第39話 ダンジョンへ行こう!~予習編~
第07節 ダンジョンアタック!〔1/5〕
銅札に昇格してから、というか孤児院の浴場を開設してから、それまでの日々が嘘だったかのように、穏やかな時間を過ごせるようになった。
あれから、リック親父他鍛冶師ギルド幹部一行は、手押しポンプと石炭式温水ボイラーを視察する為、シンディさんとともに孤児院を訪問した。実際に浴槽に浸かり、衛生面や健康その他の効用の説明を受け、ひどく感心していった。中には温水ボイラーの活用方法について色々考え始めた人もいる。
また、浴場そのものも気に入ったようで、何人かは浴場目当てで孤児院に足を運ぶことになった(さすがに大人は時間帯で男女別浴にしたが)。
ちなみにシンディさんはほぼ毎日。水汲みやボイラー操作を敢えて買って出て、一番風呂狙いをする日も少なくない(仕事はどうした?)。
だが子供たちも一番風呂に入りたいので、水汲みやボイラー操作、厠の掃除や汲み取りなどの作業は競争率が高い。
木炭の卸値も決まった。何と、ギルド産の木炭の値より2割高い値を付けてくれたのだ。
「一時的なものではなく、この品質を維持するのなら、今後もこの値段で買い取る」とは、ギルドマスターの弁。
炭鉱の採掘権の方は、年契約で月一定額、輸送費はギルド持ち、且つ孤児院で使う分に関しては(鍛冶師ギルドから孤児院に対し)対価を請求しない、という、かなり好条件で妥結した。
実はこの採掘権だけで、孤児院のひと月分の経費を賄える。それを度外視しても、針子の下請けと木炭の卸売りで(以前より経費はかかるようになっているにもかかわらず)以前と同程度の水準の生活が可能になった。つまり、かなり裕福といえる財政状態になったという訳だ。
その結果、子供たちの健康状態もすこぶる良好。もはや俺からの食材提供がなくても、三度の食事はおろか八ツ時のおやつまで出せるようになっている(それでも俺が狩ってきたウサギやシカは、今でもご馳走だが)。
そして商人ギルド。
こちらも認可を得られてギルドカードが発行された。既に固定客があることなどに鑑みて、EランクではなくDランクで登録されることになった。
帳簿の件も、その後何度か会計士さんたちと意見交換をし、より良い帳簿作りについて話し合った。ちなみに彼らも浴場の虜になった。
そんなゆったりとした時間が流れる中で、俺は次の目標に向けた準備を始めた。
迷宮の踏破、である。
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ダンジョン。
俺の前世の知識によれば、本来の意味は「地下墳墓」である筈である。
土葬文化のある地方では、下手に埋葬するとイヌに荒らされる。また副葬品(生前故人が愛用していた道具や宝石など、死者とともに棺に納められたもの)目当ての盗掘の恐れもある為、王侯貴族の墓は自身の城の地下に作っていた。
そして盗掘対策に様々な仕掛けや罠などを用いたことから、盗掘者(この場合は冒険者と同義)にとって、命がけで挑み、成功すると莫大な見返りが得られる、『夢の登竜門』と認識されるようになったのだと思われる。
しかし21世紀の日本に於いては、ダンジョンと言えば『モンスターとトラップで冒険者の行く手を阻み、最後の部屋を守るモンスターを倒すことを目的とする、冒険者の主戦場』を意味するというべきであろうか。
それは虚構の産物であるがゆえに、創造者の数だけダンジョンの意味があり、その目的があるとも言える。
ただはっきり言えることは。
前世地球に於いて、「魔物が跋扈しているダンジョンは実在していない」ということ。
だから前提知識も思い込みも、この世界のダンジョンを識るのに意味はない。
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俺は冒険者ギルドに行き、ダンジョンについての情報を集めた。
以下はダンジョン挑戦に関する、冒険者のルールである。
・ダンジョンへの挑戦は、銅札以上の冒険者でなければ認められない。
・ダンジョンへの挑戦は、旅団単位で行うことが推奨される。
・ダンジョンへ挑戦する冒険者は、その挑戦する期間(帰還予定日まで)を事前にギルドに報告しなければならない(挑戦中か未帰還――行方不明・死亡――かを判断する為に)。
・ダンジョン挑戦または踏破に関し、ギルドからの如何なる報酬も期待してはならない。その一方で、ダンジョン内で得られる魔物由来素材または神聖金属等は、挑戦者の所有が認められる。
・ダンジョン挑戦期間中は、他の依頼を受注出来ない。
・ダンジョンから帰還後月が一巡りする間は、魔物討伐系の依頼を受注出来ない(ダンジョン内に魔物が溢れているから、その魔物の討伐証明部位を持ってきて魔物討伐の証拠とするような不正を防ぐ為)。
また、先輩冒険者やギルド職員に訊ねて得られたダンジョンの性質(真偽不明)は、以下の通り。
・ダンジョンは、それ自体が一種の魔物である。
・ダンジョンは、〔亜空間収納〕と同じく現実から隔絶した空間である。その証拠に中の方が外より広いことが間々ある。
・ダンジョンは、古代のカナン帝国で作られた。
・ダンジョンは、古代カナン帝国の砦であり、魔物は帝国の先兵として人為的に生み出された。
・ダンジョンマスターたり得る力を持つ魔物が洞窟に入ると、その洞窟はダンジョンになる。
・ダンジョンコアのないダンジョンはない。だがダンジョンマスターのいないダンジョンはある。
・ダンジョンコアがあるからダンジョンが出来るんじゃない。ダンジョンが生まれるからダンジョンコアが現れるんである。
・ダンジョン内で死んだ冒険者は、不死魔物になる。
・ダンジョン内の魔物は、斃しても一定時間経過後に再び湧出する。
・ダンジョン内の魔物を斃すと、一定の割合で希少な武具や神聖金属などを落とすことがある。
・ダンジョンに迷い込んだ動物は、魔獣になる。
・魔物はダンジョンの中で生まれる。外にいる魔物は、ダンジョンから出て外で繁殖した結果である。
・「ダンジョンコアを破壊すると、ダンジョンは消滅する」という噂もあるが、それは嘘である。ただ“魔物が跋扈する洞窟”になるだけである。そして幾許かの時が流れると、ダンジョンコアは再生する。
・ダンジョンマスターになる魔物は、ダンジョンコアが指定する。指定された魔物は、特殊進化を遂げて通常個体よりはるかに強くなる。
・ダンジョンマスターになる魔物は、ただダンジョンコアのそばにいる為その影響を強くうけるので、結果的に通常個体より強くなるだけだ。
他にも色々あるが、ダンジョンと古代カナン帝国とが関連付けられた説が散見されたのが気になった。
前世と現世の最大の違いの一つ、ダンジョン。その謎を解く為には、もしかしたら古代カナン帝国を調べる必要があるのかもしれない。
(2,900文字:2015/09/24初稿 2016/02/01投稿予約 2016/03/17 03:00掲載 2016/10/11誤字修正 2016/11/01誤字修正)
・ ダンジョンと土葬文化の関連性は作者の考えであり、それを裏付ける文献を探究する努力さえ行っておりません。




