第38話 女子小学生は女職人!?
第08節 銃後の乙女たち〔3/4〕
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お姫様たちが百姓や職人の子らとともに笑っている情景を見て、少女は不思議な気持ちになっていた。
少女自身、嘗てはどこにでもいる只の獣人奴隷だった。
けれど、建国と同時に奴隷身分から解放されて、今は初等学校に在籍している。
そこまで劇的な経歴の持ち主はあまりいないだろうが、児童の多くは似たような身の上だ(難民生活の果てにネオハティスに流れ着いたのだから、当然だが)。それでも、皆の表情に憂いはない。
やっぱり陛下は凄い。
まだ語彙が多いとは言えない、その少女――ララ――は、その一言で心が温かくなってゆくのを感じるのであった。
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陛下は、建国に際して自分の奴隷全員を解放した。
けれど、解放された全員は、その後も陛下の下で働くことを希望した。
元執事のセバス。この名前自体、サリア様の付けた名に過ぎないのに、『セバス』の名でネオハティスに戸籍登録をした。そしてアナ様たちがメイド養成学校を設立したのを受けて、対抗して執事養成学校を設立した。男使用人のあるべき姿を問うたこの学校は、『市民全員に貴族教育を』という陛下の意向とも合致し、冒険者や兵士などの多くの戦闘職(でありながら貴人に接する機会のある職種)に就く人たちは、執事学校で二級以上の免状を貰うことが一種のステータスになっている。
ちなみに、執事学校では一級、二級、三級と貰える免状が分けられており、一級は王族や高位貴族への推薦状代わりとなり、二級は貴族と高位商人への推薦状代わりとなる。三級は執事ではなく衛士としての推薦状。その為、執事学校は将来「警察学校」と呼ばれるようになるのだが、この時点ではまだ誰も知らない。
元メイドのカリンとミク。二人ともメイド養成学校でI種とII種を取っていた。ドジッ娘メイドと謂われたカリンは、戦闘職は希望せずI種で留め、嘗て空き部屋でお昼寝をして叱られた兎獣人のミクは、II種を取り現在出征中。ロージスの空を縦横に駆け巡っているようだ。
そして、犬獣人のラギとララの兄妹は、それぞれ高等学校と初等学校に通う傍ら、石鹸職人として走り回っている。
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ネオハティスでは、ギルドの再編が語られ出して久しい。
「ギルド」というものは、冒険者ギルド、商人ギルド、職人ギルド、鍛冶師ギルド、魔術師ギルド、船主ギルド、娼館主ギルド、盗賊ギルド、暗殺者ギルド、等がある。一方で農民ギルドは存在していない。
このうち盗賊・暗殺者の両ギルドは公認されていないから除外するが、船主ギルドは職人ギルドから、娼館主ギルドは商人ギルドからそれぞれ分離独立したという経緯がある。
また、鍛冶師は職人の一形態、というのも事実だが、鍛冶師ギルドは製鉄のノウハウを独占しており、国家とも対等に意見出来る立場ということで、他のギルドとは扱いが違ってしまうのは、仕方がないと言えるだろう。
ところが、炭焼きの技術が一般に公開され、また炭焼き職人ギルドを創設する必要が議論され、更に製鉄の秘儀が秘匿解除されるようになり、鍛冶師ギルドの立場的優位性が消し飛んでいる。
加えて鍛冶師ギルドから、ガラス職人ギルド、鉄道ギルドなどが新たに組織されることがほぼ決定している。
そうなると、木工職人や革職人などは職人ギルドに在籍しているのに、ガラス職人や炭焼き職人は独立したギルド、となると、バランス的におかしいだろう? という話になったのである。
現在有力視されているのは、従来のギルドの枠組みを全て撤廃し、職種単位の「組合」と、それを横断的に統括する「商工会」と「農商協会」を作る、という形である。
この形が検討されたのは、たった二人の「石鹸職人」兄妹の処遇が問題になったからでもあった。
「石鹸職人」と言えばまだ聞こえは良い。けれど、従来石鹸作りは他の職人や百姓が副業でやるようなことだった。では石鹸職人の二人の作る石鹸は何が違う?
二人の作業の中核となっているのは、異世界では「ソーダ工業」と呼ばれる工程である。そしてその結果作り出される物質は、幾つかの合金製造の為には無くてはならないものなのである。また、爆薬の添加剤となる幾つかの物質も、石鹸作りの副産物として生み出されるのだ。
それだけではない。ガラス職人ギルドが独立する。しかし、ガラスを作る為には二人が作る炭酸ソーダが必須であり、それを使用しない旧来のガラス製法で作成するとコストの桁が跳ね上がり、また炭酸ソーダを使用するガラスに比べて加工も難しくなる。
その他「ソーダ工業」で作り出される幾つかの物質は、今後のドレイク王国にとっては無くてはならないモノであり、それこそ旧時代の鍛冶師ギルドと同様の、優遇的立場さえ与えなければならないかもしれないのだ。
現在数えで13と11、他のギルドなら見習いとその資格さえない子供。その二人が、全てのギルドから無視しえない知識を独占しているのである。
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実を言うと。ララは既にそのレベルを超えていた。
見様見真似で電気魔法の再現に成功していたのだ。
アディやリリスの発電魔法を間近に見ていた為、電気を普通に認識していた。
そして、「魔法はその思惟からそれを実現する方法を検索し、術者が観測し得る形でその願いを実現する」。
正確な理論的知識はない。しかしだからこそ「発電」に成功したと言える(「燃焼」の理論を知らなくても着火魔法で火を熾すことが出来るように)。
当初は指先でパチパチする程度だったのだが、近くに磁石があるともっと大きくパチパチ出来ることにも気付いた。
それを目の当たりにしたリリスが、塩水の電気分解を試行させ、遂にはトロナに頼らず水酸化ナトリウムの生成に成功したのだった。とは言ってもまだ理科の実験室レベル。けれど数年後には、ネオハティスで製造する石鹸の全てを海水由来に置き換えることが出来るとも謂われている。
更にその副産物である、塩素と水素。これも、重要な工業資源である。
間違いなく。ララは次代のドレイク王国の「技術」の中核を担うこととなるであろう。
でもそれは、未来の話。
今のララは。
奴隷になる前の辛い日々と、奴隷になってからの仕事と勉強の日々、そして未来の『雷電の錬金術師』の雷名。
それらとは無縁な、穏やかで楽しい毎日を、ただの子供として友人と一緒に畑を駆けまわって過ごしているのである。
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犬獣人の娘、ララ。
彼女はこの約十年後、リリスのアドバイスの下、高電圧放電法による硝酸の合成に成功し、ここから爆薬原料や肥料その他を合成することになる。
なお電気魔法は、後世に於いて「竜の属性」或いは(アディの無属性「光属性」に対抗して)「闇属性」の魔法として認知されることになる。
兄である『灼熱の錬金術師』ラギとともに、ドレイク王国の次世代の化学工業の担い手となるのであった。
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(2,988文字:2016/10/10初稿 2017/11/02投稿予約 2017/12/01 03:00掲載予定)
【「ソーダ工業」については、日本ソーダ工業会様のHP内コンテンツ〔ソーダ工業の概要〕(http://www.jsia.gr.jp/explanation_06.html)を参照願います。なお、同表内の「ソーダ灰工業」は石灰石とアンモニアから炭酸ナトリウムを精製する工程であり、ララたちはまだここには着手出来ておらず、トロナを利用した工程を使用しております。
「高電圧放電法」に関しては、〔江崎正直著『アンモニア合成技術』化学史研究第22巻(2001)〕を参照しております】
・ メイド養成学校や執事養成学校は所謂「専門学校」であり、高等教育課程に位置します。また、冒険者ギルドランクの銀札への昇格条件は、「貴族を相手に出来るだけの礼儀作法」の為、I種メイド以上または二級執事以上は、試験免除となります。
・ 従前は、複数のギルドに跨って所属することが出来たのは、冒険者・魔術師・商人の三ギルドだけでした。他のギルドは守秘義務の関係から、この三ギルド以外のギルドメンバーを迎え入れることはしていません。
・ 参考までに。「高電圧放電法」とは、高温大気(窒素と酸素)に落雷レベルの高電圧を火花放電させることで一酸化窒素を作り(N₂+O₂ →2NO)、それが酸素に触れると二酸化窒素になり(2NO+O₂ →2NO₂)、そこに水蒸気を送り込んで硝酸を生成する(2NO₂+H₂O →2HNO₃)というものです。必要エネルギー量が莫大であり且つ多段階の合成なので近代化学工業では既に廃れている技術ですが、魔力を直接電気に変換出来るのなら、魔力に満ち溢れている竜の山周辺ではかなり効率的な窒素固定法です。
・ アディは結局、ハーバー=ボッシュ法に拠る窒素固定(アンモニア生成)を生涯実現出来ませんでした。
・ 化学の研究(に限らず、現代化学工業全般)を考えた時。熱量と電力と気圧を自在に扱えるのなら、どれだけ捗ることでしょうか。




