第25話 街の子供たち
第04節 初夏~新たなはじまり~〔8/8〕
「子供たち全てに対して公開される教育の場、か。
そんなものを作って何になる?
君は先程、孤児院の地位向上を口にしたね。ならその教育は、孤児院の子供たちに対してするべきではないのかい?
街の子供たち皆が同じ教育を受けるのであれば、孤児院の子供たちは相対的に低く見積もられてしまうのではないのかな?」
「否。教育を受ける権利は、子供たちに等しくあると思います。
その権利を差別するのは、それこそ貴族思想です。
けれど権利は平等でも、その権利を享受する側の意欲は違います。
わざわざ教育を受けなくても、現状でも生活をするに充分な知識と未来の保障がある一般階級の子供たちと、ちゃんと知識や技術を身に付けなければロクな仕事に就けない貧民街や孤児院の子供たちでは、その姿勢に於いて同じにはなりません。
そして、教育を受ける姿勢に違いがあれば、当然その成果にも差が出てくるでしょう。
ここに、貧民街や孤児院出身でも、正規の教育を受け高度な知識を身に付けることで、一般庶民より豊かな暮らしが出来るという現実が生まれます。すると、今度は一般階級の子供たち――というよりその両親――の意識が変わります。そうしてそこに、競争が生まれるのです」
「『文明の進歩は、競争の中から生まれる』、だったかな?」
「調査したんですね、恥ずかしいです」
「キミのことは、役場の方でも随分注目を集めていたからね。
孤児院の改革、木炭と石炭、手押しポンプや石炭ストーブ、最近話題の同一規格の服にもキミが関わっているそうじゃないか。うちの使用人たちの服装も同じ意匠で統一しようと思っているんだが、予約が立て込んでいるとかでなかなか請け負ってもらえないんだ」
「有り難うございます」
「話を戻すが、そうしてまで子供たちを競わせ、その結果何が生まれる?」
「わかりません。『わからない』モノが生まれます」
「……どういうことだ?」
「貴族の子供は貴族。庶民の子供は庶民。貧民の子供は貧民。
盗人の子供は盗人。商人の子供は商人。兵士の子供は兵士。
これが、現状です。けど、これはつまり、子供は親の複製でしかありません。
ところが、子供たち自身を、生まれや親の職業とは関係なく競わせることで、貧民出身の官僚や、貴族出身の商人が生まれることになるかもしれません。
これは、『大人になったら官僚になる』と生まれた瞬間から信じている人たちにとっては嬉しくないことでしょう。しかし、貧民の生活を知る官僚は、虐げられた苦しさを知っています。貴族として育った商人は、上流階級の流行を知るでしょう。つまり、従来とは違った視点から、従来有り得なかった発想から、想像もつかない新しい“何か”が生まれるんです。
勿論、それが必ず全ての人にとって“良いモノ”であるとは限りませんが、良くなる可能性から目を背けるのは、間違いなく“間違ったこと”だと思います」
「だが、それならば為政者としては“悪いモノ”が生まれる可能性を放置することは出来ない、ということになるが?」
「だからこそ孤児院なんです。
何が生まれるかわからない。良いモノかもしれないし、悪いモノかもしれない。
けど、何が生まれてくるにしろ、一朝一夕で結果が出るものではありません。
だからこそ、孤児院なんです。
孤児院の子らを対象に、まず小規模な実験をするんです。
10年単位で子供たちの様子と、卒院生たちを追跡調査します。
その結果、卒院生たちが、或いは孤児院の子らが街の住民に齎す影響が良いモノであれば、規模を大きくして大々的に行えば良い。悪いモノであれば、それが危険であり制御出来ない程のモノになるのであれば、孤児院ごと処断すれば良い。
現在、孤児院は経営的に街の補助を必要としなくなっています。
つまり、孤児院の維持そのものに関しては、街の負担にならないんです。
あとは、問題が起こらないように監視することと、“悪いモノ”が生じたときに速やかにその事実を把握出来るシステムを構築しておくこと、それが危険なモノであったときに処断する用意を整えておくこと。それだけです」
「処断する用意、か。
だがキミの発案で、孤児院の防衛力はかなり高まっている。
うちの自警団では突破出来るかどうかわからないな」
「突破する必要はありません。そもそも院の戦力は防衛戦を想定したもので、攻撃には向きません。
包囲された時点で、最低限話し合いの卓に付かざるを得なくなります。
院も街の一部である以上、街と対立しては存立し得ませんからね」
「よくわかった。
だが、最後にもう一度問おう。
君は何を目論んでいる?」
「俺の望みは、俺が俺として生きていくこと。ただそれだけだ。
親がどうとか、生まれがどうとか、そんなことは関係ない。
ただ俺が俺らしく生きること。それだけです」
「キミが領主様の一族から廃籍されたのは、どうやらそのあたりが理由のようだね。
私が領主様でも、キミのような子供は持ちたくない。
嫡子であればその将来に期待が持てるが、庶子ではその才気が恐ろしく思えてならない。
寧ろ領主様は、キミを勘当することで、キミに自由を与えたのかもしれないね」
その町長の言葉が、どの程度標的を射ているのかはわからない。
ただの見当違いかもしれないし、それがあの人の本音だったのかもしれない。
けど、俺は最早あの人と関わることはない。だから、そう思っていれば、二度と会わない相手に悪感情を抱き続ける必要はないのかもしれない。
だから、
「……有り難うございます」
ただ、町長に対し礼を言うに留めておくことにした。
◇◆◇ ◆◇◆
「ねえ、一応聞いておくけど、どこまで本音?」
町長の館を辞したのち、その帰路不意にセラさんが口を開いた。
「一応、嘘は吐いていませんよ。
ただ、俺自身の興味本位と勢いでやったことが、結果引っ込みがつかなくなっただけ、と言っていないだけで」
「そうよね。そういう子よね、アレク君は」
小さく笑いながら(けどその目は笑っていない)、セラさんはそう言った。
「もし。さっきの話で、孤児院から街にとって“良くないモノ”が生まれたとしたら。
その結果、街と孤児院が対立したら。
セラさんはどうします?」
「そうなったら、闘ってでも子供たちを守るわ。
けどね、“良くないモノ”が生まれることがわかったら、それを排除するわ。
たとえ子供たちが生み出したモノでも。たとえそれが、院の子供たち自身でも。
一部の子供たちを放置することで、他の子供たち全てを危険に曝すことは出来ないから。
そしてそれが、アレク君なら。
町長と結託してでも、アレク君に遠くに行ってもらうことになるかも」
「そうですね。セラさんはそういう女性です。
だから俺は、セラさんが大好きなんです」
(2,870文字:2015/10/24初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/24 03:00掲載予定)




