第36話 留守居役の戦い
第08節 銃後の乙女たち〔1/4〕
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時は戻って、新暦2年10月1日(カナン暦707年秋の二の月の25日目)。ドレイク王国軍がネオハティスから出陣した、その日。
往来の少ない裏通りの一角から、鳩が3羽飛び立った。
その鳩は、まず南西ボルド市の方向に向かい、ボルド河上空で東に方向転換し、河を遡り、ネオハティス市の東端のあたりで、
矢のように飛んできた魔鷹に、問答無用で撃墜された。
魔鷹は3羽の獲物を器用に掴んで街に戻り、その足首を咬み千切り、胴体部分はその場で美味しくいただいた。
そして、鳩の脚に結ばれていた3通の紙片を咥え、トットと跳ねながら、街の大通りを進んで行った。
と。
「あ~っ! ノトスだ!」
街の子供たちに、その姿が見つかってしまった。
勿論、飛んで逃げることなどは造作もない。が、彼は街の子供たちが好きだった。だから、子供たちを悲しませるようなことを、したくはなかったのだ。
だから、跳ねるのも止め、よたよたと(鳥の脚は地面を歩くようには出来ていない)子供たちの歩幅に合わせて歩くことにした。
けど、子供たちはこちらの気持ちなどお構いなく突進してくる。
そのうちの一人の女の子は、そのままノトスの進路を逆走してくる。このままではぶつかる。
仕方がなく、ノトスは直前で半円を描くように回避する。
すると、女の子は今更ながらぶつかりそうだったことに気付き、ノトスを避けようとするが、当然急な進路変更は姿勢を崩し、ノトスの上に倒れ込むように転んでしまった。
しかしノトスは、そうなることを予測していた。翼を広げ、一羽搏き。
倒れ込む女の子を、翼の揚力で支え、結果その子を(背面のまま)背負う形になってしまった。
これはこれで、寧ろ面倒が少なくなった。
そう思ったノトスは、翼を広げて女の子を背負ったまま、トットと跳ね歩くことを再開した。
女の子は、まず転んだ筈なのに痛くなく、しかし背中は柔らかく温かいことに気付き、そこがノトスの背中の上だと理解して歓声を上げた。
向きを変え、お腹を下にして(しかしその背から降りるなどという勿体無いことはせず)彼のサービスを歓迎した。
面白くないのは、周りにいる他の子供たち。「ズルい、狡い」と不満を口にしながらノトス(と女の子)を追いかけた。
結局、適当なタイミングでノトスの背に乗る子供は交代することになり、何度かそれを繰り返しながら街の中心部までやってきた。
「……なに、やってるの?」
そこに偶然出くわした、冒険者ギルドのギルマスには呆れられたが。
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「ごめんね、キミたち。彼はこれからお仕事なの。
また今度暇なときに遊んでもらいなさいね」
ノトスの嘴に紙片があることに気付いたオードリーは、そう言って子供たちを散らし、
「その紙片。私が見て良いもの? それとも市長代理に見せるべき?」
と聞いたところ、ノトスはオードリーに向けて嘴を突き出したので、遠慮なくその紙片を受け取ることにした。
そしてその場で開いてみたところ。
「……ドレイク軍進発をカナリアに告げる、密書、か。ノトス、お手柄ね。
けど、王様のところには行かなくて良いの?」
ピイ。と一声鳴いて、ノトスは翼を広げて軽く羽搏いて見せた。
どうやら行こうと思えばいつでも行けるから、今はまだのんびりしているのだと言いたいようだ。
実際、ノトスはアディの〔眷属召喚〕で喚び出された魔物である。
だから、どれだけ離れていてもアディの喚び声は聞こえるし、それこそ因果律さえ無視して王の許に駆け付けることが出来る。
だから、喚ばれていない以上、どこで何をしていても、誰も何も困らないのだ。
「そ、か。じゃぁ鳩がどのあたりから飛び立ったか、ノトスはわかる?」
この有能な魔鷹がそれを抑えていない筈がない。そう確信して、それを問うたところ。
ピィ。
一声鳴いて、向きを変えた。
「あ、ちょっと待って。その前に寄るところがあるから」
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オードリーが、ノトスを伴って訪れた先は。
花街に程近いところにある、一軒の酒場であった。
「こんにちは。マスターはいらっしゃる?」
「まだ日は天辺まで来てもいねぇよ。
酒場が開くのは日が暮れてからだ。夜にまた来るんだな」
「そういう訳にもいかないの。大至急、マスターに繋ぎを取ってください。
ネオハティスの冒険者ギルドのギルドマスターが、盗賊ギルドのギルドマスターに緊急依頼がある、との伝言を添えて」
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「まさか、気付かれているとは思わなかったぜ」
「冒険者ギルドにも、独自の情報網というものがあります。
貴方がたがボルドにいたときから、貴方がた盗賊ギルドの存在は認識していました。
貴方がたがネオハティスに移り来た時も、ボルドの冒険者ギルドから連絡がありましたし。
あまり、冒険者ギルドを舐めてもらっては困りますよ?」
「つまり、俺たちは泳がされていたということか」
「否。陛下が貴方がたを受け入れたのと同じように、私たちも貴方がたと全面的に敵対する理由はなかった、というだけのことです。
冒険者も、『ならず者』という意味では貴方がたと大きな違いはありませんからね」
「そういうことか。
それで? さっき『依頼』と言ったな?」
「その前に確認です。
陛下が貴方がたをこの街に招いた、その目的は――」
「それは言えねぇよ」
「――、当然ですね。ではYes/Noで答えてください。
裏街と闇ギルドの管理。間違いありませんね」
「……それも、答えられねぇな」
「否、それで充分な答えになっています。
では、依頼の内容ですが。
陛下の先触れたるノトスが、カナリアの密偵に繋がる糸を見つけました。
探し出して闇に葬ってください」
「……どうやって、見つけ出した?」
「鳩を飛ばしたようです。
鳩は、ボルド河上空でノトスが始末し、その紙片はこちらで押収しました。
そして鳩を飛ばした場所は、ノトスがわかります。
その周辺を探れば、密偵の潜伏場所がわかるでしょう」
「……おっかねぇ。
殺戮山猫だけじゃなく、魔鷹も従える、か。
俺たちにとっても、見逃される程度の小悪党でいるうちは居心地の良い街だが、その範囲を一歩でも踏み出せば、どうなることやら。
だがまぁ了解した。
俺たちだって、この居心地の良い街を壊したくないからな」
そして、二三(報酬の事とか、成果報告の仕方とか)を打ち合わせた後、ノトスを酒場に残してオードリーは立ち去った。
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表が男の戦いの場ならば、裏は女の戦いの場。
男たちが安心して外に出られるように、内を守るのは女の役目。
町に残った女たちは、それぞれのやり方でそれぞれの戦いに赴くのであった。
(2,878文字:2016/10/24初稿 2017/09/30投稿予約 2017/11/27 03:00掲載予定)
・ ネオハティスでは、鳩は「平和の象徴」ではなく、単純にノトスのご飯です。寧ろ「友愛の象徴」かも(笑)。
・ ノトスの身長は、嘴の先から尾羽の先まで、約140cm。身長100cmそこそこの子供を背に乗せるくらい、造作もありません。ノトスの体重は20kgを超えますから、実は一般成人男性を持ち上げられるくらいの力はあるんです。背に乗せて地面を歩くと、背骨と脚にキますけど。
・ この日、ノトスに遊んでもらった女の子は、空と翼に夢を馳せ、有翼騎士の道を志した、とか。




