第15話 修行の日々
第03節 春~修行開始~〔4/6〕
それからの日々は、子供たちとシェイラを中心にして過ぎていった。
子供たちに対する護身術の講義。
これは難しい話ではなく、基本は受身の取り方と相手との距離の取り方の話となる。
まず受身。型としては、前回り受身、後ろ受身、横受身などであり、俺が前世の柔道の授業で習った受身の型一通りである。
受身を知らなければ、倒されたらそこで行動が詰んでしまい、相手のしたい放題になってしまう。けれど知っているだけで、倒された時の衝撃を受け流し、その次の瞬間から相手の行動に対処することが出来るようになる。
前世の俺が柔道の巧者であれば、寝技や関節技など、倒れたままでも戦えるその方法があると教えることも出来るが、さすがにそこまでは無理。なら、倒されてもそこで終わりにならないやり方だけでも教えておく必要があると思ったのである。
そして距離の取り方。簡単に言えば、「逃げることが出来る間合い」を作ることである。
例えば、刃物を持った相手に背を向けるのは、愚の骨頂。その一方で逃げるときは背を向けて全力で走ることが最善手。なら、どの程度の距離を取れたら背を向けて良い?
これは翻って考えると、相手の武器とその間合いがどの程度かを見極める、ということでもある。腕の長さプラス武器の長さ、そして一足の間合い。
弓矢は射程が長いけど、意外に命中率が悪い。一方で弩は中近距離での命中率は高いけど、射程が短く連射性に劣る。なら弓矢相手は単純直線に逃げるのではなく不規則蛇行するように逃げれば良く、弩相手なら初弾を回避出来ればあとは一直線に逃げて良い。そういった武器の特質を学ぶことで、結果「自分にとって安全な間合い」を確保出来るようになるのである。
護身術以外に俺が受け持った講義は、属性魔法についてである。
が、加護無しの俺が出来る講義は座学のみとなる。火水風土の相克やその現象など、自然科学を知らない人間は考えもしないようなことを説明した。
たとえば、水は蒸発すると無くなる。これがこの世界の常識である。
しかし、それは水蒸気となって「空気に溶けている」。このことを知ったとき、子供たちは(話を聞いていた大人たちもだが)はじめは受け入れることも出来なかったようだ。
それでも、「霧とは何か」「雨、雲はどうやって生まれるのか」を説明することで、少しずつ理解が進んでいったようだ。
◇◆◇ ◆◇◆
プライベートの時間は、全てシェイラの為に費やした。
とはいっても一対一の単純戦闘(魔法無し)では、絶対にシェイラに勝てないくらい既に差がついている。
筋力というよりも、動きの柔軟さ。静と動の切り返し、直線と曲線の切り替えが、物凄く迅い。(物理的な)“速さ”と(決断の)“早さ”が相俟って、(行動の)“迅さ”に繋がっているのだ。
これが森の中のように三次元戦闘が出来る場所では、その“迅さ”は尋常じゃなくなる。
魔法を使えばこれに対応出来るか? と言われても、そんな簡単な話じゃない。
Lv.1【物体操作】派生01.〔肉体操作〕は、無意識自然にそれを使うシェイラに遥かに及ばないし、02a.〔投擲〕でも捉えきれない。〔投擲〕より射出速度の遅い02b.〔穿孔投擲〕では言わずもがな。02c.〔突撃〕で捉えられるのなら、魔法に頼らず捉えられる。
Lv.2【群体操作】には戦闘で使える派生術は今のところないし、Lv.3【流体操作】の派生01.〔血流操作〕は、捉えて接触しての使用だから捉えられなきゃ意味がない――余談だが、手術の時にこの魔法を使えば出血を最小限に抑えられた、と今になって気付いた――。Lv.4【気流操作】でも、まだ対象を吹き飛ばすほどの威力は持ち得ない。
結果として、やられっぱなしに……なるのは流石に『ご主人様』としてはどうかと思うので、何とか姑息なやり方を積み重ね、かろうじて勝ち点を重ねている。
そんな中で【気流操作】を使い、小さな気圧の波(派生01.〔気配隠蔽〕)を作り、シェイラの気配探知を阻害出来るようになったのは、一つの収穫。何故なら、「小さな気圧の波」は、もう少し密度を高めればそれはそのまま“音波”になり得る。そしてそれに指向性を付けられれば……、派生02.〔空間音響探査〕が完成する。そうすれば、もう少し面白い勝負が出来るようになるだろう。
シェイラ自身の魔法習得も、やはり偏りがある。
〔肉体操作〕は無意識に使えるから俺も教えるつもりがなかったが、〔投擲〕は割とすぐに憶えた。複数の工程を組み込む〔穿孔投擲〕や〔突撃〕は、努力したが最終的に放棄された。【群体操作】には興味がなく、【流体操作】には苦手意識があると見た(猫獣人だから水が苦手??)。
〔気配隠蔽〕は見様見真似で憶えられ、〔空間音響探査〕は俺より先に使えるようになった(物凄く悔しい)。
ちなみに、俺の〔無限収納〕をシェイラに憶えさせることは、無理だった。ところが横で聞いていたミリアは、〔無限収納〕を憶えてしまった。
これは、ミリアは生地の寸法をデータで記録し、データからその寸法の生地を再現するということに慣れていた為、〔収納魔法〕もデータ化すれば実体の大きさや重さは無視出来る、ということを自然に理解出来たようだ。ただ、データにタグを付けて整理し易いようにするということまではまだ思い至らないようだ。
◇◆◇ ◆◇◆
そのうち、【リックの武具店】に注文を出していたシェイラの武器「手甲鉤」が完成した。
布と革で作られた肘まである手袋の上に、鉄製の鉤を兼ねた甲を付けたタイプである。
鉤の部分は板状ではなく、刃状でもなく、三本の四角柱で先端が湾曲して尖らせた形状。
「どちらかというと、攻撃より防御に重点を置いて設計したわ。
だから“斬る”より“貫く”より“引っ掻く”武器。
たとえば人間相手なら充分な殺傷力を発揮出来るけど、たとえば魔猪相手じゃ不安。
その程度の武器になったわ。
また収納を考えて、ということだったから鉤の部分は外して収納出来るようにしているわ。その分強く打ち合うと戦闘中に外れちゃう可能性もあるけど、外れないようにして腕の骨が折れるよりはましよね?」
シェイラに付けさせ具合を確認してもらい、その三次元戦闘能力がそれまで以上に高まったことを確認した上で、シェイラの武装は完成したのであった。
(2,809文字:2015/10/16初稿 2016/04/01投稿予約 2016/05/04 03:00掲載 2016/05/06脱字補完)
【注:柔道の受身については、ホームメイト柔道チャンネル(http://www.judo-ch.jp/)を参照しています】




