第02話 前世の知識
第01節 駆け出し冒険者の受難〔2/3〕
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前世での俺は、別に柔道の達人だった訳ではない。せいぜい学校の体育の授業で体捌きを習った程度である。その程度で武道の技が綺麗に決まるのか?
これは前世での俺の友人が、実際に体験したエピソードがヒントになっていた。友人はアメリカの田舎町でアルバイトをしながら学校に通っていた。そのバイト先で、JUDOなんて、実戦で使えるのか、と他のアルバイト仲間に聞かれたのだそうな。
友人も柔道は学校で習った程度で、当然帯など取っていない。しかし、全くの素人相手で且つ全く無防備な相手であった為、結構あっさり大外刈りが決まってしまったという(相手は気が付いたら地面が背中に来ていた、と感じたそう)。
そして現世での俺は、前世の俺よりまた前世の友人より、肉体能力は高い。ならあとはタイミングだけ。そして、単純に体重負けすることがないように、下半身を〔肉体操作〕で強化したのだ。
結果、2mはありそうな相手(この当時俺の身長は120cm前後)、体重差では3倍ある相手をあっさり投げることに成功したのである。
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「オイオイ、セマカよぉ。こんなガキにあっさり転がされてんじゃねぇよ」
「大丈夫かよ、こんなのに前衛を任せて」
「魔猪どころか犬鬼の突進でも弾け飛ぶんじゃねぇか?」
「いやいや奴の筋肉は見せかけで、中はがらんどうなんだろうさ」
見ていた連中は、言いたい放題。他人事だと何でも言えるというやつだろう。投げられた当人も、屈辱に頬を震わせながら、しかし反論出来ず逃げるようにギルドの建物から出て行った。
「…ちゃんと謝った方が、良いですか?」
「この場合は自業自得、でしょ? 気にすることはないわよ」
受付のお姉さん、くだらない見世物だったと言いたげな表情で、登録処理の続きを行っている。次の確認内容は、俺の投宿先だった。ギルドに所属する冒険者は、基本的に所在の報告義務がある。その為登録冒険者の投宿先も報告しておかなければならないのである。
とはいえはじめて来た街で定宿と呼べるところなどなく、それなりに治安の良い地区で充分に安い宿を紹介してもらい、そこをこれから暫くの拠点とすることとしたのである。
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翌日。
朝一番でギルドに顔を出し、依頼を探す。
木札のクエストは当然沢山あるが、人気のあるクエストと不人気のクエストも顕著なようだ。危険も多いが報酬が良い害獣討伐系や拘束時間は長いが戦闘力を問わない輸送系は人気が高く、拘束時間が長いのに報酬は安く苦情で評価を下げられ易い雑用系は人気がない。また、拘束時間が長いのに知識がないと無駄になり易い採集系も、あまり人気があるとは言えないようだ。
木札のクエストは一通り受注するつもりだが、最初だから取り敢えず、毒消し草の採集依頼を請けることにした。
採集系のクエストは、専門知識が必要。当然である。
まずは目的物がある場所を探さなければならず、そこで目的物とそうでないものを見分けることが求められる。
採集方法も、雑なやり方だと評価減の対象になるし、保存・輸送の方法も独特なものもある。
しかし、俺はこの件に関しては勝算があった。【生活魔法】〔亜空間収納〕を活用するのである。
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〔亜空間収納〕は、「ここではない空間に物を保管する為の魔法」と定義される。その大きさは一辺2m程度 の立方体(つまり身体を突っ込めば手が届く大きさ)で、保管可能重量は、術者の体重とほぼ同程度といわれる。
しかし前世の知識では、「ここではない空間」「亜空間」は、仮説の上に仮説を重ねてようやくその存在を仮定出来る、という程度のものであり、その存在の証明は出来ていない。
けど、その存在が科学的に証明出来なければそれを使えないのだとしたら、そもそも魔法そのものが使えないだろう。そして今の俺は、この世界の魔法理論は、根本から間違っていることに気付いている。間違っているにもかかわらず魔法は発動する。なら。
魔法知識は、それが自然科学的に正しいか否かは関係ない。物理法則的には間違っているのだとしても、それが魔法的に正しいと確信出来るのであれば、その魔法は発動する、ということだ。
そのことから、俺は〔亜空間収納〕を定義し直した。
〔亜空間収納〕に物を収めるとき、その「物体」は「情報」に変換される、と。そして取り出すとき、その「データ」は「もの」に変換される、と。
結論から言えば、通常の〔亜空間収納〕とは比較にならない性能を持つ〔無限収納〕を生み出すことが出来たのである。
容量:無限。限界重量:なし。時間経過:なし(通常の〔亜空間収納〕では、通常空間と同じだけ時間は経過する)。
また、データにタグを付けることでソートも可能(無限に収納した結果、見つけ出せなくなるということはない)。ついでに摘要も附せる。
これ一つで充分ズルといえる性能を持つ、〔無限収納〕が出来上がったのである。
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依頼を受けた俺がまず向かったのは、薬草系の素材を扱う商店である。そこでその店に並んでいる薬草(生薬)を、片端から一つずつ購入した。
「坊や、まだ子供だけど冒険者のようだね。そんなにいろんな種類の薬草を買ってどうするんだい?」
「えっと、採集系の依頼を受けたけど、そもそも対象の薬草を知らなければ採集なんて出来ないから、実物を、と思って」
「そんなのギルドの受付で見せてもらえば良かったじゃない」
「それはわかってるんですけどね。でも色々教えてください。今回は毒消し草の採集なんですけど、どのあたりに生えているんですか?」
「南の森の手前にある、泉の近くに群生しているよ。ただあのあたりのはあまり質が良くないからねぇ」
「有難うございます。取り敢えず南の森まで行ってみます」
「気を付けるんだよ。最初の依頼で命を落とす冒険者は、結構多いから」
店主にお礼を言って、店を出た。
そして、購入した薬草類を〔無限収納〕に収め、ついでに道端の雑草もいくつか〔無限収納〕にいれた。すると。
〔無限収納〕の内蔵物は、リスト化されて脳裏に表示される。店で購入した薬草類は、その名称でリストアップされていた。一方で、道端で拾った雑草は、
{xxxx-xxx-0001}×1
{xxxx-xxx-0002}×1
{xxxx-xxx-0003}×1
と表示されている。ビンゴだ。
これなら、それらしい野草を見つけて〔無限収納〕に収めれば、それが今回買った薬草類のどれかならその薬草の数量が増え、どれでもなければ{xxxx-xxx-0004}{xxxx-xxx-0005}という具合に記述されるだろう。
あとは、品質を下げないように上手に採集すれば良いだけだ。
(2,862文字:2015/08/02初稿 2015/12/25投稿予約 2016/01/03掲載予定)