第06話 狂的科学者
第01節 年の瀬~新しい家族~〔6/6〕
◆◇◆ ◇◆◇
カナン暦697年も残り僅かとなったその日、シェイラの手術は執行された。
◇◆◇ ◆◇◆
この間、手持ちの蒸留酒を更に三度蒸留し、純度の高いアルコールを精製した。
そして、シンディさんに作ってもらった手術道具をアルコールで消毒する。
セラさんたちには手術の危険性(何事もなければ、脂肪腫を放置しておいても大過ないという可能性まで)正直に話し、その上で手術をすることの趣旨を説明し、セラさんたちのみならず誰よりシェイラ自身の承諾を得、この日を迎えることとなった。
「手術室」と定めたこの部屋は、事前に掃除をし(無菌室化することは到底不可能だから、現状で出来得る限りの清浄さを実現した)、俺と、そして助手に立候補したエミリーさんは白衣に着替え、手袋と帽子、マスクをして、完全な態勢。
被術者であるシェイラは上半身裸で俯せに寝て、瘤を隠さず見せている。
この世界、当然麻酔などはなく(仮にあったとしても適正量などわかりはしない)、その激痛に耐えてもらう為シェイラには小枝を咥えてもらった。万一にも舌を噛み切ることのないようにする処置である。
そして、シェイラの体に〔解毒魔法〕をかけ、いよいよ執刀開始である。
◇◆◇ ◆◇◆
患部は、肩甲骨の上あたり。これだけ膨れていれば、表面に主要血管が走っているとは思えない。だからある意味どんな切り方をしても大出血を心配する必要はないだろう。また最終的には〔治癒魔法〕で片付けることを考えれば、切り口を可能な限り小さく、という配慮もあまり意味を成さない。
それでも女の子の肌、ということを考え、一文字に且つ最小の長さだけ切ることにした。
その時。こぶの表面に、一文字の痕を見つけた。
これが何を意味するのか。嘗て自分が同じことをした経験がある為、想像が付いてしまった。
もし、嘗ての俺と同じことをシェイラにした奴がいたのなら。
シェイラの現状が、その結果であるというのなら。
俺は、同類としてその相手を絶対に赦すことは出来ないだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
メスで患部を切開し、鉗子で中の脂肪の塊を摘出する。
摘出が完了したら、〔治癒魔法〕で傷口を塞ぎ、更に〔回復魔法〕で喪われた体力を取り戻す。〔回復魔法〕は失血も補うが、俺のイメージで発動させる魔法の場合、どう考えても〔治癒魔法〕で造血させた方が良いので、〔回復魔法〕をかける前にもう一度〔治癒魔法〕をかけた。
終わってみれば、大した時間を要しない、簡単と言って間違いない手術であった。
だが、俺にとってはまだ終わりじゃない。
摘出した脂肪の塊に、更にメスを入れてみた。その結果、予想通りのものを見つけ出した。
◇◆◇ ◆◇◆
〔回復魔法〕の効果もあり、シェイラは術後すぐに元気になった。が、執刀医としてはすぐに運動することなど認める訳にはいかない。安静を言い付けたうえで、セラさんとアリシアさん、そして手術に立ち会ってくれたエミリーさんに同席を求め、摘出した脂肪塊の更に内側にあったものをシェイラに見せた。
それは、俺が牛鬼から抜いたものより更に大きい、魔石だった。
「アリシアさん、以前俺が魔猪を仕留めた時のこと、憶えてます?」
「忘れる訳がない」
「あの時、どうやって魔猪を仕留めたと思います?」
「『罠に嵌めて』、お前はあの時そう言った」
「ええ。それは嘘ではありません。でも、真実の全てでもないんです。
俺は、イノシシを罠に嵌めて動けなくして、その後小鬼からとった魔石をイノシシに埋め込んだんです。
結果、そのイノシシは魔猪になりました」
「なん……、だと?」
「その時思ったんです。森妖精や山妖精、獣人は、魔石を埋め込まれた人間かもしれないって。
ただ、エルフなどの亜人は、魔石を持ちません。
では、所謂“鬼系”の魔物は?
何らかの事情で魔石を受け入れた人間だったのではないでしょうか?」
「お前……、何を言っているのかわかっているのか?」
「勿論。だからこそ、この考察はここで止めました。
考察の正誤を確認する為には、少なからぬ数の人間を犠牲にする必要がありますから。
でも。
躊躇わずにそれを行える、倫理観の壊れた人間が、間違いなくこの時代、この大陸にいるようですね」
「そんな“壊れた”人間が、シェイラに魔石を埋め込んだ、と……」
「遠い国の言葉で、『狂的科学者』という類の人間です」
「そんな狂った人間が、シェイラの体で実験をした、ということか」
「そうです。
そして、結果的にシェイラは、魔物化することはありませんでした。
けど、体内に自分由来のものではない、高濃度の魔力結晶があったことで、周辺の組織細胞が異常増殖し、結果こぶになったのでしょう。
そうであるのなら、これを放置していたら魔物化しないにしても間違いなく体に変調を来したでしょう。生命の存続すら危ぶまれるほどに。
一つ救いがあるとすれば。
シェイラの貞操は無事だということです。
狂的科学者は、目的のこと以外については全く頓着しません。
実験のついでに美味しい思いを、などという俗人的な欲求はおそらく持っていなかったでしょう」
「それは、確かに地獄で見出した一つの救いだな」
「この狂的科学者。見つけることが出来たなら、この男――男か女か定かじゃないですが――に対し、生まれてきた事を後悔するような目に遭わせてやりますよ」
「その時はあたしにも一口噛ませろ。最低一発殴らないと気が済まない」
「ええ、その時は是非」
「シェイラ。今更集落に戻ることは出来ないだろう。
けど、集落の人たちが勘ぐったようなことは、完全に否定出来る。
そして、醜いこぶも、もうない。
お前はお前の好きなように生きられる。
建前上、最初の一年間くらいは俺の奴隷として振る舞ってもらうことになるが、その先は自由だ。
お前は、自分の生き方を選んで良いんだ。
ここにいる皆は、それを全力で助けてくれる」
「私は、ご主人様の奴隷が良いです。
私に命をくれ、希望をくれ、未来をくれたご主人様に、生涯お仕えしたいと思います」
「いやだけど、一時の感情で自分の未来を決定しなくても……」
「アレク。女の子の決意を軽んじるな。
自分のやったことを過小評価するな。
お前は、シェイラちゃんがそう思うに値するだけのことをしたんだから」
(2,810文字:2015/10/06初稿 2016/02/28投稿予約 2016/04/16 03:00掲載 2016/05/20誤字修正(カナン歴→カナン暦) 2016/10/11誤字修正)




