第16話 セラの憂鬱・2~篤志家の謎~
第03節 春~修行開始~〔5/6〕
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現在、この街で最も防衛力の高い施設は、一体どこだろう?
町長の屋敷? いや、一代貴族に過ぎない準男爵位を叙爵しているだけの町長は、当然私有軍を持たないし、その警備も街の予算を裂く訳だからあまり大仰なことは出来ない。
またそれ以外の貴族は、といっても、『冒険者の街』を謳われるこんな辺境に別荘を持つ貴族はいない。
大商人の屋敷? 確かに貴重品を多く持つ商人が厳重な警備をするのは普通だろう。が、その警備員は基本的に商人に雇われているだけで、命を懸けてまで守り抜こうというほどの忠誠心は持ち合わせていないだろう。
冒険者ギルド? いや、総体としての戦力は確かに最大だろうが、冒険者たちが誰かの指揮命令に従って命を懸けてギルドを守る、という図式はなかなか想像出来ない。
そうすると、実は【セラの孤児院】こそが最大の戦力・防衛力を持つ施設、ということが出来るのである。
ただでさえ弩をはじめとした迎撃兵器(この存在は秘匿しているが)と砂利や鳴子を利用した警報装置を備え、各建物への侵入者をそうと気付かれずに発見出来る位置にある監視窓や外から見えないように子供たちを避難させられる通路などを持ち、最近では夜間でも人影を確認出来るように外部照明まで取り付けた。
そのうえ、子供も大人も全員戦技訓練(正しくは体力作りと護身術)を行っている。
街の治安を考えた時、この事実上要塞となっている孤児院の存在は、どう映るだろう?
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孤児院は、街から補助金を受けて運営されている施設であった。
つまり、役場の外郭機関であるということも出来るのである。
その外郭機関が、独自に商会を立ち上げ経営的に独立し、そして独自の防衛力を整備し始めている。
役場の歴々が警戒をするのに、充分な理由があるのであった。
それに対するセラは、剣ではなく言葉を使った戦いで、子供たちを守り抜かなければならないのである。
「まずはセラ院長、一年間ご苦労だった。提出された報告書も綺麗に纏まっていたよ」
「有り難うございます」
「だけどね、中に幾つか確認しなければならない内容があった」
「はい」
「第一に、去年君は独自に商会を立ち上げているね。何故かな?」
「理由の一つは、補助金だけでは子供たちを養えなくなったからです」
「ホウ、それはつまり、補助金の額を減らした我々の責任だ、と?」
「そうとは申しません。二つ目の理由として、子供たちが院を出た後のことを考えて、です」
「それはどういうことかな? 詳しく説明してみなさい」
「はい。普通の家に生まれた子供たちなら、親の仕事を見様見真似で憶えることも出来ます。大きくなってから親の手伝いをするも他の職人さんの徒弟となるも、その基礎はわかっているでしょう。
しかし、孤児院出身の子らにはそれがありません。だから出来る仕事がなく、知識も技術も必要ない運び屋などをした挙句、道を踏み外して裏街に居を構えるのが関の山でした。
だから、院にいるうちから幾つかの仕事をしていれば、何もしていない以前までの子らより就職が有利になると思いますし、働いた結果賃金を得られれば、働くことの喜びを直接学ぶことも出来ます。
加えて仕事を通じて大人たちと関わりあうことで、“どこの生まれとも知れない孤児”が“この街に生きる子供”と認知され、院を出た後の子らが受け入れられ易くなると思います。
そういったことが、商会を立ち上げて子供たちに仕事をさせている理由です」
「成程成程。それは立派な考えですね、セラ院長。
然し、然しですよ? 我々の知る情報に拠りますと、孤児院は昨年、とある篤志家により莫大な額の寄附を得、その代償として商会を立ち上げることを求められたとか。
例えば、その篤志家が悪事を働くに際しての見せかけとしての商会を求めた、という可能性は否定出来ないのではないのですか?」
「否定出来ます。何故ならその篤志家は冒険者だからです」
「繋がりがわかりませんね。何故冒険者だと悪事と繋がらないのですか?」
「たとえば、大口の寄附――建物の建設代金の支払いなどです――をする前に、まずイノシシ狩りをし、それを換金して支払いに充てるような方ですから。
寄附金の出自が、普通より明白なんです。
そして商人ギルドの証書には、商会の発起人・役員・出資者その全てにあの方の名前が記されています。ですので、あの方が商会の名前を使って悪事を働いた場合、また私たちが商会の名前を使って悪事を働いた場合、どちらも区別なく、まず真っ先にあの方の迷惑となります」
「フム。では商会の件はそれで良いでしょう。ですが、その篤志家についてはもう少し確認をする必要がありますね。
調べたことに拠りますと、その篤志家はそれこそ院を卒業した直後くらいの年齢の少年を代理に立てているとか。篤志家の素性とその代理人である少年の素性は、わかっているのですか?」
「その少年が篤志家本人です」
「いや、そんな筈はないでしょう。いくら何でも……」
「本人です。間違いありません。
街に来た当初、冒険者同士のトラブルで、彼は心ならずも人を殺めました。
状況は明白で、その殺害の現場を目撃した人こそいませんが、そこに至るトラブル自体は冒険者ギルド内で行われていましたのでたくさんの冒険者たちが目撃しています。
けれどそれで少々心が病んでしまったので、孤児院の子供たちの面倒を見るという依頼を出しました。それが、彼が孤児院と関わるきっかけです。
その後は狩った獲物を解体する為に、場所の提供を孤児院に求めました。そのうちに宿と食事も。どれも、あまりお金に余裕のなかった当時の彼の節約術だったようですね。私たちも、彼の獲物の肉が食卓に上るのを楽しみにしておりました。
それから少しずつ、あの方は素案を出し、また資金を出してくださり、院を今の形に整えていったのです。
結果から見ますとあの少年が莫大な資金を捻出したように思えますが、そんなことはなく、小さなことの積み重ねと、あの方の為さったことが後になって高く評価された、それだけのことなのです」
「よくわかりました。ですがその少年自身の出自が不明ですね。
その少年自身に悪意が無いにしても、その背後にどのような人物がいるかによって評価を変える必要があります。
セラ院長、貴女はその少年の素性をご存知ですか?」
「建前上は知りません」
「建前上? ということは、何かを知っているのかね? それにそれを知らないフリしておく理由もある、と?」
「おそらく彼は、領主様の一族の出身です」
(2,788文字:2015/10/16初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/06 03:00掲載予定)




