第30話 密林夜戦
第07節 囚われの姫と白馬の騎士(後篇)〔2/7〕
「やばい、な。早すぎる」
有翼騎士からの報告を受け、俺は眉を顰めることになった。
「アディ、何かあったのか?」
「あぁ、ルビーか。
カナリア軍の編成が、こっちの予想より遥かに早い。もう第一隊が進発したそうだ」
「やばい、の?」
「あぁ。一旦止まろう」
「わかった。
全軍、止まれ! 小休止」
兵たちに短い休憩を取らせながら、指揮官連中と打ち合わせを行う。
「この地図を見てくれ。
ここからロージス領に向かう途中に、森がある。
そして、この森を迂回する形で街道がある。
当初の予定では、この森の入り口で野営し、それから一日で森を抜けるつもりだった。その方が街道を抜けるより早いし、目晦ましにもなる。
が、カナリア軍の追撃速度を考えると、間違いなくその前に捕捉される。
よって、野営をせずにそのまま森に入る」
「夜の森は、大変だぞ?」
「わかっている。騎馬の機動力が殺され、空からの支援もない。
その上文字通りの『一寸先は闇』だ。どうしても行軍速度は落ちる。
『野営をしたら追い付かれる』けど、『野営をしなくても森の中で追い付かれる』ということだ。
それならば、森の中で追撃部隊を迎撃する。平地での迎撃より、幾分か数の不利を補えるだろう」
◇◆◇ ◆◇◆
この小休止のうちに、全ての馬の額(角)と尻(尻尾)に、色違いの小さな輝光石を付けた。小さいから、照明器具としての役には立たない。しかし、暗闇に於いては友軍の所在を明確に知らしめることが出来る。
そして、一定の時間が経過し、ある場所に辿り着き。
その場所で迎撃戦の準備をすることとなった。
◆◇◆ ◇◆◇
新暦2年10月28日といえば、旧暦707年秋の三の月の22日目。
そして「二十三夜月」が下弦の月だから、夜半近くになってようやく月が昇る、闇夜。しかも、星明りさえ射さない森の中。
しかし、ドレイク軍二千弱の人馬が踏み固めた土は、既に獣道とはいえない。灯篭の朧気な光でも、充分にカナリア軍の進むべき道を示す。
と。
彼らの一人が、足を綱に取られた。罠だ。
が、何も起きない。
ほっとして、しかし罠が張られているということは敵が近くにいることだと気を引き締め、更に一歩踏み出した。
◇◆◇ ◆◇◆
ドレイク軍の最大のアドバンテージの一つは、情報だ。
敵地にありながら地形や敵軍の動向を把握出来、また「その動きを把握している」という事実も相手に掴ませない。
現状でも、普通なら逃走側は追撃隊が迫ってきていることを察知出来ても、どれほど距離を詰められているのかは想像しか出来ないだろう。つまり、追撃側にとって迎撃される不安はほぼない筈なのだ。
そのことから、カナリア軍はドレイク軍に追いついた時点で密林夜戦となることは想像出来ても、その交戦地点を想定することはほぼ不可能。否、仮に迎撃される可能性を想定しても、足止めの為の少数部隊での迎撃と見積もるのが関の山。
まさか、全軍で迎撃陣を布き、その囲いの奥まで足を踏み入れてしまった可能性など、考えもしなかっただろう。
張ってあったロープに、敵兵が足を取られた。
これ自体が、敵が囲いの真ん中まで到達したという合図。
さぁ、ドレイク流密林夜戦の始まりだ!
「照明投射! 射撃開始!」
嘗ては「照明石」と呼んでおり、今では「輝光石」と呼ばれている石。
これは、普通の石に高濃度魔力が付着し、それが発光しているものである。
その為光が弱まったら、魔力に曝せばまた光度を回復することが出来る。
では、輝光石表面の魔力濃度を強制的に高めたら、どうなる?
結果、明るさが増した。前世地球の投光器並みに。
それを鏡で前方に集中照射したら。しかも、暗闇に慣れた敵兵に。
一瞬で敵兵の視力を奪う、光学兵器になるのである。
勿論、追撃部隊約三千の全ての目を潰せる訳ではない。けれども敵兵からは「ハレーション効果」でこちらがまるで見えなくなり、逆にこちらからは敵集団の位置は丸見え。なら、後は撃つだけだ。
使用する兵器は、しかし魔力銃じゃない。魔力銃の弾丸はまだ量産が追いつかず、各人3発ずつしか携行出来ていない。なら、こんな戦場で浪費したら勿体無い。
だから、使用するのは弩。それも地面や樹上で事前に固定しておけば、ワンアクションで発射出来る。
しかも、クロスボウなら使用後捨て置いても惜しくはない。
そして、クロスボウ攻撃に参加するのは、有角騎士団と予備隊の1,200。
照明は、カナリア軍から見て前方から。しかしクロスボウによる射撃は半円を描いて真横に至るまで。
また、樹上からの射撃もあった。それでいながら射線の起点にドレイク兵がいるとは限らない(クロスボウを設置しておけば、後は紐で引き金を引くことも出来る。敵の所在は事前に想定出来るから、狙いを付ける必要さえないのだ)。
「消灯! 突撃!」
このルビーの合図は、味方より敵の耳に響いた。
いきなり消えた照明。ようやくその明るさに目が慣れたところだから、今度は敵全軍の視界が闇に閉ざされる。そして、不可視の〔気弾〕と共に突撃するドレイク兵。
突撃したのは、近衛隊と特務部隊、歩兵部隊の合計600だけだった。彼らはそれまでクロスボウ攻撃には加わらず、照明の光に自分たちの目を順応させない為に、目を瞑って待機していたのだ。戦場で、敵を前にして目を瞑る。これは余程の胆力が無ければ出来ることではないが、それが出来る程度には訓練を積んでいる。
合図と同時に歩兵部隊は目を開き、楯を構え、楯突撃で敵を突き飛ばす。そしてそこにゴブリンエリート隊と特務部隊が斬り込んでゆく。
ゴブリンエリート隊と特務部隊の武具は、神聖鉄合金の剣(俺はヒヒイロカネの太刀『八咫』を抜刀している)であり、これらは闇夜に日緋色の燐光を帯びる。これが同士討ちを回避し、また敵兵に恐怖を与えるに足る情景を醸し出していたのである。
「剣戟止め! 撤収!」
ルビーからの最後の合図で、全員ばらばらに森に散る。
決して全員で同じ方向を目指さない。だが、木々にぶら下げられた輝光石が、集合場所の方角と距離を教えてくれるのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
この夜戦の最大の目的は、追撃部隊の足を止めること。
近代戦に曰く、「一人殺せば敵戦力は一人分減少するが、重傷に留めておけば怪我人を後送する為にあと二人余分に前線から引き剥がすことが出来る」。
これにより、追撃部隊はこれ以上の前進が出来なくなったのである。
(2,909文字:2016/09/27初稿 2017/09/30投稿予約 2017/11/15 03:00掲載 2017/11/15「ハレーション効果」を「ハロー効果」と間違えていたので、本文記述並びに後書き記述を修正)
・ アディは、「捨て奸」という戦術は嫌いです。またハティスの民も、ハティスの戦いでの犠牲の結果自分たちが生き残ったという負い目があるから、捨て奸のような誰かを犠牲にして生き延びる、という選択に抵抗感があるのです。誰かを残すくらいなら、全員で残ろう、と。感情論といえばそれまでですが。
・ 「ハレーション効果」とは、例えば劇場などで照明を観客席側に向けると、その光が眩し過ぎてステージが見えなくなるように、強力な光源の周囲は、その明暗のコントラストにより、見えなくなってしまうという現象のことです。なおこの現象から転じて、「目につく特徴の傍にある、その他の特徴が隠される」という心理学的現象も「ハレーション効果」と言われます。
・ 「一人殺せば敵戦力は一人分減少する~」という言葉は、戦傷者の救護・回復率の向上に伴い生まれた言葉で、中世以前の戦傷者は戦死者同様捨て置かれた、という説もありますが、自国内戦闘で戦傷者(生存者)を捨ておくことは、有り得ません。その意味では、このドクトリンは昔から通用したと認識することが出来ます。




