第48話 ダンジョンマスター
第08節 ジャイアント・キリング〔5/5〕
牛鬼の振るう双刃大戦斧の一撃を、〔肉体操作〕を駆使して後方に跳ぶことで躱す。戦斧に限らず棒状武器の横薙ぎをぎりぎりで躱しては、石突による追撃の餌食になることは既に承知。また普通に後ろに下がるだけでも連撃の的だ。だから大きく跳ぶ。
こちらが下がった分だけミノタウロスも距離を詰め、更に一撃。唐竹に近い袈裟掛けだからこれは小さく躱し距離を埋め、戦闘ナイフの一撃。やはり通常の斬撃では、掠り傷一つ付けられない。続いて刺突を、と思ったタイミングで石突による撃ち込みが来たので間合いを外す。これでまた、ミノタウロスの間合いだ。
ほんの数瞬の攻防。そしてこちらの一撃は届いた筈なのにダメージ無し。一方ミノタウロスの一撃は、万一入ったらそれで終わるだろう。
にもかかわらず、ミノタウロスの眼差しに侮りはない。その体捌きに隙はない。それでいながらその表情に興奮もない。
まるで、達人が自身と同格の若武者と立ち会うような、そんな静かな雰囲気で俺の一挙手一投足を観察している。
ただでさえ人間と魔物。スタミナには差があり過ぎる。
このまま睨み合っていても、事態は決して好転しない。『先手必勝・一撃必殺』が通用しないのなら、次の作戦は『下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる』だ!
〔無限収納〕から取り出したのは、あるだけの苦無。それを全部〔投擲〕で投擲する。
けどダメージが徹ることなど期待していない。ただの目晦ましだ。
続けて対大鬼戦同様、剣と槍。但し今度は、全部〔穿孔投擲〕で真上から撃ち込んだ。
オーガ戦で苦無や剣を〔投擲〕で投射していたのは、その刃を活かす為。しかしミノタウロス相手にこんなちゃちな刃が徹るとは思えない。なら、単純に重質量弾として貫通効果を高める為に螺旋状の運動を付加した〔穿孔投擲〕の方が、都合が良い。
けど、これもまた攻撃の本命ではない。本命は。
俺自身を〔肉体操作〕と〔投擲〕の併せ技で自身をミノタウロスより更に上空に運び、〔無限収納〕の中からあるものを取り出して、それに対して〔投擲〕をかけ、ミノタウロスに突撃する。『引く』という動作を追加していない分、単純な突撃なら〔突撃〕より〔投擲〕の方が威力が大きいのだ。
取り出した物。
それは、俺が初めて殺した男が持っていた、大戦斧。
武具としての質は(手入れをしていない)ミノタウロスのものより良く、ただその重量はミノタウロスのものより若干軽い(とはいえ俺が振るうには重すぎる)。が、上空からその重さに任せて落ちながら、更に〔投擲〕で加速すれば、質量兵器としてはかなりの威力になる。
果たしてその一撃は、ミノタウロスの皮膚を破り、初めて出血を強いることに成功した。
とはいえ致命傷にははるか遠い。ミノタウロスの戦意もまるで衰えず、どころかその表情には怒りが見える。
が、構わず俺は、その傷口に手を入れ、ある魔法を発動させた。
本邦初公開。無属性魔法Lv.3【流体操作】派生01.〔血流操作〕!
おそらく動脈には届いていなかった筈の傷口から、噴水のように血が溢れ出す。
ミノタウロスも本能で、これを放置しておいてはならないと理解したようだ。手を傷口に当て、止血を試みる。
けどそれは、俺にとって最後の隙。見逃す筈がない。
〔無限収納〕から、リック親父に作ってもらった秘密兵器を取り出す。
それは、投げ槍。但し、全長約2m、重量おおよそ30kg。
投げることはおろか、振り回すことも難しい、超重兵器。
どころか俺にとっては支えることで精いっぱいだが、それでもその穂先をミノタウロスに向け、〔穿孔投擲〕で射出する。
さすがにこれほどの質量を打ち出したのは初めてだが、人より桁外れに多いと自認している俺の魔力の殆どが、この一撃で消費された。
そして、その大槍は見事ミノタウロスの胸元上部を貫き、確実に絶命させた。
◇◆◇ ◆◇◆
ミノタウロスを斃したのち、俺はなお迷宮の最奥に向かって歩き出した。このミノタウロスがダンジョンマスターなのか、それともただ単なる第十九階層の彷徨える魔物なのかがわからないからだ。もっとも、ミノタウロスがもう一体出てきたら、まず間違いなく俺は死ぬことになるだろうが。
けどそれは杞憂だったようで、ミノタウロスどころか魔物も魔獣も魔蟲も出ず、あっさり第二十階層への階段が見つかった。
そして第二十階層。
そこには巨大な魔石が一つ置いてあるだけだった。
おそらく、これがダンジョンコア。
精霊石のようにも見えるが、精霊石だとするとどの宝石が素になっているのかはわからない。中層階で見つけた照明石(仮称)のように、石そのものが光を帯びている。
これが魔石だとするのなら、ここが『ダンジョン』という名の魔物の腹の中、という仮説に納得する。
けどダンジョンが魔物なら、ダンジョンは何を目的にして生きている?
どういった生態系の生き物だ?
さっぱりわからない。
結局、「何もわからない」がこのダンジョン探索の結論、ということになろうか。
◇◆◇ ◆◇◆
このダンジョンの踏破それ自体を考えても、結局最も危険だったのは、小鬼だろう。
下層に下りるに従って、魔物はどんどん強くなった。しかしその分連携を忘れ、策を使わず、ただ己の肉体のみに頼って戦った。
数の利を生かし、策を練り、道具を使って場合によっては罠まで仕掛け、状況次第で逃走も忌避せず、またその逃げることさえ次の策に繋げる。それが何より恐ろしい。
ただ強いだけのオーガなど、初めから戦わなければ良いのだから。
そしてこのダンジョンコアを守ることを目的としていたミノタウロス。此奴にゴブリンほどの智慧があったら、またゴブリンのように仲間がいたら、どれだけの力があったとしてもダンジョンコアを手にすることが出来る者はいなかっただろう。龍からさえコアを守り抜くことが出来ただろう。
これが、一人で戦うことの限界。
『守りたいものを守る』為には、結局のところ仲間が、組織の力が必要になる。
それが、このダンジョン『鬼の迷宮』を踏破して、俺が得られた答えだった。
(2,815文字:第一章完:2015/10/01初稿 2016/02/28投稿予約 2016/04/04 03:00掲載予定)




