第20話 掛かり稽古
第04節 初夏~新たなはじまり~〔3/8〕
前世では他人と喧嘩したこともない、と言えば聞こえは良いけど、単に衝突しないように全力で逃げ回っていただけのヘタレでしかなかった俺が、初対面の人間に喧嘩を売る。
実は、かなり難易度の高い依頼かもしれない。
けどまぁやるだけやってみましょう。
◇◆◇ ◆◇◆
目的の人物がギルドを訪れるのは、おそらく昼前だという話である。……そんなことまで予測出来るほど行動を把握されている、という時点で、夢を胸に秘めてこの街に来る子供たちは、結局大人の掌の上でしかないという証なのだろう。
依頼書を眺めたり、顔見知りの冒険者とくだらない話に興じたりして時間を潰していると、どうやら待ち人が来たようだ。
「やあ、どぉしたんだい? 徒弟募集をしている商人ギルドは、道の向こうにある建物だよ?」
馴れ馴れしく声をかけてみた。
「お前みたいなガキと一緒にするな! 俺は冒険者になるんだ。そして遠くない将来、
“冒険王”に!!!、俺はなるっ!!!!」(ドソ!)
お前はゴ●●ムの実でも食ったのか! とツッコミを入れたくなるようなことを元気に叫びつつ(いや、でも宇宙戦艦●マトの漫画版を連載したのも秋田書店から発行された『冒険王』という雑誌だった筈だから、彼が目指しているのは実はこっち???)、でも夢を見るのは良いことだと思いつつ。
「だったら、先輩の話を聞くっていうのも良いことだと思うけど?」
「先輩? 誰が?」
「俺。これでも一応、銅札の冒険者なんだけどね」
「……お前みたいなチビが?」
チビって言うな! けどまぁ俺の身長はまだ130cmに届かず(この前ミリアに測ってもらったところ、127.5cm。四捨五入して128cm、いや四捨五入すれば130cmに届く)、この少年は140cmはありそうだ。
「背は低くても、相応の実績もあるけど何か?」
「お前程度で銅札なら、俺はすぐにも金札になれるな」
……。どぉやら、どうやって喧嘩を売るか、悩まずに済みそうだ。
「なら試してみようか。キミが大言を壮語するに値するだけの実力があるか。俺が先輩面するに値するだけの実力があるか」
「良いだろう。恥を掻かせてやるよ」
「オードリーさん、闘技場をお借りしますね」
「……わかったわ。程々にね。って言うか、手加減を忘れずにね」
「おや、俺が本気になったら、彼は壁の染みになっちゃいますから」
「嘘。本気になったら壁どころか建物ごと消滅しそうだから、そうしないで、って言ってるの」
「……、気を付けます」
「舐めてんじゃねぇよ。テメェの方こそ壁と仲良くさせてやるよ」
「はいはい。お手柔らかに」
◇◆◇ ◆◇◆
闘技場で、彼が手に取ったのは長剣サイズの木剣であった。
彼の身長から考えるとまだ剣の長さに振り回されそうだが、それでも俺が持つより様になっている。
一方俺が手に取ったのは、小剣サイズの木剣。何となく久しぶり、という気がする。
「そんな玩具で俺に勝てると思ったのか?」
「言っておくが、俺の方が歳上で、ギルドランクも上だ。胸を借りる立場なのはお前の方だ。
偉そうに吠えてないで、掛かってきたらどうだ?」
「……後悔するなよ!」
少年の渾身の打ち込み!
俺は木剣でそれを受ける。
と、受けた瞬間、彼はまるで打ち込んだ勢いをそのまま反転されたかのように、後方に吹っ飛んだ。
「何をした」
「序盤で手の内を晒す莫迦がいるか。
来いよ新人。実戦の理不尽さを教えてやる」
「ヌかせ!」
それから彼は、連続で打ち込んでくる。正規の剣術を学んだ者特有の、なかなかの速さだ。手変え品変え、打ち込む軌道を変え、時にはフェイントを織り込んで。
しかし、シェイラの迅さには及ばない。初動が明け透けで軌道が読み易く、結果どれだけ剣閃が速くても、その動きとタイミングを読むことは難しくないのだ。
フェイントも、シアのようなベテランに比べれば稚拙。寧ろ余計なフェイントを織り込むことで、剣閃を鈍らせている節が無きにしもあらず。
打ち込みそのものも、(俺の方が体重が軽い所為もあってか)跳ね返されることなど想定していないとばかりに体重を載せて打ち込む為、あしらった後にはあっさり体を崩し、追撃のチャンスはそれこそ幾らでもある(しないけど)。
観客は勿論、彼自身もそろそろ気付いている筈だ。俺に打ち返す気がないことを。掛かり稽古の「元立ち」(受け役)の如く、ただ彼の打ち込みを受けてそれを跳ね返しているだけだ、と。
そう。俺はただ彼の打ち込みを防いでいるだけじゃない。打ち込まれた瞬間、俺の受け太刀に彼の打ち太刀が触れた瞬間、その接触点に魔法を発動させている。
使っているのは、無属性魔法Lv.1【物体操作】派生03a.〔方向転換〕。受けた衝撃をそのまま任意の方向に反転させる、最近開発した魔法である。
これは対シェイラ戦用に開発した魔法だが、剣と剣がぶつかり合ったその瞬間・その場所に発動させなければならない(一瞬でもタイミングがずれたり、1mmでも座標がずれたりしたら効果がない)為、実戦――特に高速戦闘中――にはまず成功しない欠陥魔法だったのだ。
ところが、今回はそれが図に当たった。
彼の剣は、剣閃が素直で軌道が読み易く、初動があからさまだからタイミングが読み易い。つまり、〔方向転換〕の良いカモなのだ。
そして全体重を載せた打撃を繰り出してくるから、それをそのまま反転させれば、面白いように跳ね返され、あたかも漫画の如く吹っ飛んでいく。
自分より小柄で、自分より間違いなく軽い相手に、毬のように跳ね返され転がされる。これがどれほど屈辱的なことか。
だから何としても一矢報いようと、色々なことを試してみるが、そのどれもが通用せずに跳ね返される。
やがて、体力の前に気力が尽きて、彼は膝を付いた。
「終わり、か?」
「……」
「念の為言っておくが、銅札の冒険者なら、今俺がお前を転がした詐術は通用しない。皆それぞれのやり方で、俺の策を潜り抜ける」
「ぺて……ん?」
「あぁそうだ。普通に考えたら、チビの俺が歳の割に大柄なお前を転がせる筈がないだろう?
そこには必然的に裏がある。皆はそれに気付く。お前は気付かなかった。
違いはどこにある?
経験の差だ。そしてそれが、ランクの差だ」
「はい。生意気を言ってすみませんでした」
「良いよ。俺が初めてこの街に来たときは、お前より余程やんちゃした。
これから出会うたくさんの人たちから、色々学べば良い。
……名乗ってなかったな。俺はアレク。“飛び剣”の二つ名を戴いている」
「二つ名持ち、でしたか。初めから敵う道理がなかった訳ですね。
俺、いえ自分は、エランと言います。
これから宜しくお願いします」
(2,997文字:2015/10/18初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/14 03:00掲載予定)
【注:「“冒険王”に!!!、俺はなるっ!!!!」という台詞は〔尾田栄一郎著『ONE PIECE』集英社少年ジャンプコミックス〕の主人公ルフィの名言の、また(ドソ!)という擬音は〔藤田和日郎著『うしおととら 第31巻』小学館少年サンデーコミックス〕のあとがき(楽屋ネタ)の、それぞれオマージュです】
・ ちなみに、ドワーフの鍛冶師たちとの喧嘩はただのじゃれあいです。




