第19話 DE級クエストの意義
第04節 初夏~新たなはじまり~〔2/8〕
「木札や鉄札の依頼の意味、ですか?」
「そうだ。もっとも、これはお前だけじゃなく、多くの冒険者が同じ勘違いをしている」
この言葉に、共にいたシアやオードリーさんも首を傾げた。
「アレク、それはどういう意味なんだ?」
「ではシアに質問です。ギルドのランクって、何の為にあると思いますか?」
「そりゃあその冒険者の経験と実績を表すもの、だろう」
「正解。じゃぁランクを上げる、ってことの意味は?」
「お前が何を聞きたいのかがわからないな。それこそ経験と実績を積んだことを表す為だろう? 違うのか?」
「ランクが上がることで利益を享受出来るのは誰?」
「冒険者自身だ。報酬が上がるからな」
「それが間違いなんです」
「……どういうことだ?」
「冒険者のランクが上がる。それで利益を享受出来るのは、依頼者です。
これまでは経験も実績もなかったから、大した依頼は出来なかった相手でも、ランクが上がってくれれば安心して困難な依頼でも任せられるようになります。
結果、滞っていた問題が解決出来るのなら、依頼者としては万々歳でしょう。
報酬は、あくまでその信頼の対価であり、その成果の対価です。
だからこそ冒険者は自身を安売りするべきじゃないですけど、それは自分の収入が減るからじゃない。自分の能力と実績を過小評価させない為です。
だけどその一方で、身近な問題の対処には、その難易度と支払える対価の額の兼ね合いから初級の依頼として扱われることになるんです。
なぁシェイラ。たとえば龍を退治して、この街の人たちが喜ぶと思うか?」
「えっ……」
「なぁシェイラ。海魔との激闘を制することで、この街にどんな利益がある?」
「それは――」
「白金札や金札の依頼は、国や民の為に出される。
銀札や銅札の依頼は、特定の誰かの為、または冒険者自身の為に出される。
そして鉄札や木札の依頼は、この街の人の為に出されるんだ。
この街にとって、木札の依頼を多く請けてくれる冒険者と、銅札の依頼を多く請ける冒険者と、どちらが有り難いと思う?」
「……木札、です」
「俺たちは今この街で世話になっている。その恩を返したいと思うのなら、銅札の依頼と木札の依頼、どちらを優先して請けるべきだと思う?」
「木札です」
「その通り」
俺の話を聞いて、シアは合点が行ったとばかりに表情を変えた。
そして、ギルド職員であるオードリーさんは、感心したとばかりに頷いた。
「そんな風に、考えたことはなかったな」
「というか、そんな考え方が出来る冒険者がいるってこと自体が私としては驚きだわ」
「そんなもんですか?」
「冒険者たちは、自分の能力に比して報酬が少ない、って文句を言うことがあっても、街の為に率先して木札の依頼を請けるべきだ、何て言うことはまずないもの。
寧ろ、木札の依頼ばかり請けている冒険者のことを陰で“ゴミ拾い”とか“掃除夫”って呼んでいる連中もいるくらい」
「掃除夫、ですか。なんだか格好良いですね」
「何だアレク、また『遠い国の言葉』か?」
「そうです。社会の役に立たないゴミどもを、文字通り始末して回る人のことをそう呼ぶんです。まぁ綺麗な仕事じゃないことは確かですけどね」
「社会のゴミか、それは良い。
自分を大きく見せることと、他人を見下すことしか出来ないような連中は、さっさとゴミ捨て場に捨てて焼却するべきかもしれないな」
「ちょっとアリシアさん、それ過激すぎ……」
「そうだよシア。これから冒険者稼業を始めようって子たちを前に、あまり汚い言葉を使うのはどうかと」
「おいアレク。お前がそっち側に立つのは卑怯じゃないか?」
さておき。
一通り談笑して、【R.A.S】と【C=S】の登録も済み、では明日から冒険者稼業を再開しようかというそのタイミングで。
「“飛び剣”のアレク。俺からの依頼を請ける気はないか?」
ギルドマスター直々に声をかけられてしまった。
◇◆◇ ◆◇◆
「どういった依頼でしょう?」
シェイラたち全員を院に帰したうえで、俺は一人でギルドマスターと対峙した。
「明日、一人の少年がこのギルドに来る。冒険者登録しに、な。
その彼に、喧嘩を売ってほしいんだ」
「どういうことですか。詳しく話を聞きましょう」
「お前自身もその対象になったんだ。大体の絡繰りはもうわかっているんじゃないか?」
「昔ながらの冒険譚の序章にありがちな展開だって思っていましたけど、まさか仕込みだったとは。
敢えて喧嘩を売って、そして冒険者志願の少年の覚悟を問う、という訳ですか」
「その通りだ。
冒険者は、どんなに綺麗事を言っても荒事から無縁ではいられない。だが実際に荒事に巻き込まれた時、どうするか。
喧嘩を買うか、金で懐柔するか、話術で煙に巻くか、媚びを売ってその庇護下に入るか、やり方はそれぞれだろう。
だが泣いて赦しを請うとか、震えて小便を漏らすとか、誰かに助けを求めるとか、そんなならはじめから冒険者など夢見ない方が良い。
田舎に帰って畑でも耕していた方が、絶対に本人にとって幸せになれる」
「それを見極める為に、こんな茶番を仕組む訳ですか。
でも俺の時に、その結果どんな顛末を辿ったか、知らない訳じゃぁないでしょう?」
「あれは完全に、こちらの見込み違いだった。
だが、だからこそ、お前なら間違いがないと思う。
それに、さっきの話も聞いていた。
あれがなくてもお前に依頼するつもりだったが、あれを聞いてますますお前に頼みたくなった。
どうだ、請けてくれるか?」
「もう一つ。
明日、と言いましたね。
何故それがわかるんです?」
「伊達や酔狂で、この街が『冒険者の街』と言われている訳じゃない。
冒険者を目指す子供たちは、まず近くの隠棲した騎士や冒険者の館を訪れる。そこで一通りの技術を身に付けてから、この街を目指すんだ。
冒険者志望の子供たちの、資質や旅立ちの時期などは、その子が旅立つ前からギルドで把握しているよ。
例外は、育った村から直接この街を目指すような子と、この街出身の子だな。
だが前者はどうしようもないが、後者はいつでもその様子を見に行ける。
たとえば孤児院で鍛えている子たちとか、な」
「そういうことでしたか。納得しました。
わかりました。その依頼請けましょう」
「本当か!」
「但し、俺は俺のやり方でやります」
「やり方までは指図しないよ。だがギルドの施設は壊さないように気を付けてくれよ」
「では、確か練習用の闘技場がありましたよね。そこの使用許可をください」
「闘技場? それじゃあ喧嘩じゃなくて訓練にしかならないと思うが?」
「やり方は任せてくれる、んですよね? ならあとは明日のお楽しみ、ということで」
(2,967文字:2015/10/17初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/12 03:00掲載 2016/05/12地の文を加筆 2016/10/11誤字修正)




