第31話 二虎競食
第07節 囚われの姫と白馬の騎士(後篇)〔3/7〕
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東大陸北部の国家の、位置関係を改めて確認してみる。
旧フェルマールの海岸線最北端にボルド市があり、その北にネオハティス、更に北に竜の山がある。
ネオハティスから竜の山を四分の一周する形で北東に行くと、ビジア領都オークフォレスト。ビジア領は、ネオハティス(ドレイク王国)から見ると北東から東に亘って領有している。
オークフォレストから更に北東に行くと、アプアラ王国王都ウーラ。ウーラはアプアラの北端に近く、そこからビジアの東側までを領有する。
ウーラから北に、リーフ王国。またアプアラ王国南部東側がロージス領と接している。
ロージス領を中心にして隣接諸国を見ると、北東にカナリア公国と、南東でリングダッド王国と、北西にアプアラ王国と、そして南西でローズヴェルト王国メーダラ領と、それぞれ接している。
つまりカナリアからビジアに帰還する為には、まず南西に向かってロージス領に入り、そこから針路を転じて北西のアプアラ王国に向かう必要がある。
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森の中では休息らしい休息は取れず、ほぼ徹夜で行軍せざるを得なかった。
そして森を抜けロージス領に入ったとき、森を迂回する街道からカナリア軍の別の一隊が接近しているという情報を有翼騎士が齎してきた。それに、もう一つの重要な情報も。
それを聞き、俺たちは進路を南に向けることにする。
「アディ、何故南に? このまま西に走り抜け、ロージスを横断してアプアラ領に入ってしまえば良いんじゃないか?」
「流石に体力が持たないよ。兵たちと、そしてルーナ姫の、ね。
どこかでちゃんと休みを取りたい」
「それと南に向かうことに、どんな関係性が?」
「追跡してくるカナリア軍を撒くのに、ちょうど良いんだ」
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リングダッド王国、ロージスへ派兵。
有翼騎士団が報告したリングダッド軍の進路は、本隊は真直ぐロージス領都シュトラスブルグを目指し、その一方で別動隊が輜重隊とともにシュトラスブルグに向かっているのだという。
なら、このままカナリア軍を引き連れたままリングダッド軍の前にこの身を顕せば、典型的な「二虎競食の計」を実現出来る。
「……そう上手くいくの? もしリングダッドとカナリアが、協力して私たちの軍に迫ってきたら。どうするの?」
「それはない。カナリアとリングダッド、そしてドレイクは、ここロージスの地では不倶戴天。
けど、カナリアにとってドレイク軍は駆逐する必要があるけど、ルーナ王女は奪還する対象なんだ。
一方リングダッドにはそんな都合はないから、カナリアもドレイクも、そしてルーナ王女もともに蹂躙する対象になる。精々が捕らえて高額の身代金を請求するってところかな?
だから、三軍が一堂に会する場面では、カナリアはリングダッドを優先して撃破しなければならないんだ。寧ろ、対リングダッド戦を見据えてドレイクに協調を求めてきてもおかしくないほどに」
だが、現状に於いてドレイク側はカナリアと一時的であれ共闘する理由はない。
一方リングダッドにしてみれば、まだロージス領に食指を伸ばしていないドレイク王国の軍よりも、現在領有権を主張するカナリア公国の軍の方が優先して撃破する対象になる。カナリア軍を一兵でも多く損することが出来れば、それだけリングダッドの野望が実現する目途が立つのだから。
つまりドレイクとしては、リングダッドとは共闘出来る札があるのである。
「だけど今回は、完全な遭遇戦になる。
そんな合従連衡を画策する余裕は、三軍共にないだろうけれどね」
「……遭遇戦の当事者が、まだ遭遇していない段階で『遭遇戦になる』と断言することの違和感に気付いてほしいものよね」
「んなこたぁどうでも良い。
リングダッドとカナリアを共喰いさせて、ドレイクが漁夫の利を得る。
これでロージス東部は暫く静かになる。
そうしたら一旦休んで、シュトラスブルグを抜けて一気にアプアラ入りする」
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前世のネットゲームの用語で、「トレイン」というのだそうだ。
敵を引き連れ、突き放さず追い付かれず、そのまま別の敵の許に向かう行為。
夜襲の危険がある為天幕を張って休息することも出来ず、当然そんな状況では疲労は蓄積する一方。ただ追撃するカナリア軍は保存食だけで食い繋がなければならないが、こちらは一定距離を置いて有翼騎士団が携行食を用意している。それだけでも追跡軍に比べれば恵まれている。
そのまま三日が経過し、四日目(新暦2年11月2日)。前方の森の向こう側にリングダッド軍の姿を捉えたとの報告が入る。
森を迂回するつもりで西に転進し、そのまま森を離れてシュトラスブルグに向かうと、ちょうどリングダッド軍の前方に出る。
リングダッド軍の前方に出るということは、ドレイク軍の後方にいるカナリア軍は……?
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新暦2年11月3日。森の北側から西端を離れ、街道に出た。
シュトラスブルグまで、通常行軍で三日。
そして、ここにドレイク軍の騎影を捕捉したリングダッド軍は、通常行軍速度から戦闘行進速度に増速し、迫って来た。
そのタイミングで、リングダッド軍の前方を遮る軍勢が。
彼らにとっては予期せぬ、しかしドレイク軍にとっては想定通りの。
リングダッドとカナリアの遭遇戦が勃発したのである。
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陣形もへったくれもない。全く予期しない形での、超至近距離での遭遇戦。
形の上では、戦闘速度で突進していたリングダッド軍が無防備のカナリア軍に突撃した。
しかし、リングダッド軍も想定していない障害物の為、衝突して受け身を取れずに落馬し、後続の友軍に踏み潰されるなどという混乱が随所で起こった。
カナリア軍側も完全な不意打ちになったことから指示が混乱し、同士討ちを始めた部隊も出る始末。
そして俺たちドレイク軍にとっては、またとない好機。
距離を置き、鶴翼陣、というよりも扇形に布陣して、ここまで温存してきた決戦兵器の投入を決断した。
「魔力銃一型」12.7mm狙撃銃“ドラグノフ”。
ドレイク軍全軍兵が所持していた3発の弾丸の、全てをカナリア・リングダッド両軍に差別なく叩き込む。
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12.7mm。これはインチに直すと、0.50インチになる。そして、20世紀最強のハンドガンと謂われる「デザートイーグル.50AE」は50口径。つまり、同じ径のサイズなのだ。
これが火縄銃さえない世界で、弓矢の射程の遥か彼方から飛来する。カナリアとリングダッドの区別なく、容赦なく降り注ぐ、死神の礫。
これにより、カナリア軍・リングダッド軍の両軍を撃滅。その後抜剣突撃して残存する輜重隊を掃討し、短い戦いに終わりを告げるのであった。
(2,976文字:2016/09/27初稿 2017/09/30投稿予約 2017/11/17 03:00掲載予定)
・ 連日の、不眠不休による追撃行で、過労が蓄積されて極端に視野が狭まっていたカナリア軍は、周辺索敵をする余裕がありませんでした。一方リングダッド軍はその索敵網に捕捉されたドレイク軍のみを敵と断じ、その敵が無防備に眼前に背中を晒した為カモと認識してしまったのです。それぞれの軍が、それぞれの理由で視野が狭まってしまった為の遭遇戦でした。
・ 本来、「二虎競食の計」は戦略レベルの計略であり、戦術レベルで行うものではありません。戦術レベルでは……「トレイン」を実現出来る状況が整うのが稀ですから。
・ 厳密に言えば、0.1mm単位で鋳造する精度は、現在のドレイク王国鍛冶師ギルドにはありません(ミクロン単位で同一のサイズを鋳造することは出来ますが)。実際のサイズは12.5mmか13mmといったところでしょう。「12.7mm」というのはだから、固有名詞のようなものです。




