第30話 悪神の使徒~考察~
第05節 夏から秋~てがかり~〔5/6〕
夜明けまではまだまだ時間がある。
今のうちに、掃除を済ませておこう。
そう思って洞窟の中に入ったのだが、隅から隅まで見て回った結果、掃除より滅却処分の方が良いという結論に達した。
照明石で作ったカンテラが明るすぎたのも一因だが、ただでさえ雑然としているところに、肉片が飛び散り血痕が天井までをも染めている(シェイラ、どれだけ張り切って暴れたんだか……)。
仕方がないので洞窟を構成する岩壁の、要となる場所を3箇所特定し、そこに無属性魔法Lv.1【物体操作】派生04. 〔振動破砕〕を撃ち込んだ。
〔振動破砕〕は新規開発魔法の一つで、物体に振動波を送り込んで破砕するという、文字通りの魔法である。とはいえ一般金属に対しては固有振動数を送り込まなければならないことから、現状では岩を砕くことしか出来ない。
要を破砕することで、この洞窟を完全に崩落させることに成功した(巻き込まれないように破砕する順番に気を使ったが、それでもぎりぎりだったのは御愛嬌、ということで)。
続いて、洞窟前の広場。
取り敢えず刎ねた首は並べ、胴体部分は(どうせ大したものは持っていないだろうし)特に調べもせず穴を掘って埋めた。
更に血で汚れた地面は、無属性魔法Lv.2【群体操作】で均し、血痕を隠した。
この時、これまで地面を動かす魔法が【群体操作】の基幹魔法だったのだが、俺の中で「群体=土」と印象が固定される危険に気付いたので、派生魔法として切り分けることにした。
無属性魔法Lv.2【群体操作】派生03.〔地面操作〕。寧ろ農地開拓にも使える、民生用としてはかなり使い勝手の良い魔法になった。
◇◆◇ ◆◇◆
夜半過ぎ、シェイラがギルドの馬車を連れて戻ってきた。
生存者11人を護送用の馬車に乗せ、代わりにハインツさんと銅札の冒険者旅団【暁の成功者】に所属する3人が残った。
「話は聞いた。運び屋が来るんだな?」
「あぁ。こいつらも一網打尽にする」
「なら手があった方が良いと思ってね、動ける人間を連れて来た。
だがこれはギルドの緊急依頼であり、キミたちからの依頼じゃない。
よって運び屋たちが持つ資金等の分配は、彼らに対しては必要ない」
「わかった。じゃぁ俺から彼らに、金貨10枚ずつ支払おう。わざわざ深夜に来てもらったんだからな」
「けっ。子供が粋がるな。おめぇに恵んでもらう筋合いはねぇよ。
だが、その心意気は買った。俺がおめぇでも同じことを言うだろうからな。
だから、3枚で良い」
「済まない。あんたたちの誇りを傷付けるつもりはなかったんだ」
「ちなみに、奴らどのくらい持っていると思う?」
「女たちの仕入れ代金だからな。一人20枚で100枚。他にも回る予定なら、その分もあるだろうから、500枚程度は期待出来るだろうな」
「……、やっぱ10枚だ。その上で、上手く事が運んだら酒でも奢れ」
「酒はないけど美味い飯なら心当たりあるぞ?」
「孤児院は勘弁。女子供の前で騒ぐのは、な」
「わかった。この間商人ギルドで、北方のブッシュミルズ産のかなり良い酒を仕入れた隊商が、貴族じゃなく酒場に卸したって話があったから、その酒場を探してそこで打ち上げをしよう。
ブッシュミルズを皆で呑み干そう」
「良いこと言うな。ヨシ、それで行こう」
◇◆◇ ◆◇◆
盗賊どもを護送した後、これ見よがしに焚火をして、そして俺とシェイラ、他冒険者3人は近くの森に身を潜めた。
今回は殺しは無し。運び屋も、奴隷商も、護衛役も、全員五体無事でギルドに引き渡す。
中の荷は勿論、馬車そのものも馬も、今回は全て戴くつもりなので、なるべくなら汚さず(この場合は血糊で、という意味だ)接収するのが理想である。
そして明け方。日が完全に上り切らない時間、四頭立ての四輪馬車が洞窟前に現れた。
「な……、何が起こっている? 落盤か?」
馭者を務めていた男が狼狽しているが、それに応える者はなく、
無言のままシェイラが〔投擲〕した鉄串が、その男の手足を撃ち抜いた。
絶叫を聞き、慌てて飛び出した護衛役も、利き腕と足を鉄串で貫かれれば戦闘など出来るものではなく、あっさりと冒険者たちに捕縛されることになった。
◇◆◇ ◆◇◆
馬車の中の奴隷商を縛し護衛役や馭者役とともに馬車の中に転がし、逆に馬車の中にいた女性9人の縄を解き、その馬車を奪ってハティスの街への帰路についた。
ちなみに、馭者も外周警戒も、【暁の成功者】が請け負った。「お前たちは一晩中大活躍だったんだから、帰りは馬車の中でゆっくり休め」と。
言葉に甘えて馬車に入り、横になりながら色々考えを巡らせる。
シェイラの身体に魔石を埋め込んだのは、『悪神の使徒』で間違いない。
目的も、おそらくは想像通りだろう。
その本拠は、おそらくモビレア市かその近郊にあるなら、そこまで行かなければなるまい。
その一方で、頭目が告げた、この領やこの国の“甘さ”。
東方のリーフ王国やカナリア公国とは幾度も干戈を交えているとはいえ、南方では暫く戦の気配がない。
二重王国の一方スイザリア王国とはあまり良好な関係とは言えないが、それは商業に関して競合する部分が多いだけであり、開戦に至るレベルの騒動ではない。
もう一方のリングダッド王国はどちらかといえば良好。というより、敵対するほど縁がない、というのが真理であろう。
このベルナンド辺境伯領が国境を接する国は他にマキア王国があるが、マキアはこの国フェルマールの最友好国であり、確かマキアの第三王子はフェルマールの第二王女と正式に婚約することを前提に、王都に留学している筈。
その平和ボケが国際犯罪者の楽園を作っているというのなら、これは領主の責任だろう。
……冒険者の立場で考えれば、それだけ仕事が多くなる、と言いたいが、そうも言えない。
何故なら、今回の依頼はあくまで「銅札への昇格試験」が主であり、盗賊団の討伐依頼ではない、ということだ。
一人二人攫って奴隷商に流す、その程度の盗賊団ではなく、今回の一件だけで(この馬車に乗っている女性たちも含めて)14人、更にモビレアまでの道筋とこの馬車のサイズを考えると、あと10人以上攫う予定だったとしても不思議ではない。
そのレベルの大規模犯罪が、しかし適正にギルドに依頼されていない。このことを考えると……。
何となく、小さくない問題に発展しそうな気がして、ちょっと嫌な気分になった。
(2,844文字:2015/11/07初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/03 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)
・ 「ブッシュミルズ」とは、この国の酒の産地の一つで高級酒の代名詞とされている地名です。




