第27話 盗賊討伐
第05節 夏から秋~てがかり~〔2/6〕
「私に魔石を埋めた、狂的科学者に繋がる糸……」
「単純に、悪神の名とその特徴からの連想だ。全くの無関係の可能性もある。
だが、狂的科学者に通じる手掛かりがない以上、可能性の種子は残らず拾うべきだろう。
良いか、今回の依頼の優先順位の一番は、お前自身の身の安全の確保だ。
偉そうに言っているが、俺自身も昔オードリーさんに言われたことだ。『死んで伝える脅威に価値はない、生きて情報を持ち帰れ』とな。命を懸けなきゃいけない局面など幾らでもあるが、それは無闇矢鱈と自身を危険に曝して良いという話ではない。特に今回はただの昇格試験だ。命を懸けてまで達成しなきゃならない依頼じゃない」
「はい、わかりました」
「……以前自分が言った言葉を聞かされると、どうも照れるわね」
「優先順位の二番は、もし囚われている人がいるのなら、その人の救出だ。
さっき俺は『盗賊どもはなるべく殺さず捕えろ』と言ったが、拐かされた人がいるのなら、その人たちの安全の確保の方が賊どもの生死より優先する。
そして優先順位の三番は、賊どもを逃がさないことだ。
生かしたまま捕えようとした挙句逃がしてしまうくらいなら、躊躇わず殺せ。死体や遺留品からでも情報は得られる。
……というか、ギルドはそれらから得られる情報で充分と思っているきらいもあるしな」
「ええ、今回の件でギルドとしては、それで充分だと思っています。それ以上の情報を欲しているのはアレクさんですから」
「では、情報を引き出す為に殺してはならないということですね」
「優先順位を間違えるな、ということだ。ただ喋れれば良いから、手足の四五本は千切っても構わないがな」
そんなこんなで方針の確認を終えた後、オードリーさんは試験官となるギルドの職員を紹介した。
「ハインツと申します。
今回の試験は、しかし実質的にはアレクさんに対する依頼を兼ねます。
その為アレクさんが直接行動することに対する制限はありません。
一応試験ですのでシェイラさんが前衛として行動することが求められていますが、本質的にはそれも強制しません。
ご存知の通り、銅札に値するだけの実力があるか否か。それだけが、判定の基準になると思ってください」
「わかりました」
◇◆◇ ◆◇◆
そして、時と場所は変わって『悪神の使徒』を名乗る盗賊団が拠点としている洞窟の、入り口を俯瞰出来る位置にある高台に、俺たちは来ていた。
「……見張りが二人、か」
「どうします?」
「それを考えるのはお前の仕事だろうに」
「あ、はい。申し訳ありません。
二人なら簡単に無力化出来ますが、なるべく殺さないように、というのは流石に厳しいと思います」
「そうだな。
それだけじゃなく、襲撃した事実そのものを洞窟の中には知らせないようにしなければならない。
その為には、気付かれないように、静かに、迅速に行動する必要がある」
「はい」
「あと、見張り交代のタイミングにも気を付ける必要があるな」
「どういうことでしょうか?」
「襲撃した直後に交代要員が出てきたら、襲撃がすぐに知られるだろう」
「確かにおっしゃる通りです」
「時間に余裕があるのなら、丸一日様子を観察していたいものだが、その一日でどれだけ状況が悪化するかわからない」
「それは?」
「その一日の間に次の襲撃の為に行動されたら? 或いは拐かされている婦女子に何らかの悪戯をされないとも限らない」
「……『悪神の使徒』は、『目的のこと以外については全く頓着しない』のでは?」
「それは狂的科学者の方だ。その下っ端の盗賊団ごときなら目先の御馳走に喰らいつかないとは限らない。
そういう訳で、二回目の交代、その少し後に攻撃を開始する」
「わかりました」
◇◆◇ ◆◇◆
そして、太陽が中天を指す頃に一度目の見張り交代。
それから更に時間を置いて、夕暮れに二度目。
「……四交代、か。つまり盗賊団の総数は、最少で18、だな」
「何故わかるんですか?」
「見張り交代の時間だよ。太陽が中天にあるとき、夕暮れ、深夜、明け方。これで四交代だ。
見張りは二人組だから、見張り要員だけで最低8人。予備兼遊撃はおそらく見張りと同数の8、そして盗賊の親分とその側近で、合計18。
予備兼遊撃はもしかしたらもう少し多い可能性もあるが、おそらくそんなもんだろう」
「あの、アレクさん。何故そう思われます? 遊撃はもう少し少ないかもしれませんでしょう?」
「それはねハインツさん。連中が襲撃に出た時、この洞窟はどうすると思いますか。放棄するのなら構わないけど、拠点として維持するのなら、防衛戦力が必要になります。
ならその間は防衛班と親分とその側近でおそらく10。襲撃班は、使える人数と考えると、最低3人。だけど、襲撃“だけ”、見張り“だけ”と役割分担してしまうと、内部に格差が生じます。
その為役割も順繰りに交代するのなら、防衛班――現在は見張り班――を一個小隊と考えて、襲撃班――遊撃班――は、同数の小隊と考えるべきです。
そして遊撃班が2個小隊以上いるかと考えると、この洞窟のサイズと親分の統率力次第、ということになりますが、2個小隊以上いるのであれば、もう少し『悪神の使徒』の名が広まっているでしょう。
結論として、敵総戦力は二個小隊。総数は18乃至はそれ以上。
出来るか? シェイラ」
「御心のままに」
俺とシェイラは自身に〔気配隠蔽〕をかけ、見張りの視界の片隅から背後に回った。そして見張り二人に対し〔気配隠蔽〕をかける。空気の波の伝播を妨げるこの魔法は、声や音を消すのにも役に立つ。
そしてシェイラは見張りAの背後から口を塞ぐと同時に戦闘用ナイフを左鎖骨の隙間から心臓に埋め込んだ。
一方俺はブラックジャック(久しぶりに使用)で見張りBの後頭部を強打・昏倒させた。
俺が見張りAの死体を〔無限収納〕に放り込み、見張りBを縛って邪魔にならないところに転がしている間、シェイラは洞窟の中を〔空間音響探査〕で走査した。
本来、コウモリなどが使う「エコーロケーション」は、謂うなれば「有視界対物レーダー」に類する能力なので、物陰の動きや曲がりくねった洞窟の更に奥、などの様子はわからない筈である。しかし、〔空間音響探査〕という魔法は気流操作がどう影響しているのか、空間的に隔絶していない限りかなりの精度で状況を把握出来るのだ。
「洞窟の中に26人、うち眠っている人は2人――これは先程の見張りの二人組と思われます――、5人は一つの部屋にいて、その前に2人。別の部屋に3人とその部屋の前に2人。
残り12人は、中央の広いところにいます。おそらく食事中かと」
「予想より多いな、大丈夫か?」
「何とかします。ご主人様は賊どもを逃がさないようにお願いします」
「わかった」
そしてシェイラの対人戦初陣が始まった。
(2,984文字:2015/10/31初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/28 03:00掲載予定)




