最終話1 王城
エピローグ〔1/2〕
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二年後。
新暦5年4月。
嘗て『竜の食卓』と呼ばれ、現在は「崑崙」と名付けられた高原の一角に、ドレイク王国の新都並びに王城が完成した。
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崑崙自体にはまだ入植は少ない。
ボルド市とビジア領を併合した後、両領で農地改革を行ったのだが、その際(四圃式農法は大規模農園が前提であることから)農地買収を行う必要があった。その時に農地を売却した百姓が、国の補助金と合わせて崑崙で農園を開拓した。その百姓たちの集落と、その収穫物の集積・取引を行う為の商業市。更には冒険者が魔物の領域に挑戦する為の拠点となる町と、崑崙にある鉱山で働く鉱員たちの村。それらが広大な崑崙に点在している。
とはいえ、各集落間は馬車道の他、運河と鉄道網が整備されており、一般市民でも気軽に行き来出来る環境が整っている。また市内も、市民の足となる『トラム』と呼ばれる小型狭軌自走式乗合トロッコが走り、常識的な開拓村とは全く異なる活気に満ちていた。もっとも、トラムと歩行者、或いはトラムと馬車の衝突事故など、余所の国ではあり得ないトラブルも発生しており、住民たちが一つ一つ問題と向き合っているのが現状なのだが。
崑崙とネオハティス市への交通手段は、運河を航行する乗合船が主流。馬車や鉄道でも行けないことは無いのだが、崑崙からブルゴの森へ下る為には階段式閘門を通過する必要があり、これは全て船を使う。つまり、崑崙内を鉄道や馬車で走ろうとも、閘門に着いたらそのまま船(『フェリー』と名付けられている)に乗らなければならないのだ。なら、特殊な事情がない限りは町から乗合船を乗り継いだ方が早いということになる。なお、乗合船とフェリーは、結局スクリュー船が採用された(但し、魔石動力船はまだ少数)。また崑崙とブルゴの森を繋ぐケーブルカーは現在工事中。完成すれば小規模貨物と旅客の移動はもっと速くなるだろう。
ネオハティス市は、発展目覚ましい。海運商人の荷揚げの都合で、ネオハティス(ボルド河口北岸)に港湾施設を造ったことも、その理由のひとつである。しかし港湾区の行政権はボルド市が管轄し、ネオハティス側の港湾区は「北ボルド港」と呼ばれることになった。
またこの頃には、流石にボルド河を跨ぐ浮舟橋は不都合の方が多くなり、両市を繋ぐ大トンネルの掘削工事が開始された。
一方サフロアブルグ市(「末摘花の里」と仮称されていた町は、結局そのまま『紅花の里』が正式名称となった)。こちらは、当初イメージされた紅花農家の鄙びた情景、とは裏腹に、軍施設と冒険者の拠点、そして商業の集積拠点として発展している。近くに妖馬の集落がある為軍の訓練施設が置かれ、友好的な関係を持つことが出来た女郎蜘蛛の迷宮があることから冒険者が拠点とし、それに輸出産品である紅花油や菜種油、大豆製品、または染料や蜘蛛糸の織物等を求めて商人が集まり。
サフロアブルグとビジア領都オークフォレストを繋ぐ鉄橋が完成し、鉄道(ブルゴ線、と呼ばれる)がオークフォレストに至り、またオークフォレストから国境を越えてアプアラ領都ウーラまでの区間も開通(ビジア北線と呼ばれる。ちなみに南線はブッシュミルズまでを予定し、更にそこからボルドを経由して、ボルド河を潜るトンネルを抜けてネオハティスに至る「ボルド線」も計画されている)したことから、流通の要衝としての地位を不動のものとしていた。
そのビジアとボルド市は、ドレイク王国編入後のあまりに多量な『非常識』の流入に対応するので精一杯。土地に余裕のあったオークフォレストでは鉄道を敷設する用地を確保することが出来たが、ボルドは、鉄道はおろかトラムの用地確保にも一苦労。結果、「ハティス南街」(ボルド市の東側で嘗てのハティス難民村があった場所)にトラムが走り、更にトンネルの南側出口がここに直結する関係上、先見の明ある商人たちは、ハティス南街に拠点を移し始めていた。
学校も出来、初等教育も始まったが、まだ就学率は50%に届かず。けれど、孤児・難民をネオハティスに送り込むことで両領の治安も向上し、少しずつ義務教育に国力を割く余力も生まれつつある。
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「ここが、ドレイク王国の王城なの?」
崑崙の西端。更に西は切り立った崖になり海に面する、その場所に、俺は「城」を作った。
その東側には、王都「コンロンシティ」が広がるのだが、こちらはまだ入植がはじまっていない。王城落成のお披露目と同時に官庁の移転と入植の募集を始めるつもりなのだが、ちょっとした事情があってその前に身内にお披露目をしたのである。
「ねぇアディ。どっかで見覚えがあるんだけど。具体的には前世の中学時代、修学旅行でこれとよく似た建物を見た覚えがあるんだけど」
「ご明察。参考にしたのは京都御所だ。高さよりも空間を贅沢に使った建築物だよな」
当然ながら、庭園や枯山水なども作ってある。
「けど、一国の王城として、これはどうなの? 柵はあるけど、堀も無ければ城壁も無い。これでは攻められたら一巻の終りでしょう?」
カレンの言葉は正しいが、間違っている。
「城が落ちたら、戦は負ける。よく言う話だけど、それ以前に、国内に敵が跳梁跋扈している時点で、その国の負けだよ。
この城のすぐ近くまで敵が迫っているのなら、もう我が国は滅びたってことだ」
「けど、例えば内乱や暴動が起こったときはどうです? 反乱勢力は簡単に城に侵入出来てしまうのではないですか?」
ルビー。「ドレイク王国筆頭将軍兼王妃直衛騎士」というよりも、「ローズヴェルト王国王女」の肩書で諸外国に赴かなければならない場面が増えた所為か、この数年で随分言葉遣いが柔らかくなった。
「それもまた同じだ。
国民が王家から離反したというのなら、有翼騎士団が敵に回る可能性も否定出来ない。そして空からの攻撃に対しては、どれだけ防備を固めても無意味だ。敵が上空を自由に飛べる時点で、もう勝ちは無いからね」
彼我に航空戦力があるのなら、制空権を奪われた時点で敗北である。
「この城は、『守る城』じゃない。ただの象徴だよ。
寧ろ一般市民にも、普通に中に入れるようにしたい。勿論持ち物検査とかはするけどね。
昔言っただろう? この国の城は、崑崙それ自体だって。
……今では、ビジアからボルドまでを含めた、この国そのものが、この国の王城だ」
王家と市民を隔てない。勿論取引や交渉の場はまた話が違うけど。
市民一人ひとりに、誇りを持って生きてほしいから。
(2,818文字:2017/07/09初稿 2017/11/02投稿予約 2017/12/11 03:00掲載予定)
・ 運河は、幅3m程度の水道から幅50m超の大型水路まで、様々です。またその為、乗合船は、運河ごとに駅(川湊)を作り、小運河用のゴンドラ、中運河用の荷積船或いはタグボートにより牽引される筏船、大運河用のバス、長距離用の客船と乗り換えることが前提になっています。
・ トラムは、路面電車です。市民の足として、また農民や商人の荷送用トロッコを連結して集積地まで運ぶサービスも行われています。
・ ドレイク王国の商人にとっては、自前の馬車で商隊を作るのは既に時代遅れ。各集積地間は船や鉄道に頼り、集積地から商業拠点までの行き来に馬車を使うのがトレンドです。
・ ネオハティス市は、学園都市として発展することになります。孤児や難民のような、氏素性の知れない者でも入ることの出来る寮(児童養護施設が発展したモノ)があり、得た知識とそれで得た収入で、学費を弁済するという難民対象の奨学金制度も充実しています。
・ ネオハティスの難民政策の標語:「働かないなら勉強しろ!」
・ コンロンシティは、地下鉄を走らせます。馬車と運河、そして地下鉄で流通を確保します。
・ コンロンシティ地下には、直径50kmの超大型粒子加速器があり、有事に備えてエネルギーを蓄積させている、という都市伝説も。
・ 本話は、「ひとりぼっちの異世界攻略 ~チートスキルは売り切れだった (仮題)~」(n7671do)第463部分に触発されて執筆しました。「守る為の城」でない城もあるよ、ということで。なお、当該作品は現在「ノクターンノベル」に移動して連載を継続しています。(仮題)が(R18)になっておりますので、検索してみてください。同作品書籍版は平成30年1月25日に第一巻が発売されます。該当部分が刊行されるのはもう少し先でしょうけれど。




