第11話 セラの憂鬱・1
第02節 新年~将来を見据えて~〔5/5〕
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セラは内心、頭を抱えていた。
この一年間、色々なことがあった。驚くことも、呆れることも、嬉しいことも、腹立たしいことも。
この一年間、そういった色々なことの中心にいたのは、いつだって初夏に出会った一人の少年だった。
そして今。
その少年がしでかした事の、この一年の(文字通り)総決算を迎えて、頭を抱え込んでしまっているのだ。
この件では、アリシアは全く役に立たない。
今もセラの傍らに侍っているが、何がそんなに問題なのかわからない、と顔に書いてある。
この件で頼りになりそうな相手は、目の前にいる油断のならない男。
商人ギルドのギルドマスターだけだろう。
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年が明けると、当然ながら孤児院の会計報告を町役場に提出しなければならない。
しかし、去年の会計内容が凄まじいものになってしまったのである。
これまでは、白金貨2枚(金貨200枚に相当)の補助で一年間やり繰りしなければならなかった。
白金貨2枚というと大金のようにも思うが、これが一年分の生活費と考えると、かなり少ない。平民一世帯が普通に暮らせる程度の金額でしかないのだ。
だから、アリシアの冒険者としての稼ぎや狩りの獲物の提供が、とても有り難かった。
ところが。
去年の場合、アレク一人からの寄附が、とんでもない額になってしまっているのである。
現金寄附(手押しポンプと厠や浴場等の建築費)だけで、ざっと白金貨4枚を超える。
そして現物寄附(食材提供等)を換算すると、そちらも(牛鬼の肉は除いても)白金貨1枚に達するだろう。
それに加えて炭鉱の採掘権。炭鉱は、商会の持ち物でもなければ孤児院の持ち物でもない、アレク個人の持ち物なので、その権利料が孤児院に入るとしても、それは全てアレク個人からの寄附なのだ。それが去年一年分で白金貨1枚ほど。年間3枚程度になる。
個人からの寄附だけで、街からの補助金の3倍強。これは流石に多すぎる。
更に加えて商会を発足したことから、商会からの流入金も計上しなければならない。
これは、昨年は白金貨1枚程度で済んでいるけれど、今年は確実に4枚に達するだろう。
実をいうと、商会からはセラ・アリシア・アレクの三人に対し給料が出ているが、三人ともこれを院に入れている為、これもまた個人からの寄附金として計上する必要がある。
全部合わせて、白金貨8枚。単純計算で、一昨年の4倍の収入である。
そして、今年の予測を立ててみると、アレクからの寄附を炭鉱採掘権だけとしても、商会からの流入金と合わせて白金貨約7枚の収入が既に確定している。加えて、今日の加護の儀式が服の強烈な宣伝になったことを考えると、商会からの流入金は上方修正の余地があるかもしれない。
そもそも、この孤児院を維持するのに、(税金や家賃などは町長に免除されている為)切り詰めれば白金貨3枚、4枚あれば子供たちを飢えさせずに済む。
ましてや木炭と石炭、そして【ミラの店】との取引のおかげで、燃料と子供たちの服を仕立てる為の生地は事実上無償で手に入る。なら、白金貨3枚あれば十分なのに。
去年の春までは、お金が足りなくて困っていた。
けど今年は、お金が多すぎて困っている。
どうしたら良いだろう?
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「やはり、炭鉱の採掘権料は切り離した方が良いですね」
「やっぱり、そう思いますか」
「ええ。彼は孤児院のことを考えて、少しでも余裕を、と思ってくれているんでしょうけれど、それでも現状では額が大きすぎます。
孤児院での出費も増えていますが、商会からの流入金とお二人のお給料からの寄附だけで、多分ギリギリですが孤児院は回せるでしょう。
街からの補助金も、申請しない方が良いかもしれませんね。
昨年分も返納しましょう」
「だけど、それで足りなくなったらどうしたら良い?」
「シア。その可能性についても、アレク君は手を打っているわ。
何の為に子供たちの卒院年限を12歳から14歳に引き上げたの?」
「あっ」
「そうよ。彼は既に道を作ってくれていたの。これ以上はやっぱり甘えだわ」
「そうだな。あいつは子供たちを甘やかしてくれているから、つい院の人間だと考えていたけれど。
でもあいつ自身が言っていたな、『俺はいつかこの街を出る』って」
「ええ。その時の彼に心残りがないように、彼が用意してくれたものを活かすのが、私たちの役目だわ」
「どうやら話は纏まったようですね」
「ええ。
採掘権料の収入は孤児院会計から切り離して、アレク君個人のものに戻しましょう。
でも具体的にはどうやって?」
「我が商人ギルドの業務の一つに、預金業務があります。
彼はギルドカードを商会名で作っていますが、商会口座の一つを彼専用の口座とします。
今後採掘権料は、その口座に振り込むことにしましょう」
「お願いします」
「ただ、一つだけ覚えておいてください。
彼専用と言っても、あくまで商会の口座の一つです。
つまり、セラ院長。アリシアさん。
貴女たちは、彼の承諾を得ずに、いつでもその口座からお金を引き出せるんです」
「そんなことはしません」
「するかしないか、ではなく『出来る』、ということを、覚えておいてほしいんです。
特に今回の仕儀は、それこそ彼名義のお金を、彼自身の承諾を得ずに動かしていることに他なりません。
そして彼自身の意思は、このお金は孤児院の為に、となっていました。
なら、セラ院長、アリシアさん。
もし孤児院が何か大変なことになったとき、このお金に手を付けずに、結果子供たちが苦しむことになるのなら、そのことこそ彼の意に反する筈なんです。
だから、覚えておいてください。
万一の時、このお金を使えるんだってことを。
使うことをこそ彼は望んでいるんだってことを。
おそらく彼は貴女がたには伝えていなかったでしょうから、守秘義務違反かも知れませんが私の口から伝えておきます。
彼は、『鬼の迷宮』に向かう前に、我がギルドの『遺言サービス』を利用して遺言を遺しておりました。
内容は、『迷宮から帰って来れなかったら、炭鉱の権利は【セラの孤児院】の院長であるセラに譲る』です。
彼は初めから、そう考えているんです」
まだ13歳になったばかりの少年が、そこまでのことを考えて手を打っていた。
その事実を知って、セラの目からは涙が止め処もなく溢れていた。いや、セラだけではなく、アリシアの目からも。
「ギルド長。昨日の宴席で話されていた、木炭と石炭の取引拡大の件ですが、前向きに検討したいと思います。
炭鉱の権利料は値上げを鍛冶師ギルドと交渉しなければなりませんね。
そうしておけば、その分、いざという時に彼が使えるお金も増える訳ですから」
(2,789文字:2015/10/08初稿 2016/02/28投稿予約 2016/04/26 03:00掲載予定)
・ 今回孤児院会計の内情が書かれていますが、手押しポンプの代金や浴場の建築費などについては、実際にアレクが使ったお金ではありません。また食材等の寄附換算額は、あくまで再調達価格(同等のものを商店から購入した時の価格)ですから、孤児院に寄付しないで店に売っていた場合はもう少し安く買い叩かれます。




