第47話 オーガ、そして
第08節 ジャイアント・キリング〔4/5〕
下りて、すぐに第十七階層に逆戻り。
いや、無理でしょう。あんなのに勝てる訳ないって。
第十八階層に下りてすぐに遭遇したのは、大鬼であった。
が、鉄串や苦無は当然、戦闘ナイフの斬撃さえ通らず、おそらく〔突撃〕でやっと傷付くといった程度。
結局、這う這うの体で逃げ出してきた。
で、暫し黙考。
現状では、無理をしない限り第十八層以下を踏破することは出来ない。
なら、ここで引き返しても目的を達成したことにはなる。
けど、まだ秘密兵器の封印を解いていない。
また、研究中の魔法を実地で試験していない。
まだ、行動の選択肢は狭まっていない。
なら。
もう一度挑戦するのは悪くない。
勿論、こんな視界の開けた場所で無謀なことをするつもりはない。
タイムアタックのつもりで駆け抜けて、斃さないとその先に進めないような相手が周辺から視界を遮られる場所で且つ様々な仕掛けを使えそうな状況に限り、戦闘を試みる。
勝てなくて当然。けれど勝てれば二重の意味で『巨人殺し』=番狂わせになる。
そんな訳で、改めて第十八階層に下り、全力で周辺を警戒しながら奥へと進んだ。
◇◆◇ ◆◇◆
この階層は、第十七階層に似た岩山地帯のようである。
おかげで視界を遮るものは多いが、一方で視界が開けた途端その視界いっぱいに一つ目巨人がいる、なんてことも間々ある(向こうを向いていてくれてよかった……)。
この世界が「スキル制」を敷くMMORPGなら、隠密スキルがどれだけ上がるだろうか? と思えるような慎重な動きの果て、ついに第十九階層へ至るエリアを発見した。……長かった。
けど、そこにはまるで門番かフロアボスのつもりなのか、一体の(それもこれまで見た中で一番大きそうな)オーガがいた。
逃げるか戦うか。いや、ここまで来たら戦うべきだろう。
丁度身を隠している大岩(全周15m程度)にある仕掛けをして、そこから離れ、オーガの背中に回った。おそらくここから一歩でも踏み込めば、オーガは俺の存在に気付く。そして戦闘が始まる。
力押しでは絶対に勝てない。ならせめて、初撃は不意打ちで最大威力。
いつの世も、『先手必勝・一撃必殺』は勝利の最善手なのだから。
〔肉体操作〕発動。更に自分に対し、〔投擲〕で空中加速。こちらの突撃に気付いたオーガが腕を振るうより早く〔突撃〕で、オーガに体当たり。肩口ではあるが、刃は根元まで沈めることが出来た。
すぐ〔突撃〕の“引き”が始まる。そのタイミングに合わせてオーガの体を蹴り、距離を取る。またその瞬間、“あるもの”をオーガの首に巻き付ける。
それは、ワイヤーで繋いだ苦無。そのワイヤーは、大岩に結びつけてある。
オーガもまさか首輪を付けられるとは思っていなかっただろう、俺に向かって一歩踏み出そうとし、首が引っかかって無様に横転した。
俺はと言うと、それを傍観している余裕はない。しかし寝転んでいる相手に不用意に近付くのは(どの方向からだとて)危険以外の何物でもない。
距離を置いたまま、〔無限収納〕からあるものを取り出した。
それは、第十七階層までに拾った小剣・長剣・槍など。剣の類は全て〔投擲〕で、槍の類は〔穿孔投擲〕で、雨霰の如く叩き込んだ。
たとえ手入れされていない、小鬼が持っていた小剣や中鬼が持っていた長剣でも、〔投擲〕で撃ち込めばダメージは徹る。ましてや冒険者が使っていた槍を〔穿孔投擲〕で撃ち込めば、横たわっているオーガを地面に縫い付けることも出来る。
そして、充分にダメージを蓄積させられたと判断出来た為、もう一度〔肉体操作〕・〔投擲〕・〔突撃〕のコンボで、戦闘ナイフをオーガの額の真ん中に突き立て、その絶命を確認した。
◇◆◇ ◆◇◆
道具を全て回収し(投擲した武具のいくつかは、刃が砕けたり壊れたりしていた為放置した)、オーガは魔石を抜くこと自体が面倒だった為そのまま〔無限収納〕に放り込み、小休止をした上で第十九階層に下りた。
しかしその途中で階段は崩れ、転がり落ちるように(というか「転がり落ちながら」)第十九階層に到着した。
そして、目の前には牛鬼が、双刃大戦斧を抱えてこちらを睨め付けていた。
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ミノタウロスは、ギリシア神話に於いてはミノス王の息子として生を受ける。しかし、手の付けられない暴れ者である彼は、迷宮(ラビリンス)の奥に封じ込められることになる。
それでも、(親子の情でもあったのか)ミノス王はミノタウロスの為に毎年生贄をラビリンスに送り込んだ。
そうしてラビリンスに送り込まれた生贄の中に、のちの英雄・テセウスがいた。
テセウスはミノタウロスを斃した後、美姫アリアドネより託された糸を手繰って、脱出不可能と謳われたラビリンスから生還した。
一説によると。
ミノタウロスは“父性”の象徴なのだともいう。
ラビリンスの中に封じられたエピソードそのものが後付けで、ただ「少年が乗り越えなければならない、『障害物』としての父」の象徴としてミノタウロスが置かれた。
神話の少年・テセウスは、美姫の助けを得、迷宮を踏破し、父の恐怖を乗り越え、生還して英雄となる、そんな物語の為の舞台装置でしかないとも謂われている。
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オーガに通用した戦術が、ミノタウロスに通用するか?
はっきり言うと、わからない。が、相手はこちらを視認し、既に戦闘態勢をも整えている。
二重・三重の不意打ちが本領のあの戦術は、初手から崩れているといっても良い。
いや、そもそもこの状況から、採り得る戦術などはある訳がない。
正面からのガチンコ勝負。そして戦技の組み立ての中で、大技を繰り出す隙を見つける。或いは逆に、ミノタウロスに行動選択の余地を与えずに一方的に畳み掛けるか。
どちらにしても、真っ向勝負で勝てる訳がないのだから、勝てる可能性を見出したらそこに一点賭けをするしかないだろう。外れたらそれまで、ということで。
(2,735文字:2015/10/01初稿 2016/02/28投稿予約 2016/04/02 03:00掲載予定)
【注:「ミノタウロスは父性の象徴」という解釈は、出典不明です。探したけれども見つかりませんでした。ので、現時点では作者個人の考えと認識してくだされば幸いです】




