第21話 鍛冶師ギルドの視察
第04節 初夏~新たなはじまり~〔4/8〕
新人冒険者・エランが冒険者登録をしている間、俺は他の冒険者たちから立ち合いを挑まれた。ざっと10人以上。
そして、当初思った通り剣による〔方向転換〕が通用した相手は半数に満たず、また二回以上通用した相手は更にその半分以下だった。
だから剣で受け流し、内懐(つまり長剣の間合いから小剣の間合い)に飛び込んで打ち込むか、体術(柔術)で組み打つかで、何とか勝ち星を重ねていった。取り敢えず戦績は、8勝3敗。
今回挑んできた冒険者たちは、去年の俺の“やんちゃ”を知っているから、俺が内懐に飛び込んでからも油断はなかった。
対して俺は、〔方向転換〕は体術に於いてこそ有効だと知る機会になった。
柔術(柔道)の基本は「柔能く剛を制す」。1の力で100を操ることに極意がある。そこに〔方向転換〕を活かす余地があったのである。
接触点を起点に、相手の力を誘導して自爆する方向に導く。うろ覚えの柔道の型でも、この魔法を活用すれば綺麗に投げられると知ったのである。
ちなみに、今回の依頼は減点評価とされた。
「結局単に稽古をつけてやっただけじゃんか」とは、ギルドマスターの弁。
ただそれ以降、エランをはじめとする新人冒険者(だけじゃなくベテランも)が、時折稽古を求めてきてそれに応じて打ち合いをするようになり、ギルド全体で対人戦闘スキルの向上に役立てたのだから、もう少し評価してくれても良いのでは、と思うのだが。
◇◆◇ ◆◇◆
さてそんなある日。
鍛冶師ギルドから、孤児院の炭焼き小屋を視察したいという申し出があった。
ギルドの炭焼き職人が作る炭と孤児院の炭では、どうしてここまで品質が違うのか、その謎を知りたいというのが先方の要望である。
「構いませんけど、俺の方からもギルドの炭焼きを視察させてください」
「何故だ。お前さんは色々知っているのであろう?」
「知っています。けど、ギルドの職人さんがどういった方法で炭を焼いているのかを知れば、色々助言も出来ると思うんです」
そして、ギルドの炭焼き職人の炭焼きを視察したところ。
「成程。これでは質が悪くなる訳ですね」
「どういう意味だ。何か間違いがあるというのか?」
「それを説明するより、孤児院の炭焼き小屋を見てもらった方が早いです」
ギルドの炭焼きは、所謂「野焼き」、だったのである。
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炭焼きの歴史は長い。縄文時代から、炭焼きが行われていた記録がある。
しかし、その炭焼きのはじまりは偶然であったことが近年の研究で明らかにされている。
落雷や山火事の後、燃えないで炭になった木材があった。
それが炭焼きの起源なのである。
それから1,000年単位で、「野焼き」(薪を何重にも重ねて火を点け、一番下の薪を炭化させる方法)で炭を作っていたのだが、そのうち「伏せ焼き」(野焼きの火を点けた後、上に土を被せて蒸し焼き――無酸素燃焼――する)という方法を見つけ出し、更に発展して地域特有の「炭焼き窯」または「炭焼き小屋」が作られていった。
野焼きの場合、どうしても木炭の品質に斑が生じる。また生産効率も悪く(使用する薪の3-4割程度しか炭にならない)、高品質の木炭を安定的に大量生産することが事実上不可能だった。
だからこそ、炭焼きの産業化の為に効率向上が不可欠の命題となったのである。
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「炭焼きの為には火の精霊の力を必要としますが、炭になるのは風の精霊の影響を受けなかった薪だけです。この理由はわかりますか?」
「いや、よくわからない」
「以前、鍛冶師ギルドで説明したのですが、火の精霊は本来、地の底に眠っています。言い換えると、薪の中にも眠っているんです。
ただ、普通に火を点けると風の精霊が悪戯をして、薪の中にいる火の精霊が足早に去って行ってしまいます。けど、私たち人間は、それこそが“燃焼”という現象だと思ってしまっているんです。
炭焼きの時には風の精霊の干渉を拒みます。火の精霊に去って行かれては困るからです。
外の火の精霊の力を借りて熱を加えることで、薪の中にいる火の精霊が活性化し易いように、薪の中にいる土の精霊を動かしまた水の精霊を排除します。そうして出来るのが木炭なのです。
けど、実を言うと薪の中にも風の精霊は潜んでいます。そしてこの風の精霊が、外の風の精霊を呼び込むんです。
だから、大切なのは外から新たな風の精霊が入り込まないようにすることと、薪の中の風の精霊を速やかに外に出て行ってもらうこと、なのです」
「話を聞いていると、風の精霊が全ての元凶のようだな」
「風の精霊が悪いという訳ではありませんよ。ただ、人間にとって風の精霊の助けが必要な時というのは炭を燃やすときであって、炭焼きの時ではない、ということです」
「高品質の炭を燃やすときは、炭の中に風の精霊がいないから、その干渉は最小限になる。だから火の精霊は長く炭の中に留まり続ける、ということか」
「おっしゃる通りです。
そして風の精霊を拒む為には、野焼きより人工建造物の方が効率的です。
誰だって冬場には、風の精霊が冷気を運んでこないように、窓を閉めますでしょう?」
「成程。そしてこれが、その実物か」
孤児院の炭焼き小屋を見て、ギルドの職人さんたちは感心した。
「今丁度炭が焼き上がったところです。子供たちの邪魔にならないように見学をしてください」
「窯の中に風を入れているのは何故だ? 風の精霊は排除するんじゃなかったのか?」
「否、最終工程では表面の、炭にならなかった部分を一気に焼き飛ばすんです。高温短時間でそれを行うことで、高純度の炭だけが残ります」
「品質に斑が生じるのではなく、低品質の部分は最初から焼き払うということか」
「はい。その結果高品質の炭のみが残ります。
野焼きでは炭化する絶対量が少ないからこんな贅沢は出来ませんけど、窯焼きであれば殆どが炭化しますから、炭化し切れなかった一部分を焼却してしまうことに問題はないんです」
「この窯の作り方を教えてくれないか」
「【リックの武具店】のシンディさんが設計図を持っています」
「しかし、良いのか? 俺たちがこの窯を作り、木炭を作ったら、孤児院産の木炭の優位性は減少するんじゃないか?」
「言いましたでしょ? 文明を進歩させる為に必要なのは競争だ、って。
そちらが今の孤児院産の木炭に匹敵するくらい高品質の炭を焼くのなら、こちらは今以上の品質の炭を、今以上に少ない労力で、今以上に大量に生産するだけですから」
(2,781文字:2015/10/18初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/16 03:00掲載予定)
【注:炭焼きの歴史に関しては、〔足利工業大学電気電子工学科非常勤講師附属高等学校電気科 岩﨑眞理著『木炭の歴史と文化について』2004〕(http://homepage2.nifty.com/sumiyaki/rekishi.htm)を参照しております。
ここで語っている燃焼の原理は、「燃素仮説」を四大精霊論に翻訳したものです。いずれこの仮説を否定出来る日が来たのなら、その日こそこの世界で科学が産声を上げる時でしょう。なお「燃素仮説」については、第五章第17話で詳説します】




