最終話2 船出
エピローグ〔2/2〕
新暦5年5月。
6隻からなる船団が、ボルド北港から出航する。
その旗艦は、竜骨は飛竜の骨を使い、船体は樹妖製の筐体を防錆処理を施した神聖鉄合金の鉄板で鎧い。船底の倉庫のひとつはそれ自体が〔アイテムボックス〕となっている、最新鋭の戦艦でもある。
大量の物資を積み込み、また野菜や果物のプランターなども用意され、ある程度までの自給自足が可能となっているこの船は、世界一周を目論んで建造された船であった。
そう、ラザーランド船長との約束を果たす為の、船。
船長はこの二年間、乗組員の育成と、船長自身が留守する間のドレイク王国の海運を任せる後継者の育成に力を注いだ。
と同時に、この世界周回航海に於いて予想される様々な困難に対処する方法を勉強していた。
勿論、「予想される困難」は大したことではないだろう。
本当の困難は、「予想出来ない困難」だろうから。
けれどだからこそ、思いつく限りの困難に対しては十全に準備をしておく必要があるのである。
そして、この航海に乗組員の一人として参加する、紅一点。
サリアであった。
◇◆◇ ◆◇◆
それは、俺の結婚式の直後の話であった。
「え? ラザーランド船長の世界周回航海に同行したい?」
「うん」
「どうして?」
「あたしの中の、甘えを断ち切る為、かな?
前世チートも、魔法も、全く通用しないような、そんな世界を旅してみたい。
旅の仲間以外に頼る人がいない環境で、何処までのことが出来るか試してみたい。
西大陸を出てから今まで、あたしはアディに頼りっぱなしだった。何だかんだ言っても、アディがいなければ一歩も前に進めなかった。
だけど、それじゃぁ駄目だよね。
あたしがこの世界に生まれ転した意味がない。
だから、アディの許を離れて、自分と仲間の力だけで暫く旅をしてみたい」
なまじ前世を持っていたが為に、覚悟無く流されていた、サリア。
だけど、終に。彼女は『こたえ』を見出した。
「そうか。なら、もう止められないな。
けど、今のサリアじゃぁラザーランド船長他船乗りたちの足手纏いだ。
船乗りとしての修行を積んで、船長に充分な技術があると認められなければ、乗船は許可出来ないぞ」
「わかってる。これから必死で勉強する」
「それだけじゃぁ足りない。
天測のやり方や、風の読み方。気象の知識と地形や緯度から予測出来る特殊な天候の知識。応急処置の方法。
船乗りたちの経験則で学び得た知識だけじゃなく、俺が前世知識として持っている遠洋航海に使える知識も、サリアに叩き込む。
あと、サリアも調教中の魔獣たちの引継ぎもあるだろう?」
「そっちはもう有翼騎士さんたちにお願いしてあるわ。
飛竜たちは連れて行くけど」
「……餌代が高くつきそうだな」
「自力で魚を取れるように、これから教育するわ」
◆◇◆ ◇◆◇
その後すぐ、サリアはラザーランド船長の船に飛び乗り、西大陸に向かった。
夏から秋は、東西大陸間外洋航路で外洋航海術を学び、ボルドに帰還後はすぐに『リリスの不思議な迷宮』を潜りビリィ塩湖経由で西大陸に渡り、冬から春は西大陸の沿岸航路で西大陸南部(赤道越え)の航海技術を学んだ。
一方で俺の方も、天測航法や天文学、気象学、数学(代数・幾何をはじめとした、天測や測量に必要な知識)の教科書を作り、また緯度によって異なる偏西風・貿易風と、予想される地形に基づく海流の動きなどをの資料を纏めてサリアに渡した。
その他光学視差式測距計・六分儀などの道具を作り、更にはクロノメーターの代わりとして、入間氏の遺産であるスマホ(ワイヤレス給電対応機種だったので、船の上でも充電出来る設備をこの二年間で作った)と関数電卓もサリアに渡し、それらの使用に習熟することを要求した。
そんな、並の船乗りでは実行不可能なハードな修練と並行しながら知識と技術を身に付け、ラザーランド船長から乗船許可を得るに至ったのである。
◇◆◇ ◆◇◆
「でもね、アディ。あたしが世界周回航海に出たい理由は、もう一つあるの」
「それは?」
「アディは、『世界を知りたい』って思っていたんでしょう? それが、アディの『はじまり』だったんでしょう?
だけど、守る相手を見つけて、その人たちの為に国を興して、その結果。
アディはもう、旅に出れなくなっちゃった。
だから。あたしが世界を見て来るわ。
アディの代わりに。
この世界がどれだけ広いのか。
この世界にどれだけの神秘があるのか。
あたしがこの世界に生まれ転した意味が何処にあるのか、それはまだわからないけど。
旅路の果てにそれが見つかるかどうかもわからないけど。
でも、探し続けるわ。
アディの代わりに。あたし自身の為に」
「……サリアは、もう見つけているよ」
「え?」
「サリアが、この世界で生きている意味。それはもうサリア自身が見つけている。
だから、サリアは躊躇わずに前に進めるんだ」
「どういうこと?」
「『謠うも舞うも、法の声』ってね」
「……なに? それ」
「仏教の、お経の一節だよ。
『白隠禅師坐禅和讃』っていう、お経の一節。
サリアは、自分の進む道を見つけたんだろう?
なら、その道を歩めば良い。
ただ自分に素直に。
建前や虚栄や柵に惑わされることなく。
ただ、自分の『法の声』に従えば、謠うも舞うも、自由自在だ。
『私が変われば、世界が変わる』と言うよ。
なら逆に、自分が変わらなければ、転生しようが異世界に転移しようが、何も変わらないということだ。
そして、生まれ変わる為に生き転したんなら。
ちゃんと新しい『自分』を生き切れば良いんだ」
「そっか。
有り難う。何よりの餞だわ」
◇◆◇ ◆◇◆
そして、サリアは笑顔一つ残して、船上の人となったのであった。
「行ってきます!」
☆★☆ ★☆★
衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の他に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
譬えば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏みそえて いつか生死を離るべき
夫れ魔訶衍の禅定は 称嘆するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜 念仏懺悔修行等
その品多き諸善行 皆この中に帰するなり
一座の功をなす人も 積みし無量の罪ほろぶ
悪趣いずこに有りぬべき 浄土即ち遠からず
辱なくもこの法を 一たび耳にふるる時
讃嘆随喜する人は 福を得ること限りなし
況んや自ら回向して 直に自性を証すれば
自性即ち無性にて 既に戯論を離れたり
因果一如の門ひらけ 無二無三の道直し
無相の相を相として 行くも帰るも余所ならず
無念の念を念として うたうも舞うも法の声
三昧無礙の空ひろく 四智円明の月さえん
此の時何をか求むべき 寂滅現前する故に
当処即ち蓮華国 この身即ち仏なり
――白隠禅師坐禅和讃
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(2,985文字:完結:2016/11/23初稿 2017/11/02投稿予約 2017/12/13 03:00掲載予定)
【注:「私が変われば、世界が変わる」は、河野太通老大師(臨済宗妙心寺派管長—2016年11月現在)のお言葉です】
《あとがき》
この『転生者は魔法学者!?』は、筆者が初めて執筆した小説です。
その始まりは、他の転生物・異世界物の小説に対するアンチでした。「そりゃぁちょっと変だろう?」という想いを、だったら自分が納得する形で小説にしてみたい。そう思って書き始めたものでした。
そして、そういうきっかけで生まれた物語だった為、「テンプレ転生者」であるサリアの存在が、この物語の一つの鍵でした。
当初は、ルシル王女と騎士シルヴィア、そして転生者サリアの三人がメインヒロインのハーレム物でした。
しかしシルヴィアが、まず色恋より王女に対する忠誠心を優先しました。
次いでサリアが、ヒロインからの脱落。第五章を書いているうちに、彼女をヒロインとすることに違和感を覚えたのです。エロゲのヒロインならそれでも良い。けど、『転生』というモチーフを描き切りたいのなら、安易に色恋に逃げるべきじゃない、と。
だからこそ。彼女の旅立ちで、物語を終わらせることになりました。
何故なら。実はサリアは、この物語のもう一人の主人公だったのですから。
彼女の旅立ちを見送ることこそが、この物語の真の目的だったのですから。
この後、ドレイク王国がどのような国として発展して行くか。
サリアの旅が、どのような経過を辿るのか。
それは全て、最早別の物語。
この物語は、あらすじで示したとおり、アディが国を興し、その国が国際的に認知されたことで終わりになるのです。
この小説は、ただ「自分が書きたいもの」を書いて、「小説家になろう」のサイトで公開する。それだけのモノでした。
だから、仮に誰も読まなくても構わない。最後まで書き切り、そして最終話まで投稿し続けよう。そう思っておりました。
「未完の名作は、完結した駄作に劣る」と言います。だから、完結まで書き続け、そして最終話まで投稿することを、一つの目標としていたのです。
ところが、平成28年9月30日。本作品のレビューを書いてくださった方がいらっしゃり、その結果望外の大勢の読者様に恵まれることになりました。
読んでくださった方全員が、「面白かった」と仰ってくれるのなら、それは一つの理想でしょう。けど、どんな名作でも100人いたら51人は「つまらない」と言うといいます。なら、読んで、そして「面白い」と思ってくださった方が一人でもいてくれる。それだけで、もう充分です。
末筆になりましたが、最後まで読んでくださった方には、心より御礼申し上げます。
平成28年11月23日 藤原 高彬 拝




