第26話 冒険者の日常・1
第05節 夏から秋~てがかり~〔1/6〕
今年の夏は長い。
中央では、閏月が夏の一の月の後に挿入されるという話を商人ギルドで聞いた(そうすると夏至が夏の二の月に来るのだそうだ。地方では閏月を冬の三の月の後に機械的に入れるので、夏の三の月に夏至が来ることになるが)。その所為もあり、夏の二の月になっても夏の盛り、というよりも(前世日本の感覚もあり)ようやく春本番、と思えてならない。
町長の承認を得てから、木炭の産業化は急速に進んでいった。
はじめは鍛冶師ギルドの関係者だけ、と思っていたが、町長のお墨付きがあるということから、いきなり林業関係者が炭焼きに興味を示したことが大きい。
炭焼きは、(従来の炭焼き職人が行っていた野焼きと違い)時間こそかかるが一日中窯に張り付いている必要はない。文字通り、他の作業の片手間に行うことが出来るのである。その為業態の選択、ではなくプラスアルファの収入源として、炭焼きに挑戦出来るようになった。
カラン村近郊の小鬼集落では、集落を挙げてこの木炭事業を推進することになった。もともとハティスの街で消費される木材の7割以上は、カラン村からの輸入である。ただでさえ木材よりも薪、薪よりも木炭の方が、輸送効率が高い。またゴブリンの勤勉さは、炭焼きのような大雑把に見えてその実繊細な作業に向いていた。
最終的にカラン村ゴブリン集落の木炭は、孤児院産以上の品質で生産されることになるのである。
急速に進む木炭の産業化に伴い、孤児院の子らの出張も増えた。勿論、孤児たちに指導されることなど誇りが許さん、という林業関係者も少なくなかったが、それでも窯焼き型の炭焼きを指導出来るのが子供たちしかいない以上、孤児たちを拒絶するということは木炭事業の端緒期に乗り遅れるということになる。多くは渋々でも子供たちの指導に従うことになった。
中には表向き子供たちの指導に従い、後になってそれを無視して我流の作業をした挙句、事故を起こした人もいた。また完成した木炭の品質を比べても、指導に忠実に従って焼いた炭の方が良いこともあり、次第にそんな無意味なプライドに拘る人は減っていった。
炭焼き窯は、既に第三号窯までバージョンアップしていた。栄えある第三号窯を最初に導入したのは、カラン村ゴブリン集落だった。
一方孤児院では、木炭の廉価版である「オガ炭」(大鋸屑や樹皮を固めたものを炭化させたもの。火力は低いが爆跳が起こり難く、家庭で使うには安全)の製品化を行った。おがくずは比較的安価、どころか回収で対価をもらえるレベルであるが、民生利用を考えると下手な木炭より利用価値は高い。高品質の木炭と、廉価版のオガ炭。この二つが孤児院の主力商品となったのである。
◇◆◇ ◆◇◆
俺の冒険者としての活動も、(雑事にかまけながら)順調にこなしている。
銅札の依頼は、現在単独でしか請けられないが、そもそも銅札相当の魔物討伐任務などそうそうありはしない。近郊の町村までの護衛任務などが請ける依頼の主たるものであった。ある日商人ギルドが依頼人である護衛任務でカラン村に向かうことになったところ、護衛対象が孤児院の子供だった、というのは最早笑い話の範疇だろう。
食用獣の狩りは〔気配隠蔽〕と〔空間音響探査〕のおかげでその効率が飛躍的に上昇した。調子に乗った挙句魔熊を屠ってしまったのは、これも笑い話。
また、無属性魔法Lv.2【群体操作】の派生02.〔散弾〕を開発。試し撃ちの相手として選ばれたのは、魔蜂だった。なお蜜の詰まった巣は、当然美味しくいただきました。
シェイラも順調に実績を積み上げている。
木札の採集系依頼では、当初は俺の薬草密生地を教えたが、すぐに自分専用のコロニーを見つけ出した。
輸送系は、(〔亜空間収納〕の容量の関係で)大量輸送には向かないものの、カラン村どころかその先のベル村(通常馬車で4日かかる)まで日帰りで往復するその速さが一つの売りになった。
討伐系は、(戦闘力の問題ではなく〔亜空間収納〕の容量の関係で)大型獣の討伐はソロでは難しいようだが、逆に小型食用獣であるウサギや害獣であるキツネなどは素手で生け捕りに出来るレベルであり、既に森の中に敵はいなかった。
雑用系も、持ち前の小動物的な愛らしさと直向きさが好感を呼び、指名してでもという依頼主は少なくない(中には俺が個別に“お話”しなければならない相手もいたし、シェイラを買い取りたいという話を持ち掛けてきた人もいた。当然丁重にお断りしたが)。
そんなこんなで、それほど間をおかずにシェイラは鉄札に昇格し、秋になる頃には銅札への昇格試験の通知が来たのであった。
◇◆◇ ◆◇◆
「シェイラさんの銅札への昇格試験ですが、とある盗賊団の壊滅とすることになりました」
「いきなり壊滅と来ましたか」
「おっしゃる通り、通常の昇格試験に比べ今回は難易度が高いです。その為旅団メンバーのアレクさんの助力を認めます。但し、あくまでサポートに徹し、戦闘の主力はシェイラさんになるようにしてください」
「シェイラもわかったな?」
「はい。大丈夫です。
それで、その盗賊団についての詳細をお聞かせください」
「その盗賊団は『ザコルスの使徒』と名乗っているようです」
「ざこるす……、聞いたことがないですね」
「アザリア教国で語られる悪神です。教国では、精霊神の上に最高神である主神『アザリア』がいて、堕落した精霊神『ザコルス』と対立していると教えます。精霊の加護たる魔力を我欲の為に使うと、ザコルスの使徒となる、と」
「つまりその盗賊団は、アザリア教国で語られる悪神の使徒を自ら名乗っている訳ですか」
「そうです。そして、盗賊団と言いましたが、主に扱うモノは人間。つまり、どちらかといえば人攫い集団です」
「……魔法を悪用する悪神の使徒を名乗る人攫い、ですか。これは、ひょっとするとひょっとするな」
「え? どういうことですか?」
「シェイラ。昇格試験の趣旨は分かっているな?」
「人を殺めることが出来るかどうか、ですよね。わかってます」
「その上で言う。この盗賊どもなるべく殺さず捕えろ」
「――畏まりました」
「ちょ、ちょっと待って。それじゃぁ試験は――」
「殺せる力が有れば良いんですよね? それは戦闘中の殺傷である必要は無い筈です。捕えた後、拷問の果てに死なせても、そして口を割った後でその頸を刎ねても、試験の評価としては問題無い。違いますか?」
「確かにそうだけど……」
「ご主人様。その者たちから何を聞き出したいんですか?」
「もしかしたら、俺が捜している相手に繋がる糸が見つかるかもしれないんだ。
シェイラの肌に魔石を埋め込んだ、狂的科学者に」
(2,975文字:2015/10/29初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/26 03:00掲載予定)
・ キラービーは地球では「アフリカナイズドミツバチ」の名称だそうです。なお蜜は普通に食用だとか。
・ 「ザコルス」は「雑魚るす」ではありません。「アザリア(A-Z Aria)」に対し「ザコルス(Z-A Chorus)」です。




