第03話 初めての●人
第01節 駆け出し冒険者の受難〔3/3〕
そんな訳で、現在南の森へ向かって歩いております。とても長閑です。
老騎士の庵からハティスの街へ来る時も、こんな感じで歩いていたけど、やはりどこか気が張っていたのか、こんな呑気に歩いてはいなかった筈。
道中、ウサギを見つけた。…木札害獣討伐系の依頼でウサギ狩りがあったけど、受けずに狩って良いんだろうか? …良いんだろう。駄目だと言われたら困るけど、ばれないように〔無限収納〕に放り込んでおけば良い。〔無限収納〕内では時間は経過しないんだから。
取り出したのは、紐を編んで作った、真ん中あたりが駕籠状になっているもの。子供時代から愛用の、投石紐である。
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「スリング」といっても、Y字型の道具でゴムの張力で石を飛ばすパチンコではない。そして、子供の時代から使っていたからといって、子供の玩具といえるものでもない。
前世では、「番狂わせ」の意味を持つ「巨人殺し」という言葉の元ネタとなる、小兵ダビデが巨人ゴリアテを倒すときに使用した武器が、このスリングなのだ。
使い慣れれば命中率も高く威力も十分。通常の獣相手なら何ら不足ない武器になる。
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そして、南の森に着いた。道中の猟果は、ウサギ×4、シカ×1。これをどうするかは、あとでゆっくり考えよう。
その森の入り口付近、薬草屋のおばちゃんが言っていた泉の近くに、幾種類かの野草を発見。採って片端から〔無限収納〕に放り込むと。
見つけました、毒消し草。
植生を見ながら野草を摘み、毒消し草を特定してからはそれが多いところの植生を改めて確認する。水辺で、風通しが良く、また陽射しが柔らかいところに多く自生しているようだ。
そして、泉。ここで湧いた水は、小さな川となって森の中へと流れている。
なら、その川沿いにも毒消し草は自生している筈。
この泉の周辺の毒消し草の質が悪いというのなら、川を辿りながら探せば、より良質の毒消し草が見つかる筈。
そうして森の中へと足を踏み入れ数時間(体感)。毒消し草や、その他いくつかの薬草類が自生しているコロニーを発見した。周辺に人の足跡はない。なら、あまり知られていないのだろう。
このコロニーで、採集依頼のない薬草類も多く採集した。とはいえ採り尽くすような愚行はせず、3本に1本ずつの割合で採集することで、このコロニーを保護する。
本当に知られていないのなら、割の良い狩場になるし、また他の季節には今はない種類の薬草類が育っているかもしれない。これからもちょくちょくここに来ることにしよう。
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薬草採集のついでに食べられる野草や木の実なども採集し(山育ちだから一通り知っている)、日が傾き始めた頃、ようやく森を出て街へ戻ることにした。
その時、泉のあたりに見覚えのある大男が。
「探したぜ、クソガキ」
「たしか、噛ませ犬さん、でしたっけ?」
「セマカだ。テメェのおかげで旅団から追放された。ガキに転がされるような男に、パーティの前衛は任せられない、とよ。この落とし前は、テメェの命で贖ってもらおうか」
本気で厄介なことになった。セマカの目には、殺意より狂気が勝っている。これは話してわかる状況じゃない。
セマカの武器は双刃大戦斧。その膂力に任せて薙ぎ払う武器だ。そしてその眼差しに、侮りの色はない。前回のように戦斧を大上段に構えるのではなく、所謂脇構え。つまり、棒状武器で連撃が出来る構えともいえる。
ギルドでは、内懐に飛び込んで、小内刈りで一本を取った。けどそれは、相手に侮りがあったから出来たとしか言いようがない。柔道の達人なら、この状況でも組んで、投げることも出来るかもしれないが、俺は達人じゃない。この状況で内懐を狙うのは、文字通り自殺行為である。
従って、取り出したるは本日出番の多い、スリングである。
そして、弓手(左手)にスリング、馬手(右手)に小剣を持ち、言葉通りの「巨人殺し」に挑戦する。
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先制はセマカ。その颶風を以て相手を弾き飛ばさんとばかりに、大薙ぎしてきた。
身を伏せて刃を躱し、刃が戻ってくる前に踏み込んで一撃を、と思った瞬間、戦斧の石突が俺の下腹部に突き刺さった。
正確には、刺突と見紛う角度での打撃だったが、横薙ぎの勢いを殺さず打ち込まれた石突の一撃は、文字通り体が吹っ飛ばされるほどの威力があった。
俺はまだ体が出来ていないからと、防具で鎧ってはいない。結果、刃のない石突でも、十分な被害が発生してしまうのである。
そして追撃は、斜め上方からの打ち下ろし。身を捻り、無様に転がるように回避し距離を取った。
下腹部の鈍痛は無視出来ず、力も体から抜けていくように感じる。〔肉体操作〕で体を支えるが、これではもう長いこと立っていることさえ出来ないだろう。ならこの距離で。
スリングが巨人殺しの武器たり得る理由。それは、その威力が腕力に拠らないからである。
だから、子供の力でも十分な威力がある。痛みに力が入らなくても、十分な威力を発揮出来る。
そしてこの世界に存在しない武器ゆえ、柔道と同じく対処方法がわからない。
セマカからは「石をぶら下げた紐」にしか見えないから、警戒はしても対応は出来ない。
その「紐」から飛び出した石は、セマカが反応する前にその眉間に吸い込まれた。
更にもう一撃は人中へ。ようやく地に伏したところで、馬手に持った小剣をセマカの首筋に当て、躊躇いなく刃先を押し込んだ。
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前世の平成日本なら、歴とした殺人事件である。証拠があれば、裁判で正当防衛を主張出来るかもしれないが、それだけだ。
しかし、この世界では基本、自分の身は自分で守らなければならない。
街の中で起きた事件なら、自警団や治安騎士団が裁きを下すだろうが、外では誰も守ってくれない。
ところで、今回の原因は明らかに俺にある。俺が、ギルドでもう少し上手く立ち回っていたら、セマカと殺し合うことなどなかったろうし、事ここに至っても、彼を殺さずギルドに報告し処分を委ねるという選択肢もあった。
けれど、俺は殺すことを選んだ。俺が正義だからではなく、俺自身が死なない為でもなく、勿論誰かを守る為でもなく、ただそう決断し、実行した。
それが、正しいことなのかどうかはわからない。ただ、もし俺が間違いなら、いずれ俺を誰かが殺すだろう。
今日、ここで、俺は、初めて、人を殺した。
そのことは、生涯忘れない。
(2,882文字:2015/08/02初稿 2015/12/25投稿予約 2016/01/05掲載予定)