地である為に、午前中から宿の帳場が開かれる。
また国境の町である為に、「町」の規模しかないにもかかわらず「貧民街」(正しくは「貧民窟」)を持つ。国境を越えた難民が、或いは、国境を越えたいけれど手形を持たない人が、しかし職もなく路銀が尽きた挙句に澱む場所。それが貧民窟なのだ。
加えてこのフェルマール王国南部の国境の町に共通する特徴的な風景は、というと、獣人の浮浪児の多さである。近くにある獣人の集落で口減らしの為捨てられたか、或いは奴隷として飼われた挙句飽きて捨てられたか。国全体の人口比で見ると極少数しかいない獣人も、国境の町ではかなり多く見かけるのだ。
そんな、貧民窟から出て来たばかり浮浪児のような出で立ちの、猫獣人の少女が冒険者ギルドの出張所を訪れたとき、冒険者たちはただの物乞いだとしか思わなかった。
「所長を呼んで。ハティスのギルドからの使いです」
「はぁ? 何言ってんだ?
おい小娘。どこで習った口上かは知らないが、所長さんはお前ごときが会える相手じゃないよ」
「貴方こそ、お呼びじゃないです。私はハティスのギルドの銅札冒険者です。この意味がわからないのですか?」
「あぁそうかい、わかったわかった。わかったから今日はお帰り」
そう言って出張所から押し出そうとした職員を、シェイラは一本背負いで投げ飛ばした。
伊達にアレクと組み手をしている訳ではない。そして、身体の柔軟性も筋力も、バランス感覚も格闘技のコツも、何もかもシェイラの方がアレクより上である。なら柔術の基本的な業一通りを憶えることくらい、シェイラにとっては造作もない。今では魔法のアシスト無しで(アレクが〔方向転換〕の助け無しには出来ないような技も含め)柔術の業を使えるようになっている。
そして、投げて倒れた相手の首筋に、戦闘ナイフを当てて、
「私が浮浪児なり物乞いなりなら、このままナイフを突き出します。
ざっと見たところ、ここにいる冒険者で私が警戒しなければならないような実力者はいないようですし、あなた方の懐を狙って歩いても、何ら面倒は起こりそうもありませんからね。
けど、これでもハティスの街では正規の活動をしている冒険者です。
改めて言います。ハティスのギルドからの使いで来ました。ここの所長にお目通り願います」
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シェイラの挑発的な物言いの為、出張所の待合は一触即発の雰囲気が漂っていた。
シェイラの投げ技は、この世界(正確にはこの地方)の常識にはないモノである。どうやったら自身の倍以上の体重の相手を投げ飛ばせるのか。それがわからない以上、迂闊に近付くことも出来ない。
しかし子供にしか見えない獣人に尻込みするのも、冒険者としての誇りが許さない。結局、睨み合ったまま状況が動くのを待つしかなかったのである。
そんなところに先程シェイラに投げられた職員が戻ってきて、シェイラを奥に案内した。
「儂がこの街の冒険者たちを束ねる所長、アベルだ」
「ハティスのギルドマスター並びに町長の発した書状を持ってまいりました、銅札冒険者のシェイラです」
「ギルドマスターと町長の発した書状、だと?」
「はい。詳細はこの書状に書かれた通りですが、簡潔に言えばハティスから禁輸指定された或る物を二重王国に持ち出そうとしている者がいて、それがこの町に潜伏している可能性が高いのです。その為の調査を行わせていただきます」
「何故、わざわざキミのような女の子が?」
「この町の、特に貧民窟を調査するのに獣人の娘というのは都合が良いと思いませんか?」
「成程。犯人がいると思わしき場所は、やはり貧民窟か?」
「この町で、犯罪者が潜伏するのに都合の良い場所が他にあるのでしたら、是非教えてください」
「キミの言う通りだ。この町は国境の町にしては治安が良い。そのような犯罪者が潜伏出来るのは貧民窟だけだろう。
宜しい。全面的に協力しよう。
さしあたっては、キミが投宿する予定の宿を教えてくれないかな?」
「……失礼ながら。夜は宿に泊まり、昼は貧民窟を歩いて聞き込みをする。そんな女が衆目を集めないとお思いで?
浮浪児を演じるのなら、道端で横になるのが様になるというモノです」
(2,980文字:2015/11/07初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/07 03:00掲載予定)




