第08話 挨拶廻り
第02節 新年~将来を見据えて~〔2/5〕
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奴隷契約。
奴隷となった時点で〔契約魔法〕をかけられる。この場合、奴隷商人が仮の主人として魔法に登録され、無許可で主人のもとを離れた場合などは脱走奴隷と看做される。
次に主人を定めると、労働奴隷の場合その主人との間に内容と期間、そして禁止事項を織り込んだ契約を〔契約魔法〕で交わされる。これにより、その奴隷の行動半径はその契約に則る形になる(旅商人に従う労働奴隷の中には、主人のもとを離れて独立した商隊を率いる者もいる)。
そして主人との間で交わされた契約が満了すると、〔契約魔法〕が消滅し、その奴隷は解放される。
脱走奴隷となると、〔契約魔法〕がその額に【脱走紋】と呼ばれる紋様を浮き上がらせる。脱走奴隷に対しては、第一義的にその主人が対応しなければならないが、その一方で脱走奴隷は完全な意味で人権が認められず、【脱走紋】を持つ相手に対し誰が何を行っても罪にならない。
だからこそ単独行動する奴隷は、逆に額を隠すことは禁じられている。
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シェイラが俺のもとに来たときは、取り敢えず主人の登録のみ済ませていた為、奴隷市場を離れても【脱走紋】が浮き上がるようなことにはならなかった。
けれどこれからお互いの立場をちゃんとする為には、色々細かく取り決める必要がある。
にもかかわらず。
「必要ありません。無条件、無制限、無期限。それで良いじゃないですか」
「良くないだろ! それじゃぁお前の意思はどこにある」
「私の意思は、ご主人様と共に。明確です」
「いやだから……」
これである。自主自律の精神をこの世界で涵養することは、そんなに難しいことなのだろうか?
「なら、こうすれば良いんじゃない?」
「セラさん?」
「条件は、『アレク君の意思に従うこと』
禁則は、『シェイラちゃんが嫌がることを命じること』
期間は、『三年。但しどちらも契約終了を望まなければ、更に三年間自動更新』
……どう?」
つまり、俺がシェイラの自由を最大限尊重するのであれば、この契約内容なら実質、シェイラは何をしても良い、ってことになる。
「オーケー。それなら。
シェイラは?」
「私も良いです。
不束者ですが、末永く宜しくお願いします」
「それ、違うから」
ともかくこれで、シェイラは正式に俺の奴隷となった。
◇◆◇ ◆◇◆
奴隷市場を出た俺たちは(馬車はもう商人ギルドに返した)、まず【リックの武具店】に行ったが、残念ながら店番のスーしかいなかった。ので、BBQパーティーの招待状だけ渡し、続いて【ミラの店】へ。
「あらいらっしゃい。
あれ? そっちのマントで顔を隠している子、はじめましてよね?」
「ええ。ちょっと見せびらかしに知り合いのもとを訪ね歩いているんです。
シェイラ、店に入ったらマントを脱いで」
「はい」
「ともかく紹介しますよ。
俺の新しい家族。シェイラです」
「初めまして。ご主人様の奴隷です」
「そのネタは商人ギルドでやったから」
店に入り、シェイラがマントを脱ぐと、さすがに本職、ミラさんは目の色を変えた。
「生地や染めが良いのはうちが卸した品だから当然だけど、この縫製……。
オリベ! ちょっと来て。
これを縫ったのは、ミリアちゃんよね?」
「はい、そうですが」
「どうしました、店長」
「この子の着ているドレスを見て」
「え……。これ、まさか」
「ええ。孤児院製だそうよ?」
「参りました。もうこれだけの技術を身に付けているなんて。
寧ろ『孤児院』って看板を外したら、明日からでも貴族の注文を受けられますね、あの子」
「一応、本人としては、まだまだミラさんやオリベさんから学びたいようですが」
「本音言って、あまり嬉しくない。
あっという間に追い抜かれちゃうから」
「ただ俺としては、このミリアの現時点での最高傑作を見事着こなし、神聖金剛石や神聖金の輝きにさえ負けていない、うちの新しい家族のことも、もう少し見てくれると嬉しいんですが」
「当然見てるわよ。
ねぇ、ドレスと宝石とワンセットで、この子頂戴?」
「駄目に決まってます」
「ケチ」
ともかく、こちらもBBQパーティーの招待状を渡して、【ミラの店】をお暇した。
◇◆◇ ◆◇◆
最後に訪れたのは、鍛冶師ギルド。ここにはリック親父とシンディさんもいた。
「あれ? 何かの会合中だった?
なら出直すけれど」
「いや構わん。先月お前が持ち込んだ素材の件だからな」
大鬼の骨や、牛鬼の角などの処遇についてが、今日の議題らしい。
「お前さんから、何か要求はあるか?」
「既にギルドに売却したものだ。どうしてくれても構わないよ。
ただ、本音を言うとあまり冒険者たちにはその由来を知られたくないな。
誰が『鬼の迷宮』を攻略したんだ、って話になるから」
「それはそうだな」
「では、出所がわからないように細かく砕き、微量を使うようにすれば良いな。
大量に使うときのような明らかな違いはないが、それでも使わないのとは明らかに違う。それくらいの使い方なら問題はないだろう」
「任せるよ。本当に俺には何ら発言権はないんだから。
それはそうと、シンディさん。
改めてお礼を言いたくて捜していたんですよ」
「あたしに、お礼? 何の事?」
「シンディさんが作ってくれたナイフのおかげで、一つの命が救われました。
シェイラ、挨拶しなさい。あの人もお前の命の恩人だ」
「はい。初めまして、シェイラです。
私の治療をする為にご主人様が使われたナイフを、貴女様がお作りになったと聞きました。有り難うございます。
貴女のおかげで永らえましたこの命、必ずやご主人様のお役に立ててご覧に入れます」
「いや、だから違うから。
シンディさん、なんかこの娘、変な方向に覚醒しちゃっているみたいで会う人会う人皆にこんな調子だけど、あまり気にせず仲良くしてあげてくださいな」
「ん~、なんとなくわかった。
はじめまして、シェイラちゃん。こちらこそよろしくね。
……でも嬉しいわ。料理の役に立ったとか、戦いで生き延びることが出来た、って報告はこれまで何度も聞いたけど、あたしの作ったナイフで直接的に命が救われた、って報告は、初めてだから。
刃物は命を奪うモノ。
それが当たり前のことだと思っていたから、刃物で命が救えたって話は、ちょっとびっくり。今度、ゆっくりその話を聞かせてね」
「はい、必ず」
「っていうか、わざわざ“今度”なんて言わなくても良いんじゃないか?」
「え?」
「そもそも今日の会合が、この間の戦利品についてだろ?
ならもう一つあるじゃないか」
「何のこと?」
「肉。ミノタウロスの肉で、BBQパーティーするって話。
正月に決定したから。
ギルドの皆も是非参加してください」
(2,804文字:2015/10/07初稿 2016/02/28投稿予約 2016/04/20 03:00掲載予定)




