第43話 ダンジョン上層階
第07節 ダンジョンアタック!〔5/5〕
さて。“自称”博物学者にとってここは、『ダンジョン』と書いて『宝の山』と読む。
地球とこの世界の大きな違いは、魔法、魔物、迷宮の三つである。その三つが全て詰まっている。こんなわくわくする場所が、他にあろうか。
たとえば、魔物は地下深く(つまりダンジョンコアに近付けば近付くほど)強くなるという。それは、「ダンジョンが魔物を生んでいる」という仮説の証明になるのではなかろうか?
以前、イノシシに魔石を埋め込むことで、イノシシを魔猪化させることに成功した。つまり、高濃度の魔力に曝されたイノシシが魔獣化した、と言い換えることが出来る。
そしてダンジョン内も高濃度の魔力に満ちており、それはコアに近付けば近付くほど濃くなってゆく。なら、魔石を持たない動物も、ダンジョンで長く過ごせば魔獣になる、ということだろう。では人間は?
また、神聖金属。これも魔石と同等の性質を持っている、ということは、同じ理屈で誕生した可能性は高い。実際、宝石に魔力を込める『精霊石』というモノがある。
神聖金剛石はダイアモンドの、神聖金は金の、神聖銀は銀の、神聖鉄は鉄の、それぞれ魔力同位体である。ならそれは、ダンジョンがそれらの鉱床を貫き、その結果鉱床の表面部分が神聖金属化したものと推察される。
そう考えると、アダマンタイトは石炭鉱脈を神聖金属化させる際、分子配列を等軸晶系に整理させたものと思われる。
またヒヒイロカネの場合は鉄鉱石、つまり酸化鉄からの神聖金属化は考え難い。魔法や魔力の性質を考えると、『魔法では精製出来ない』酸化鉄が魔力に曝した程度で鉄の神聖金属に相転移するのはあまりに安易だろう。ならおそらく、ヒヒイロカネは鉄つまり砂鉄を神聖金属化させたものと考えられる。
こういった考察の裏付けは、結構簡単に出来る。特に神聖金属関連は、その鉱床がダンジョン内にあれば一発だ。
だからこそ、ダンジョン内を徘徊する先達の冒険者や魔物より、ダンジョンの壁面に留意しながらダンジョンの探索を開始した。
◇◆◇ ◆◇◆
初日は、ダンジョン第三層までサクサク進み、第四層を軽く下見して帰還した。
ダンジョン探索にかける時間は4時間とし、4時間経過したら即座に帰還ルートに乗る、というのが当初からの計画であった。
とはいえ時計など存在しないこの世界、時間を測る方法は工夫する必要がある。冒険者は蝋燭などを使い、一本燃え尽きたら何分、という形で計るのである。
俺は30分で燃え尽きる蝋燭を用意して、8本燃え尽きたら帰還する、という方向で計画している。
ダンジョン内は、先達の冒険者が設置した松明があるが、基本的には暗い。つまり、時間間隔も方向感覚も狂うのだ。そして、休む間もない緊張の連続。片道四時間、復路は難易度が落ちるとは言っても気は抜けない。
朝の7時ころに出発して、往復8時間で午後3時ころ帰還。早めに食事をして、午後8時には入眠する。そして翌朝4時ころに起床し、装備の確認と準備運動などをして、またダンジョンに潜るのである。
◇◆◇ ◆◇◆
上層階で多く出てきた魔物は、やはり小鬼だった。
第一階層では2~3人で、第二階層以下になると人数も増える。
……いや。「2~3人」じゃない。「2~3匹」、だ。
数の数え方にはルールがある。カラン村のゴブリンたちのように人間と意思を疎通し、友好を築こうとする相手なら『人』で数えなければ失礼に当たるが、知性があっても敵を効率的に屠る為にしか使わないような相手なら、『匹』で充分だ。
そう。下の階層に下りれば、それだけゴブリンたちは数を増やし、そしてその数を有効に活用する為に策を練る。一度小癪にも敗走を演じ、味方のゴブリンたちが待機している場所へ誘導されそうになったこともある。だが残念、その戦術はカラン村のゴブリンたちにしてやられたからね。特にこんなどこにでも敵がいる場所で深追いするなんて、文字通り自殺行為だ。
途中で足を止めて見送ったら、逃げていた筈のゴブリンが戻って来たので、あっさりと処分し魔石を奪った。
こんな風に、最初の数日は過ぎていった。
◇◆◇ ◆◇◆
ダンジョンへ挑戦を始めて、7日目の午後。
既に第九階層まで突破し、第十階層へ足を踏み入れている。
現れる魔物も、ゴブリンのみならず犬鬼や、魔鼠などの小動物系の魔獣もいるが、やはり戦術を駆使し魔術を含めた多彩な攻撃をするゴブリンが一番手強い。
しかし、ここまでは鉄串も苦無も使用せずに通過出来た。が、第十階層は随分広くまた天井も高い為、弓矢や魔法といった長距離攻撃手段が使い易い。俺がそう思うのなら、ゴブリンたちもそうだろう。見敵必殺の勝負になるであろう第十階層はむしろタイムアタックのつもりで駆け抜けた方が良いと、今日は一旦上がることにした。
そして、時間が余ったから門前町の酒場に繰り出した。
「おう小僧。まだ生きてたのか!」
「そう簡単に死んでたまるかっつ~の」
既に顔馴染になった冒険者に挨拶をしながら、カウンターへ。
「おっちゃん、果汁と新鮮野菜。それからあっちのテーブルに出されている美味しそうな煮込みはまだあるかい?」
「おお、まだ沢山あるぞ。今日は良い豚鬼肉が手に入ったからな。ホラ大盛りだ」
「ありがと」
「ねえボーヤ。こっちで一緒にお酒でも飲まない?」
「酒精の前に色香に酔いそうですので遠慮します」
「あらつれない」
「どうでも良いけどガキを口説こうとしないでくださいよ」
「だってボーヤ、将来大物になりそうなんだもの。今のうちにツバ付けときたくなったのよ」
「青田買い、という奴ですか?」
「青田? なんだそりゃ?」
「遠い国の言葉で、まだ芽が出たばかりの農地のことです。作物が出来てから値を付けるんじゃなく、出来る前から値を付ければ、もし豊作なら商人は大儲け出来るでしょ?」
「凶作になったら大変だな」
「だからこれは、一種の投機なんですよ。
お姉さんと同じですね。俺が大物になればお姉さんも自慢出来るでしょうけれど、ならなかったらガキに手を出した変態女呼ばわりされることになりますよ」
「そうだそうだ。安全牌ってことで俺の方が良いって」
「アンタは大物になれないことが確定しているでしょうに」
刹那的で、陽気で、前向き。
浅い付き合いだからこそ気安くなれる。こういう関係も悪くない。
◇◆◇ ◆◇◆
そして翌日。鉄串や苦無による長距離投擲を駆使し、第十階層を最速突破した。
(2,823文字:2015/09/27初稿 2016/02/01投稿予約 2016/03/25 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)




