第01話 放蕩親父の帰宅
第01節 年の瀬~新しい家族~〔1/6〕
カナン暦697年冬の二の月が始まって幾日か過ぎた、ある寒い日。
俺は『鬼の迷宮』からハティスの街に帰還した。
冒険者ギルドに生還報告をして、孤児院へ。そこでは子供たちが、元気良く走り回っていた。
「あ~~、アレクお兄ちゃんだ!」
「ほんとだ! お帰り兄ちゃん」
「お帰り~~」
「あぁ、ただいま」
そして本館に向かうと、出迎えてくれたのは『鬼の迷宮』で出会ったエミリーさんだった。
「おかえりなさい、アレク君」
「ただいま。って、エミリーさん何やってるの?」
「アレク君を出迎えているんだよ?」
何言ってるの? って顔をして返されてしまったが、いやいやおかしいでしょ?
「まあとにかく入りなよ。外は寒いでしょ?」
迷宮の中は、意外に暖かい。冷気が入らないというか、暖気が逃げない構造になっている所為か、夏は涼しく冬は暖かいのが特徴なのだ。
特に後半の十数日は全く外に出ずに探索を続けていたから、外界の寒さはかなり堪える。
招かれるまでもなく本館に入ると、そこは予想通り暖気に満ちていた。
「石炭ストーブか」
「やっぱり一発でわかるのね。あたしの渾身の大発明なのに」
「やぁシンディさん、ただいま。だってこれって浴室のボイラーの改造版でしょ?
ボイラーはその熱でお湯を沸かすけど、ストーブは熱で空気を温める。だからボイラーは煙突を真上に向けたけど、ストーブは横から排気する。
ストーブの上に鍋を置けばお湯も沸かせるし、魚も焼ける。室内だと煙が大変だけどね」
「敵わないなぁ」
「アリシアさんは?」
「ルイスと組んで、依頼の最中。夕方には戻ってくると思うよ?」
「あれ? とするとスーは?」
「なぜあの娘だけ呼び捨て? ともかく、あの娘は冒険者を廃業したわ」
「そう……、か」
「あの日のこと、スーは自分の判断ミスだって自分を責めてね。今後も冒険者を続けたら同じミスを繰り返すかもしれない、今度は仲間に犠牲者が出るかもしれない、ってね」
「それで、今は?」
「うちで鍛冶師の修行をしてる。誰かさんの所為で特定個人に特化した武具の注文が増えてね。実戦を知っている元冒険者が助手をしてくれるととても助かってる」
そんな話をしているうちに、セラさんがお茶を淹れてくれた。
「アレク君のお土産話は?」
「それはアリシアさんたちが戻ってから、子供たちもいるところで沢山しましょう」
「それが良いわね。じゃあ早いうちから食事の用意しておかないと。
あ、アレク君は先にお風呂入っちゃって」
「わかりました。では水汲みを……」
「セラせんせ~、お風呂沸いたよ」
「ご苦労様ミリア。お兄ちゃんと一緒に入る?」
「うん!」
「という訳だから、あとはお願いね?」
「……何もしてないのに一番風呂って良いのかな?」
「いいんだよ! だって帰ってきてくれたんだから」
……というお言葉に甘えて、ミリアや他の作業をしていた子たちと一緒に、一番風呂を堪能させていただきました。
◇◆◇ ◆◇◆
昨年の冬は、孤児院でも凍死者が出た。
ただでさえ充分な食事を採れず抵抗力が落ちているところに、例年以上の寒波が押し寄せてきて、孤児院のみならず街中で凍死した人の躯がそこかしこに横たわっていた。
しかし、今年は石炭ストーブが発明されたおかげで凍える人の数は激減する、と予想されている。
特に特許だの知的財産権だのという概念が殆どないこの世界に於いて、シンディさんはこの発明を鍛冶師ギルド経由で一般の鍛冶師たちに公開した。ギルドとしても、アレクから買い取った炭鉱の使用権に値する使途が早々に見つかったことでこれを歓迎し、たったひと月の間に街中に広まったのである。
けど、今孤児院の食堂が暖かいのは、その上に置いたやかんからシュンシュンと湯気を出している石炭ストーブのみのおかげではないだろう。今のこの孤児院の、スタッフ全員が揃ってテーブルを囲んでいることに、その最大の理由がある。
セラ院長、アリシアさん。今アリシアさんの旅団メンバーとなっているエミリーさんとルイスさん。ゲストのシンディさんと【リックの武具店】に弟子入りしたスー。そして俺。放蕩親父と雖も大切な家族、ということか。そう思ってもらえることが嬉しくもくすぐったく、文字通り暖かく迎えてくれた皆と子供たちに感謝しながら、今俺が帰るべきところはやっぱりここだ、と気持ちを新たにした。
この一ヶ月、街で最も変わったことはやはり石炭ストーブの発明らしい。
また冒険者の間では、『湯たんぽ』も流行っているようだ。
そして何より手押しポンプ。俺が「鬼の迷宮」に向かった直後に公開され、街の共同井戸に鍛冶師ギルドの資金で設置された。以降資金に余裕のある富裕層は競って自宅の井戸に設置を求め、今順番待ちになっているのだとか。
一方、俺の冒険譚も子供たちは喜んだ。
特に、エミリーさんたちを救出するシーンに関しては、救われる側の証言付きで臨場感溢れる語りとなった。
第十三階層の豚鬼の話でその愚かさぶりを皆で笑い、第十四階層の蛭の話では大人も子供も皆揃って悲鳴を上げた。
そして対大鬼戦、それに続く対牛鬼戦。
「と、すると。お前は結局『鬼の迷宮』のダンジョンマスターを討伐してしまったのか」
「えぇ、まぁ」
「凄いもんだな。あそこのダンジョンマスターってミノタウロスだろ? それを単独撃破したってのは、自慢になるぞ」
「自慢する気はないですけどね。むしろ自分の未熟さ加減を思い知りました」
「おいおい、ミノタウロスを斃してなお未熟って、ならあたしたちはどうなるんだ?」
「いえそうではなく。弱い人にとって、ただ単に強い敵なら、戦わなければ脅威ではありません。
本当に怖い相手は、戦う力の強弱ではなく、こちらの逃げ道を全部塞いで、戦わざるを得ない状況を作り出す相手です。その場合、たとえ勝てたとしてもこちらは無傷ではないでしょうし、そんな戦いに身を投じたら、子供たちが危険に曝されます。
なら自分を顧みて、本当の意味で守る為には、なるべく敵対する相手を作らず、そして一人でも多くの仲間を増やす。それこそセラさんみたいに。
それが王道にして唯一の選択肢なのです」
「アレク君は以前から、一人で全部やってしまおうとするところがあったからね。
でもそうね。これからはちゃんと、皆を頼ってほしいな」
「はいセラさん。約束します」
(2,722文字:2015/10/01初稿 2016/02/28投稿予約 2016/04/06 03:00掲載 2016/04/06一部修正 2016/05/20誤字修正(カナン歴→カナン暦))




