第09話 BBQパーティー
第02節 新年~将来を見据えて~〔3/5〕
カナン暦698年の年が明けて。
春の一の月、正月。
新年は色々な行事があるが、諸々の行事は大抵既朔以降とされ、正月は家族で新年を迎えるのが普通である。
けれどだからこそ【セラの孤児院】では、この日にBBQパーティーを開催することにした。勿論、参加者は家族同伴歓迎である。
招待したのは、商人ギルドからはギルドマスターと担当者、会計士さんたち。
【ミラの店】からはミラ店長とオリベさん、その他針子さんたち。
鍛冶師ギルドからはギルドマスター他幹部たち。
【リックの武具店】のリック親父とシンディさん、そしてスー。
冒険者ギルドからはギルドマスターと、【Children of Seraph】の担当者であるオードリーさん。
他にもいつも食肉を卸している【テッドの食肉店】の店長や、俺が冒険者になりたての頃からお世話になっている【ナラク婆の薬草店】の婆さんなど、総勢24名。
『家族同伴歓迎』と言ったものの、家族で来ているのはリック親父とシンディさん親子、冒険者ギルドのギルドマスターとオードリーさん夫婦(驚愕の事実!)の他は、商人ギルドのギルドマスターが奥さんを連れていたのと会計士さんの一人が婚約者を連れて来ただけだった。
ちなみに、今日のパーティーの主役は牛鬼の肉のステーキだが、同じくミノ肉の串焼き、山菜の炭火焼き、ヤマメに似た川魚の塩焼き、魔猪の煮込み、キジに似た鳥で出汁を取ったスープなど、かなり贅沢なメニューとなっている。飲み物も、果汁や酒がふんだんに振る舞われている。
なお、何故か俺の“ビタミン飴”を出せとせがむ三人娘がいた。当然却下(あれはパーティー料理とは言わない)したはずなのだが、結局その圧力に負け、お開きの際には皆に一粒ずつ提供する、ということになった。
ただ、今回の食材の出所が出所なだけに、冒険者ギルドのギルドマスターとオードリーさんには口止めをする必要があった。ギルドマスターは「噂では聞いていたが、それが真実で、それを行ったのがアレク君で、その上ダンジョンマスターの肉が供される宴に招かれることになるとは、想像以上だね」と(あまりショックを受けた様子も見せずに)笑っていた。
「噂に聞いた」などと言ってはいるものの、どうやら独自ルートで事実を知っていたようだ。
ところで、今回のパーティーの参加費は無料。俺の〔無限収納〕に溜め込んだ食材と一般市場に流通出来ない食材の放出でしかないことと、孤児院にとっては謝恩の意味があることから、参加費を受け取らないという方針でセラさんと合意したのである。
もっとも、商人ギルドからは水菓子の差し入れがあったし、鍛冶師ギルドには準備の段階から色々手伝ってもらっている。
◇◆◇ ◆◇◆
子供たちは、今回は主催者側である。勿論料理を口にしてはいけない訳ではなく、来賓とともに肉を焼き、焼魚を齧り、山菜を選り好みし、シチューに舌鼓を打つが、給仕をしたり空いた食器を下げて汚れた食器を洗ったり、食材を追加したりと大忙し。
この時、子供たちはミリアをはじめとした女の子たちが縫った給仕/女給仕服を着ていた。これは俺がミリアにデザイン案を提供したものであり、前世の某ファミレスチェーン関係者が見たら意匠権の侵害で訴えてくるであろうデザインのものである。
言い換えると、この世界ではかなり斬新なデザインであり、また同一のデザインの衣服が全員分揃うということ自体この世界ではまだ馴染みがないことでもある為、【ミラの店】の針子さんたちは女の子たちに事細かく質問していた。
中でも主役級なのは、新人・シェイラ。初めは皆と同じ女給仕服だったのだが、ミラさんからの熱烈な要求で、先日のドレスに着替えたのを皮切りに、ミリアデザインの俄かファッションショーのモデルになって次から次へと着せ替えさせられる羽目になってしまった。
◇◆◇ ◆◇◆
この、『孤児院主催のパーティー』というには華やか過ぎるパーティーではあるが、その実ビジネス的な側面も隠れていた。
冒険者ギルドと鍛冶師ギルドの間では、『鬼の迷宮』関連素材(大鬼の骨やミノタウロスの角等)の、冒険者の武具への卸関係が交渉されていた。冒険者ギルドは国家とも繋がりがある為、魔物由来の素材で作られた武具が国外に流出する危険は避けたい一方、木札冒険者の生存率を上げる為にも質の良い武具を卸してほしいという、二律背反の問題を鍛冶師ギルドと調整しようというのであった。
鍛冶師ギルドと商人ギルドの間では、木炭や石炭の販売と、孤児院との直接取引に関する交渉が行われていた。生産量が飛躍的に増えた木炭や、新燃料である石炭を、他市に輸出することが出来れば、この街も孤児院も、経済的にかなり豊かになると商人ギルドのギルドマスターは力説していた。
もっとも、孤児院的にはあまり財産を貯め込むと妬まれるだけだし、そもそも子供たちの保護養育の為以上の資金は必要ないというのが本音なので、セラさんは直接取引と市場拡大には消極的な姿勢を見せている。
商人ギルドと冒険者ギルドの間でも、商隊の護衛に対する報酬の額や、遠征依頼に同行させる奴隷の条件等(奴隷の待遇やその価格等)についての調整などをしている。両者共、少なからぬ不満があるようである。
あたかも、ちょっとした頂上会合である。
一方孤児院の子供たちも負けていない。
女の子たちと【ミラの店】の針子さんたちの情報交換はいつものことだが、冒険者志望の男の子たちはギルドマスターやオードリーさんから冒険者の心得などを聞き、またある男の子は薬草の見分け方を、女の子は薬草の育て方を、それぞれナラク婆に聞いていた。
木炭や石炭を使った新製品のアイディアを鍛冶師ギルドの幹部と話し合っている子もいるし、旅商人になる夢を持つ子は新たな商売のアイディアを商人ギルドの会計士さんに語り実現性を検討していた。
◇◆◇ ◆◇◆
メインが肉か、ファッションか、商談か、いまいちよくわからない宴席になってしまったが、それでも充分に盛り上がったパーティーも、やがておわりの時間を迎える。
子供たちは眠気を隠し切れなくなり、大人たちも穏やかな表情でそんな子供たちを見ながら、食事と会話から飲み物と静かな時間を楽しむ空気に移行していた。
セラさんとアリシアさんは子供たちを寝室へ連れて行き、三人娘は片付けに入った。
鍛冶師ギルドの人たちは最後のひと頑張りとばかりに三人娘の手伝いをし、リック親父とシンディさんは浴場に水を汲みボイラーに火を入れた。
締めの挨拶、なんて気取ったものはなく、流れで(女性→男性の順に)風呂に入り、飴を一粒渡して順次解散となったのである。
(2,987文字:2015/10/08初稿 2016/02/28投稿予約 2016/04/22 03:00掲載 2016/05/20誤字修正(カナン歴→カナン暦))




