第44話 遭遇――エンカウント――・1
第08節 ジャイアント・キリング〔1/5〕
実のところこの『鬼の迷宮』は、冒険者たちに大して人気はない。
というのは、苦労に比して実入りが少ないからだ。
小鬼というのは、斃しても素材として使える部位はない。魔石も最低ランクで、他にそのゴブリンが持っていた武具を売却出来るかどうかといった程度だが、ゴブリンには『手入れ』という習慣がない為、値が付くことは殆どない。
それでいながら、迷宮内のゴブリンは妙に連携が達者で、一手間違えるとあっさり詰む。それで逃げ帰ると「ゴブリンにやられて逃げ帰った」と言われ、またその急場を凌いでも「ゴブリン如きに苦戦した」と言われるのである。やってられない、と思う冒険者が多くても、或いは仕方のないことだろう。
だが俺にとっては、それさえも経験になる。
ゴブリンたちは、数の利を活かした格上狩りを非常に得手としているのだ。
その肝は、『囮を使った誘引』と『全周包囲による飽和攻撃』である。
囮というのも、ただ単に逃走を演じて誘い込むだけではなく、敢えて斬られることにより相手の動きを止める、ということさえやってのける。
そして飽和攻撃。人間の腕は二本しかなく、また目も一方しか向いていない。だから魔法を併用しても、同時に三方向までしか対処出来ないのだ。そこに四以上の方向から無数と言って良い数の攻撃に曝されたら、最善手でも逃げを打つしかなくなる。
意外かもしれないが、ゴブリンは魔法攻撃も巧みである。
これまでも述べてきたが、火魔法は基本的に幻炎である。が、それに紛れて物理的に実在する矢を放つとか、「熱」という物理効果で剣を赤熱させて斬りかかるとか、様々な方法で攻撃してくる。
火属性に限らない。水属性の水球や氷槍、風属性の風刃、土属性の岩弾などは、物理的に実在する攻撃になる為適切に対処を行う必要が出てくる。実際のところ、風刃などは皮膚の薄皮一枚切り裂ける程度の威力しかないが、その痛みが生み出す一瞬の隙が致命的という場面も少なくない。
俺にとってはむしろ、多彩な戦術を学べ、且つそれに対する処し方を研究出来る、良い機会なのである。
◇◆◇ ◆◇◆
さて。それはともかくこのダンジョン、全二十階層と言われている。
そうなると、第十階層を突破すると、野営を考える必要が出てくる。
ダンジョン内での野営は、襲撃の危険以上の危険がある。
ただでさえ一日中暗闇の中、一旦眠ってしまったら、もはや完全に時間感覚が狂う。
緊張を強いられる敵中野営では、まず間違いなく熟睡出来ない。そのうえで時間感覚が狂うと、たった10分程度しか眠っていないにも関わらず5時間くらい眠ったつもりになって、行動を再開してしまう。結果、充分体力が回復し切っていないにもかかわらず死地に飛び込むことになるのである。
そこで俺は、シンディさん謹製の湯たんぽを時計代わりに使うことにした。
この湯たんぽは、熱湯を入れるとおおよそ4時間熱を保ち続ける。
勿論条件によって時間は前後するが、それでも湯たんぽが熱を保っている間は無理してでも寝る。そうすることで、最低4時間の睡眠時間を確保出来る、という訳だ。
野営する場所も、第九階層に良い場所を見つけた。
分かれ道を曲がって少し行くと、直進と左折に再度分かれる。けど、このどちらもすぐに行き止まりになってしまうのだ。
だからこの、カタカナの『ト』のような小路そのものを、野営場所として改装することにしたのだ。
まず、『ト』の頭の部分(最初の分かれ道のところ)に幕を張り、ここにメッセージを記す。
《
冒険者野営中。
声かけなく立ち入る場合、
敵とみなして攻撃します。
》
そして、ワイヤートラップと連動して、弩を幕に向ける。
メッセージは人間相手。メッセージを読まない(読めない)魔物は、死、あるのみ。
また冒険者が、ダンジョンの中でトラブルの結果人間に殺される、なんて良くあること。
で、『ト』の横棒部分の付け根にも幕を張り、その横棒部分を野営地とした。
これでも“ないよりマシ”程度の慰めだが、取り敢えず仮眠が出来る環境が整えば、それで良い。
そんな感じで第九階層に拠点を設け、第十一階層を抜け、第十二階層を突破しようとした時、悲鳴が聞こえた。
◇◆◇ ◆◇◆
この世界のダンジョンには、所謂『フロアボス』はいない。
が、次の階層へと通じる階段地帯は、下の階層から魔物が登ってくる場合があり、安全地帯どころかその階層で最も危険な場所になるのである。
そこで、3人の女性冒険者が5体の豚鬼に襲われていた。
訂正。『襲われて』じゃない。既に『お持ち帰り』されようとしていたのだ。
その女性冒険者たちの手に武器はなく、防具も剥ぎ取られてかなりの面積で肌が露出している。
本来、他の冒険者が魔物と戦っているときは、――その冒険者から救援を求められた場合を除き――手を出すことはマナー違反だ。
が、既に戦いに決着が付いている現状、傍観を決め込むのはただの見殺しでしかない。
声を上げて突撃しながら、苦無を投擲したところ、丁度こちらを向いた瞬間のオークの顔面に命中した。これで一体。
そのままの勢いで別のオークに〔突撃〕。二体目。
振り向きざまに更に別のオークに斬りかかるが、これは致命傷には至らなかった。
この三連撃でオークどもは俺を油断出来ない相手と認識したらしく、女性冒険者たちを放って俺に向き合った。よし。
「そこでじっとしていてください。すぐに片付けますから」
本来なら逃げろというべき場面かもしれない。しかし、武器も防具もない彼女らがここを離れても、ただ死に場所が変わるだけだ。絶望から声を発する気力もない彼女らがこの先どうするかは、このオークどもを始末してから考えれば良い。
そして、オークの突撃。
が、一対多の戦いは、ゴブリンたちでさんざ演習した。ゴブリンほどの連携が取れないオーク相手では、実はそれほど脅威ではないのだ。むしろ味方が複数いた方が、相手の攻撃対象を見切ることが難しくなる分、面倒が増える。
先頭のオークの攻撃を躱し、二番目のオークの脇をすり抜け、三番目のオークの背後に回る。
そして攻撃するオークとの間に、常に別のオークの背中が来るように位置取りし、戦闘ナイフと苦無の投擲で応戦する。
残った三体のオークを全て屠るまで、それほどの時間を要しなかった。
(2,720文字:2015/09/27初稿 2016/02/01投稿予約 2016/03/27 03:00掲載予定)




