第28話 撤退戦
第06節 囚われの姫と白馬の騎士(前篇)〔7/7〕
新暦2年10月25日。
ドレイク王国軍は、カナリア公国公都カノゥスを臨んで戦闘展開した。
布陣はお馴染み紡錘陣形。
少数の兵力を有効に活用し、且つ機動力を前面に押し出す陣形は、それほどバリエーションがある訳ではないのだ。
そして、陣の最前で。
俺は〔無限収納〕からある物を取り出した。
「魔力銃三型一式」30mm三連装対建造物破砕砲“アヴェンジャー”。
砲身長240cm。最早携行兵器の大きさを超えている。
だがその一方で、攻城戦兵器としては考えられないくらいの小型兵器である。
この「アヴェンジャー」の名の由来は、知る人ぞ知る、空飛ぶ戦車と謂われたフェアチャイルド・リパブリック社製近接航空支援対地攻撃機『A-10サンダーボルトII』に搭載された30mmガトリング砲の名称である。A-10はGAU-8ガトリング砲『アヴェンジャー』を積む為に設計されたとまで謂われ、「機首と同軸アヴェンジャー!」はネット上の一種の合言葉になっている。
勿論「魔力銃三型一式」は、GAU-8並の威力がある訳ではないだろう(連射も出来ないし)。
だが、竜の鱗さえ貫く30mmの弾丸。そして、その弾頭として開発されたのは、徹甲炸裂弾頭。つまりこれは、城壁をそのまま破砕する為に撃ち出される対建造物破砕砲なのである。
◆◇◆ ◇◆◇
三角形を形作る紡錘陣。
しかしその頂点が向いているのは、カノゥス市の正門ではない。
貴族区画に近く、また逆に兵舎から市街を挟んだ反対方向。つまり、市中に於いては最も防衛戦に向かない地区である。
ようやく薄明といえる時間帯。
その外壁を、たった一発の30mm砲弾で撃ち抜いた。
◇◆◇ ◆◇◆
「突入!」
ルビーの号令一下、有角騎士団200名は、カノゥス市に突入した。
しかし、これは戦闘が目的ではない。陽動と、混乱。夜明け前という時間帯に、カナリア公国の公都カノゥスを、外国(それも現在交戦中の敵国)の騎士が走り回る。それが市民にどんな衝撃を与えるか。
同時に有翼騎士団による空襲。
『十日間戦争』のアプアラ領ウーラ郊外の戦いの時には、基本的に水平爆撃(高度を落さずに爆弾を投下する。対空砲火に曝されずに済む代わりに精密爆撃は出来ない。高空爆撃)だったが、今回は基本的に急降下爆撃(目標ギリギリまで接近して爆弾を落とす。被弾率は上がるが命中率は高い。精密爆撃)を行った。
とは言っても、爆撃対象は厩舎と備蓄倉庫。
厩舎に対してはダイナマイト、備蓄倉庫に対してはS式焼夷弾。つまり、混乱を増幅させることと、追撃の足を減らすこと、そして糧秣を焼却することが今回の有翼騎士の戦術目標なのである。
夜明け前の市中に於いて、悲鳴と怒号が響き渡る。
それを聞きながら、俺は『アヴェンジャー』のハンドルを回し、照準を再設定する。
次の目標は、王宮尖塔。
魔力銃はその性質上、連射は出来ない。だから有翼騎士団の『ヴォルケーノ』やこの『アヴェンジャー』は連装式にしてあるのだ。アヴェンジャーの弾丸装填数は、三発。最後の一発は、外れた時の予備として、次弾発射!
ど真ん中、とはいかなかったが、尖塔の外壁を削ぎ落し、その被害は外から見てもよくわかる。これで充分。
◇◆◇ ◆◇◆
アヴェンジャーを収納し、少しすると。どうやら待ち人が来たようだ。
シェイラが一人の女性を抱えて、我々の陣に向かって走ってきた。
その後ろから侍女らしき女性が三人、追従している。
「ルーナ王女ですね。
自分はドレイク王国の王を名乗っております。アドルフです」
「シェイラさんから話は伺っております。この度は何とお礼を言って良いのやら……」
「それは後にしましょう。取り敢えず撤収します。
ルーナ王女、馬車を用意してあります。
俺たちが冒険者時代に使っていたモノを改装しただけのモノですので、ご不満がおありでしょうが、今ひと時御辛抱ください」
「有り難うございます。何を不満に思いましょうか。
ドレイク王アドルフ陛下。我が身を陛下に託します。
他国に売るなり、フェルマールの血を継ぐ子を仕込むなり、お好きになさって結構です」
「王女殿下の身柄を売り飛ばすなどと考えようものなら、殿下の弟妹らに殺されます。
今後のことは、国に戻ってからゆっくり考えましょう」
そして魔鷹をカノゥス市に飛ばし、それを合図に有角騎士団が撤収を始めた。
「よし、撤退だ!」
◆◇◆ ◇◆◇
だが、これでおしまい、という訳にはいかない。
すぐにでもカナリアは軍を編成して追撃するだろう。
そして、ルーナ王女を乗せた馬車を護衛する関係上、往路ほど迅速に行軍出来る訳ではないし、また往路ほどに隠密性を保てる訳ではない。
勿論、いざとなれば有翼獅子なり飛竜なりに王女を乗せて先に帰国させることも出来る。が、今回の出兵理由を考えると、護送したまま陸路で帰国することに意義があるのだ。
つまり、撤退戦はまだ続く。否、たった今始まったばかりなのである。
◇◆◇ ◆◇◆
撤退戦とは、負傷・損耗した友軍や護るべき貴人などを護衛しながら、追撃戦力を振り切って自軍の勢力圏まで戻る戦いをいう。
軍事に詳しくない人は、「追い付かれたら最後尾の兵士が迎え撃つんでしょう?」と気楽に答えるだろう。だが、追い付かれてから対応したのでは遅い。
状況によっては、機動力に長けた一部隊や死兵となった部隊が、逆に追撃部隊に向かって突撃することもあり得るのだ。そうすることで追撃部隊の足を止め、また追撃部隊に突撃に対する防御陣形を整えさせることで、逃げる為の時間を稼ぐことも出来る。但しその場合、突撃した部隊の生還は絶望となる(「捨て奸」といわれる)為、軍の士気に悪影響を及ぼす場合もあるのだが。
つまり、今回のカノゥス市への有角騎士団の突撃。それ自体が撤退戦の為の布石だったのだ。また、王宮尖塔を直接攻撃したことにより、我が軍の遠距離攻撃手段の射程と威力を知らしめた。これで、公都を護る為にはその周辺地帯一帯に広く陣を布く必要があることを思い知らせたのである。
言い換えれば、追撃に割ける兵力が減り、またその編成に時間がかかる。
その間に俺たちは、少しでも距離を稼ぐことが出来るのである。
(2,761文字:2016/09/24初稿 2017/09/30投稿予約 2017/11/11 03:00掲載予定)
【注:「機首と同軸アヴェンジャー!」は、ネット(2ちゃんねる)上の創作「A-10訓」(原作者不詳・バリエーション有り)が原典です】
・ 徹甲炸裂弾頭は、構造物内部に侵入して運動が停止した段階で、魔法により高圧縮された炭酸ガスが、その圧縮状態を解除する形で炸裂するように調整されています。その為、第二射は残念ながら不発でした(王宮尖塔を掠めたその先で、地面に落ちて起爆したと思われますが)。
・ ???「ふん、そんなチャチな対爆シェルターに逃げ込んでも意味ねえのに」




