第18話 氏族
第04節 初夏~新たなはじまり~〔1/8〕
春は、新たな年のはじまり。
と世間では謂われるが、実際は過ぎ去りし年の後始末の時期、というのが現実である。
そして心機一転、新たにことが始まるのは、大抵この夏の一の月からである。
俺がこの街に来たのも、昨年の夏の一の月だった。
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春の終りに、セラさんは新たに6人の孤児を院に連れてきた。
一時に6人というのは多い方で、けれど子供たちは、新たに出来た弟妹達を風呂に入れ、新しい服を縫い、おかずを分け、またおもちゃをあげたり遊びを教えたりして、それぞれが出来るやり方で新入り達を歓迎した。
それは、彼ら自身がこの院に来た時に兄姉達にしてもらったこと。寧ろ今は、自分達の時より出来ることが増えたと喜びながら、力一杯相手をした。
一方、今年の正月で12歳になった子供は4人。男の子3人と女の子1人である。
本来であればこの子たちは、春の終りで院を出なければならなかったのだが、卒院年齢を14歳に引き上げたことで、彼らはまだ院に残ることになった。
とはいえ男の子のうち一人は、商人見習いとして院を出た。商隊を率いる夢を持っているので、院に籠っているより師匠と定めた商人について旅をした方が良いと決断したのだ。
実際にその子が街を出るのはまだ先だが、既に師たる商人のもとで暮らすことを選んでいる。
残り3人は、一人が鍛冶師見習いとして、一人は針子見習いとして、そして一人は冒険者見習いとして、それぞれ進路を決めている。鍛冶師見習いを志望した子には鍛冶師ギルドが推薦状を認めてくれたので、その推薦先である鍛冶師のもとに通いで修業をし、針子見習いを志望した子はオリベさんが直々に徒弟とした。そして冒険者を希望した子は――。
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俺とアリシアさんとエミリーさんとルイスさん、孤児院関係者で作っている旅団【Children of Seraph】は、この夏から氏族に格上げすることとなった。
クランは複数のパーティを束ねる組織のことである。そしてクラン【Children of Seraph】の下に、パーティ【R.A.S】と、パーティ【C=S】を置いたのだ。
「アレク。R.A.Sってどういう意味だ? それからC=Sっていうのも」
「R.A.Sは、【the Right_Arm of Seraph】、C=Sは【Cherub=Sight】という意味です」
「あれ? お前は以前、Seraphの意味が天使だって言わなかったか? けるぶも天使って意味なのか?」
「Seraphは熾天使、最高位の天使で光を意味します。で、Cherubは智天使、次席の天使で智慧を意味します」
「成程。セラが光で、あたしがその右腕。お前は智慧で、そして、
世界に旅立ち様々なものを見聞する、か。
共に歩む者を見付けたから、旅立つことを考えているんだな」
「今すぐ、とは思っていません。けど、以前も言ったと思いますが、この街で生涯を過ごすことも考えていません」
「あたしじゃぁ、お前の旅の相方にはなれないのか?」
「セラさんを見捨てて、ですか? そんなアリシアさんはアリシアさんじゃないですね」
「シア、だ。あたしたちから見たらアレクはもう、とうの昔に一人前だ。
シアと呼ぶか、アリシアと呼び捨てにしろ」
「わかりました。否、わかったよ、シア」
「それで良い。だが、お前の言うとおりだな。
あたしはあたしの生き方がある。それは、お前と共に歩む道じゃない」
「ええ。けど違う道を歩いても、目指すところは同じです。
俺はセラさんに、家を、家族を守ることの大切さを教えてもらいました。
だからこれから、俺とシェイラ、二人だけの家族として、その“家”を守ります」
「そして、いずれその家は大きくなり、お前たちは大家族になるんだろうな」
「“家”は“氏”に属します。
俺の作る家は、セラさんの氏に連なる“姓”の一つに過ぎないんです」
「わかった。ならお前たちは、好きな時に出ていくと良い。セラにはあたしから言っておく。
だがな、この街の近くに来たら、必ず顔を出せよ?」
「やだなぁ、まだ将来の話だって言ってるじゃないですか。そんなに早く追い出したいんですか?
まだ暫くは、セラさんのところに帰ってきますよ」
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氏族【Children of Seraph】の下に並び立つパーティ、【R.A.S】と【C=S】。今年で12歳になった院の男の子は、シアとエミリーさん、ルイスさんの下で【R.A.S】に属し、同じく12歳になったシェイラは、俺の下で【C=S】に属することになった。
「でもアレクさん、シェイラさんは冒険者登録しない、という方法もありますよ?」
「どういうことですかオードリーさん?」
ギルドの受付嬢、ことギルドマスター夫人でもあるオードリーさんは、シェイラを冒険者登録させようとした時、そんなことを言ってきた。
「シェイラさんはアレクさんの奴隷でしょう? ならわざわざ冒険者登録しなくても、そのまま依頼に同行させることが出来ますよ?」
「登録しない場合の利点と欠点を教えてください」
「まず登録しない利点は、それこそ登録を必要としない、っていうことそれ自体。登録をすると、パーティ単位で依頼を請ける場合、最もランクの低いパーティメンバーのランクまでしか依頼を請けられなくなるから、【C=S】の場合はシェイラさんがランクアップするまでは木札の依頼しか請けられなくなるわ。けど登録しなければ、そのまま銅札の依頼を請けられる。木札と銅札では報酬の額がかなり開くから、登録しない方がパーティ単位の収入は多くなるわ。
一方欠点は、シェイラさん単独で依頼を請けられないということと、二人で依頼を熟しても一人分の報酬しか請けられないということ。けど木札二人分の報酬と、銅札一人分の報酬じゃあ比べ物にならないから、あまり欠点とは言えないわね」
「いえそういうことなら、やはりシェイラを冒険者として登録させます」
「ご主人様。そういうことでしたらやはり、私をただの奴隷として扱ってくだされば――」
「ダメ。認めない。シェイラは早く一人前になってもらわないと」
「ですが、私の所為でご主人様のご迷惑になるのでは……」
「だったら早く銅札まで上がってきなさい。銅札二人になれば、それだけ報酬も増えるし請けられる依頼も増える」
「でも……」
「シェイラ。お前は木札や鉄札の依頼の意味を、勘違いしているよ」
(2,872文字:2015/10/17初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/10 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)




