第37話 もんぺを纏った王女たち
第08節 銃後の乙女たち〔2/4〕
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収穫期に労働力を戦場に取られて困るのは、何処の国でも同じこと。
しかし、ドレイク王国の労働力は、もともと女性が多い。そして力弱き女性の労働を助ける為に、多くの農具が開発されている。
それ以外にも、彼の『賢人戦争』に際しアプアラから接収した軍馬は、現在ネオハティスの農耕馬として活躍している。当初これらは百姓一人に付き一頭、という形で配分する予定だったのだが、管理を考えた場合それでは余計な手間がかかるということで、地区単位で馬たちを共有する形をとっている。
また、親を戦場に取られた子供たちに対する保護養育制度は、この時代としては考えられないほど充実している。何せ、「町自体が大きな孤児院」と豪語する女性が町長(改め市長)代理なのだ。親が居るに越したことはないが、居なくても保護者がいて、友達がいる。そんな環境を町単位で完備しているのである。
更にはギルドや生業・家業の枠を超えた初等教育により、商人の子も職人の子も、区別なく農作業を学ばされている。結果、町中の子たちが「社会科実習」の名のもとに農地に繰り出され、この収穫期の労働力として充分な人数を確保することが出来たのである。
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「レーヴィ。これ向こうに持ってって!」
「わかった。じゃぁターニャ、これ任せるぞ」
「りょーかい」
リーフ王国から留学してきたレーヴィ王子とサイラ王女は、今ではすっかりネオハティスの子供たちと打ち解けている。中でもディベート実習を共に行った百姓の息子ピートと職人の娘ターニャとは、良く行動を共にし、大人たちもこの四人を一組にして監督することが多くなっている。
ちなみにリーフ王国の騎士たちは、双子が庶民の子供と仲良くすることに、最初不満を持っていた。しかしある日、ピートとターニャがレーヴィたちの借りている家に遊びに来た時、その評価が一変した。
勿論まだ拙くもあるが、百姓の息子と職人の娘が、リーフ王国正騎士に対し見事な礼を以て挨拶したのである。今どきの騎士、否貴族の子弟の中に、この歳でこれだけの礼儀作法が身についている子供がどれだけいるか。
礼法とは形ではない。敬意であり礼儀である。
そう考えた時、細かな所作の乱れは、大した問題ではない。
寧ろ完璧な所作を以て、しかし心無き仕草であった場合の方が余程無礼と言うことが出来る。
貴族や王族が、庶民と机を並べて学ぶ。
それは、高貴なる血筋を蔑ろにする行いに他ならない、と騎士たちは思っていた。
ところが、その結果この国の庶民の子は、貴族の子弟と肩を並べても遜色のない礼儀作法を身に付けることになっているのである。
また、ちょっと言葉を交わしてみれば、その知識と知性は普通の国の庶民のレベルではないことがわかる。
外国であるリーフのことを良く知り、その習慣風俗を研究し、その上で是は是、非は非と主張する。以前レーヴィ王子が『この国の全ての子供を賢者姫とするのがこの国の目的だ』と言っていた時は、何のことかはわからなかったが、実際言葉を交わしてみれば。これを脅威と思わない貴族がいるとしたら、その貴族を擁する国に未来はないだろう。そう思うに至るのであった。
私事では「レーヴィ」「サイラ」「ピート」「ターニャ」と呼び合う間柄でありながら、公の席では王族と庶民としての立場を弁える。その、身の程を知った態度にも好感を持つことが出来たのだった。
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「サイラ姫、農作業はもう慣れた?」
ピートと組んで作業を行っていたサイラに、後ろから声がかけられた。
彼らの後ろで作業をしているのは、確か高等学校の生徒の筈。そしてサイラには高等学校に知り合いはいない。
訝しみながら振り向くと、そこにいたのは。
「あ、ロッテ王女!」
ピートが、その少女の名を呼んだ。
「もう王女じゃないわよ。一応爵位は貰っているけど、一介の生徒です」
「でも、ルシル王女が王妃様になったら、ロッテ王女も王族に返り咲く訳じゃないですか」
「あら、そんなことを言ったらこの国は王族だらけになっちゃうわよ?
だって、陛下はご自分のことを市長代理の義息だと公言なさっているし、市長代理はこの国の子供たち全員の母親だと言っているんだから。キミだって陛下の義弟、ってことになるのよ?」
「いやぁ、うちにはちゃんと母ちゃんがいるし。母ちゃんと市長代理とじゃぁ月と咬付亀ですよ」
サイラも、未だに慣れない。これが元とはいえ王族の姫と百姓の息子の会話だろうか?
「お初にお目にかかります、ロッテ王女。リーフ王国が王女、サイラです」
それでも、仮にも王族なればと思い、王族としての挨拶を行った。
もっとも、畑の中、農作業衣を着て頬被りしたままでは格好がつかないが。
と思ったら、ロッテ王女の方は、恰もここが夜会の会場であるかの如く、完璧な礼法を以てこれに応じたのである。
「サイラ王女にはようこそ我が国においで下さいました。ご挨拶が遅れましたこと誠にお詫び申し上げます」
しかしそのロッテ王女も、泥だらけのもんぺを着てほっかむりしている。けれど、完璧な王女が根性込めて立ち居振舞いを整えれば、もんぺもドレスに、ほっかむりもティアラに、畑も舞踏会場に早変わりする……
と言うには、流石に無理がある。
その場にいた、高等学校の生徒と初等学校の児童たちは、皆揃って爆笑したのであった。無論、サイラ王女とロッテ王女も。
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「はじめは、何故私たちが農作業をしなければならないのか、って不満ばかりでした。
畑仕事は百姓の仕事であって王族の仕事ではありませんから。
けど、百姓がどれだけ苦労して作物を作っているのか。それを肌身で知ることは、決して余計なことではないと知りました」
サイラは、ロッテの言葉に戸惑いながらそう答えた。
実際、自分でもよくわかっていないのだ。何故泥臭い農作業を「楽しい」と思えるのか、など。
「王族は、民の苦しみを救うのが仕事であり、その苦しみを共有する必要はないと、私も学びました。
けど、それは民の苦しみを知らなくて良い、ということではないと、この国が興ってから初めて知りました。
その意味では、サイラ姫と私は、何も違いはありませんね」
今は「末摘花の里」と仮称されている新しい町で、遠くない未来『織姫』と称されることになる、亡国の王女は笑いながらそう言った。
この国は、貴族と庶民の距離が近い。
けれど、それは決して貴族を蔑ろにしている訳ではなく、そして貴族の位を庶民のレベルにまで引き摺り落すことではない。
全ての庶民が、貴族と同じ気位を持ち、それに値する誇りと責務を胸に秘め、国と友の為に力を尽くす。
子供たちは純粋であるが故に、ドレイク王の理想を正しく受け止めているのであった。
(2,994文字⇒2,707文字:2016/10/08初稿 2017/09/30投稿予約 2017/11/29 03:00掲載 2022/06/06脱字修正)
・ ピートとターニャは、リーフの王族の友人に相応しい教養と作法を身に付けている、と大人たちに評価された為、ディベート実習を介してレーヴィとサイラに紹介されたのでした。だからリーフ騎士たちのドレイクの子らに対する評価は、ある意味過大評価です。
・ フェルマール王女姉妹の女子力順位は、ルーナ>ロッテ>>>>ルシル>>|越えられない壁|>>シーナ、です。スノーは、アディたちとの長い付き合いで随分野生化(笑)しました。




