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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第二章:「ご主人様は教育学者!?」
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第04話 シェイラ

第01節 年の瀬~新しい家族~〔4/6〕

☆★☆ ★☆★


 (こぶ)

 日本に()いて、「こぶ取り爺さん」などの昔話でお馴染(なじ)みの、皮膚に出来るこぶの正式名称は『脂肪(しぼう)(しゅ)』という。

 また『腫』は「はれもの」とも読み、これの悪性のものが一般に『(がん)』と呼ばれる。

 しかし、脂肪腫が癌化することは少なく、その為こぶの切除は美容整形の範疇(はんちゅう)に入るのだという。


★☆★ ☆★☆


 労働奴隷の場合、本来は本人の承諾なしには契約を締結出来ない。

 だが今回は特殊事情ということで、〔契約魔法〕を介さず猫獣人の少女――シェイラ――を孤児院に連れていくことが認められた。世知辛(せちがら)い話だが、奴隷市場でももてあましていたらしい。

 とはいえこれは、シェイラを非合法奴隷同然に酷使することも出来る非常に危険な采配(さいはい)であり(奴隷商人はシェイラの引き取り手が現れるのなら非合法目的でも構わない、と考えていたフシがある)、シェイラの為にも後日改めて〔契約魔法〕を交わすことを奴隷商に約束することとなった。


 シェイラを孤児院に連れて帰って、まずしたことは風呂に入れること。

 獣人種特有の長髪も全く手入れされておらず、肌も(うるお)いがないどころか(あか)と汚れで鎧のように硬くなっている。


 一緒に風呂に入ることに関し、実は少々躊躇(ちゅうちょ)した。

 これは別にスケベ心からではない。(むし)ろ逆。シェイラにそう思われることを危惧(きぐ)したのだ。

 しかし、浴場に連れて行っても、脱衣所で服を脱がしても、シェイラは全く反応を見せなかった。


 それでも体を洗い、髪を洗い、浴槽に()かると、彼女の表情に少しずつ血の気が戻ってきたのが見て取れた。

 けれどもまだその(かたく)なな口が開かれることはなく、湯に浸かりながら俺は一方的にこの孤児院のことなどを話し続けた。


 風呂から上がると、脱衣所には新品の女児服が用意されていた。間違いなくミリアが縫ったものである。

 後で礼を言わなきゃ、と思いながらそれをシェイラに着せ、今度は食堂に向かう。


 と。


「こんにちは、シェイラちゃん!」


 孤児院の子供たちが全員で、シェイラを歓迎してくれた。


◆◇◆ ◇◆◇


 暖かい風呂は勿論(もちろん)、清潔な衣服、肉もありお腹いっぱい食べられる食事(足りなければおかわりも出来る)。こんな待遇、まず普通では考えられない。

 あの第一面談室にいた奴隷たちでさえ、「食後に一杯のお茶を所望(しょもう)する」と条件に追加することくらいなら出来るだろうが、「足りなかったらおかわり出来る」などという条件が認められる(はず)がない。ましてや、(まだこの時代)風呂は貴族の贅沢(ぜいたく)だ。貴族相手の特殊な用途の奴隷でもない限り、毎日風呂に入れる奴隷などはいないだろう。


 そしてそれ以上に、温かく迎えてくれる大人たちと、自分より年下(或いは同年代)の子供たち。生まれ故郷にいた時でさえあり得なかった歓迎ぶりの中、凍り付いていたシェイラの心は、少しずつ動き始めた。


 肩のこぶのことを口にする子供はいない。その境遇を(いや)しめるような言葉を()く子供もいない。

 はじめは「奴隷」という言葉の意味がわからないだけかと思ったが、「アレクおにぃちゃんが無体な要求をしたらちゃんと言うんだよ? いくらおにぃちゃんだからって絶対(ゆる)さないんだから」と言ってくれた子がいたので、わかっていない訳ではないようだ。


 そんな些末(さまつ)事などどうでも良いと、ただ“家族”が増えたことを喜ぶ子供たちを見ているうちに、シェイラは自分が口にする為に(さじ)を運ぼうとしたスープの皿に、いくつもの波紋が生まれていたことに気付いた。

 ……自分でも気付かないうちに、シェイラは涙していた。まるで凍っていた心が()けて流れ出したかのように。


◇◆◇ ◆◇◆


 食事が終わり、子供たちはめいめいの仕事に戻っていった。夜だからとて、すぐに寝られる訳ではないのだ。


 一方俺たち大人組は、場所を談話室に移してシェイラの話を聞くことになった。シェイラがそれを望んだのだ。

 それは、幼いシェイラが受けた、あまりにも理不尽な物語だったのである。


◆◇◆ ◇◆◇


 8歳の正月を迎える前。シェイラは、何者かに誘拐された。

 そして数ヶ月後、シェイラは集落の外れに戻ってきた。

 しかし、シェイラはその間の記憶の一切を失っていた。


 勿論家族はシェイラの無事を喜んだ。が、心の底からそれを喜んでいたかどうかは今となってはわからない。

 幼いとはいえ女の子。誘拐された時点で、何らかの“行為”の対象にされていたであろうことは、想像に(かた)くない。そして、集落は女性の貞操観念に保守的な考え方を持っていた。


 シェイラには、仲の良い男友達がいた。

 狭い集落だ。おそらく何事もなく成長したら、そのまま祝言(しゅうげん)を上げることになっただろう。

 しかしその友達もまたシェイラを見るとき、道端の汚物を見るかの(ごと)く表情を(ゆが)ませた。


 家族もそうだった。無事を喜びはしたものの、「寧ろ死体になって戻ってきた方がまだマシだったろうに」と話をしていたことを、他ならぬシェイラ自身が聞いてしまっている。

 それどころか、父親には(酔った勢いというのもあったのだろうが)「キズモノの親」呼ばわりされた、とシェイラを殴ることが一度ならずあった。


 シェイラは孤独だった。まさに「死んでいた方がマシ」と思える程に。


 そんな頃、シェイラは自分の身に起きた異変を自覚した。

 左肩に、奇妙なこぶが出来ていたのだ。


 ただでさえ孤立しているシェイラの身に、明らかな異形が生じたとあっては、どうなるかわからない。だから必死になって隠した。

 しかし、こぶは日を追って大きくなった。そしてついに、母親に見つかってしまった。


 母親は、嘆くか怒るか悲しむか、と思っていたのだが、寧ろその表情は嬉しげでさえあった。その理由はすぐにわかった。「シェイラを捨てる理由」が見つかったからである。


 その数日後。シェイラは〔契約魔法〕を奴隷商人との間に交わすことを強要され、奴隷となった。


◇◆◇ ◆◇◆


 話を聞いて、しかし俺は自分の小ささを自覚せざるを得なかった。

 俺にはシェイラに届く言葉を持っていなかったからである。


 セラさんは、黙ってシェイラを抱きしめた。

 アリシアさんは、シェイラの頭を()で続けた。

 二人は、言葉はなくともその気持ちを態度で表す方法を知っていたのだ。


 だから。シェイラの心に届かなくとも、俺に出来る(かもしれない)ことをするしかない。俺に出来る(かもしれない)ことを、決意する意味を込めて言葉にした。


「シェイラ。そのこぶ、取り除くことが出来るかもしれない」

(2,747文字:2015/10/05初稿 2016/02/28投稿予約 2016/04/12 03:00掲載予定)

【注:脂肪腫については、一般社団法人 日本形成外科学会のHP内「形成外科で扱う疾患【2008年度版】」の、「母斑、血管腫、良性腫瘍」の項にある「脂肪腫」(http://www.jsprs.or.jp/member/disease/nevus/nevus_13.html)を参照しています】

・ 「脂肪腫が癌化することは少ない」とここでは書いていますが、一般人の素人診断は禁物。脂肪腫の可能性がある場合はすぐに病院で診察を受けてください。

・ 「獣人種特有の長髪」とここでは記されておりますが、あくまで文化的なもの(シェイラの部族は長毛種)であり、短毛種の猫獣人も存在します。なお、筆者のフェイバリットはアメショです。


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