第27話 誤算
第06節 囚われの姫と白馬の騎士(前篇)〔6/7〕
「脱槍! 着剣!」
敵部隊の中央を突破し、反転しながら、ルビーの次の指示。
騎兵槍の穂先はQD継手になっており、ワンタッチで取り外しが可能である。そして蟻槍や大刀(長柄の片刃武器。青竜刀)、方天戟、戦鎌、鉾槍などの長柄武器等、それぞれ思い思いの得意な武器に穂先を着け換える。
脱着機構など、武具の強度を下げるだけ。
前世のオタクならそう語るだろう。だがQD継手(正確には「QDカップリング・コネクター」という)の強度は、この時代の技術者の想像を絶する(21世紀の消防放水用ホースの接続部にもQD継手が使われている。中途半端な脱着機構技術とは、強度信頼性の桁が違う)。それこそ竜だの魔羆だのと格闘戦をすることを考えるのなら、接続部が弱点となり兼ねないだろうが、人間の腕力程度でQD継手に不都合を生じさせる心配は、無い。そして万一不都合が生じた場合、それは「接続不良」――不意に外れてしまう――ではなく「脱着不能」――この場合「外れない」――という不都合になるから、当座は問題ない。
この、シュトラスブルグ郊外・三方ヶ原の戦いでは、俺はいつもの太刀『八咫』は使用していない。
これは単純に、リーチの問題。刃渡り二尺六寸(78.78cm)の太刀では、馬の上から普通に振るったら、敵歩兵に届かないのだ(なお騎士剣は、馬上からは突いて使うのが正式な用法)。
その為、シンディの父リックに託した大太刀、銘『大蛇』を借り受けた。刃渡り四尺八寸(145.44cm)。大太刀というよりも『斬馬刀』という方が相応しい、儀式刀である。
だがこの長さがあれば、馬上から振るって敵兵の首を刎ねられる。
他の兵が槍や長柄武器を使うのと同じ理由で、俺は『大蛇』を使う。
なお、ルビーとカレンの穂先は、竜爪製のハルバード。これを騎乗戦で使用すると、敵騎兵の鎧を切り裂けなくとも引っ掻けて落馬させることが出来るという、なかなかに凶悪な武器になる。
そして、機動力(というより騎馬の脚力)に差があると、斜面が袋小路の壁になる。俺たちがシュトラスブルグ防衛隊の後背に展開した時点で、連中は丘の上に駆け上がる以外に逃げ場所がなくなっている。ましてや中央突破に成功したことにより、防衛隊の指揮系統は混乱している。
登り坂は、脚力で勝負がつくなど、平成日本の週末に峠を攻めている暴走族でさえ知っていることだ。
如何に数が多くても、ただ逃げることしか出来ない羊の群れ(この状況での防衛隊の転進はドレイク軍に踏み潰されるだけ)と、脚力に勝り追撃する狼の群れ。最早この時点で勝負は着いていた。
◆◇◆ ◇◆◇
ドレイク軍側の犠牲者は皆無、とは言えないまでも、戦略的には無視出来るレベルの大勝だった。
シュトラスブルグ市にはまだ守備兵力が残っているだろうが、しかしこれでその兵力は都市から離れることが出来なくなった。つまり、ドレイク軍はカナリア公国軍六万のうち一万を無力化することに成功したということだ。
カナリア軍はまだ五万残っている。しかし、千七百対七千でほぼ完封し、残りの三千も身動きを取れなくした。これは戦意高揚するに足る戦果と言って良いだろう。
だがこれが、計算外の問題を生んでしまった。
シュトラスブルグ郊外の戦い(三方ヶ原の合戦)の結末。
少数部隊、輜重隊、商隊などに対する襲撃。
そして、諜報・索敵部隊の未帰還。
カナリア国内でドレイク軍が自在に跳梁跋扈している。
この事実を前に、カナリア公国首脳部は、かなり思い切った手を打ってきたのである。
◇◆◇ ◆◇◆
「アディ、聞いた?」
「あぁ。理に適っているけど、三十分の一の戦力相手に採る手じゃないよな」
カナリア公国は、地方軍三万を、公都カノゥスに集結させることにしたのだ。
ドレイク軍の目的は、公都カノゥス。もっと言えば、そこに幽閉されているルーナ王女。
なら、変に戦力を分散させるより、カノゥスに集めれば、カノゥス常駐軍一万三千と合わせて、ドレイク王国側の小賢しい戦略・戦術など数の差で圧殺出来る。
「アディ。戦前『賭けても良い』とか言ってなかった?」
「言ってた。完全に読み違った。賭けをしないで良かったよ」
だが、こうなったのはドレイク軍の通商破壊戦が功を奏し、また情報戦で上を行っていた為カナリア軍がドレイク軍を捕捉出来ないというのが理由なのだ。
捕捉出来るのであれば、相応の戦力で迎え撃つことも考えただろう。だが、捕捉出来ないのなら地方への部隊派遣は各個撃破の対象にしかならない。当然のことだ。
「なら、どうする?」
読み違ったのなら、戦略を立て直す必要がある。ルビーはそう認識し、アディに決断を迫った。が。
「実は、この状況からでも完勝出来る作戦は、無い訳じゃないんだ」
◆◇◆ ◇◆◇
ドレイク王国側の斥候部隊の活躍で、早期にカナリア軍の戦略を読み取れた。言い換えれば、まだカノゥスに全軍が集結している訳ではない。
なら、地方部隊のカノゥスへの移動経路を狙い撃てば、かなりの確率で勝利出来る。
ただ、その場合連戦になる。兵力の損耗も蓄積されるだろうし、何より疲労の蓄積が大きい。最終的にカナリア軍各地方面軍三万を全滅させることが出来ても、ドレイク軍が半壊したら、この戦はドレイクの負けなのだ。
その一方で、今回のカナリアの選択を放置しておくと、どうなるだろう?
当然、純戦力でカノゥスを陥落することは不可能になる。
しかし。
今は旧暦で秋の三の月(新暦で10月)。つまり、収穫の季節である。
この時期に、長期間労働力を中央に召集されたのでは、地方が困る。
また、収穫の季節ということは、公都カノゥスの備蓄倉庫が空に近くなっているということでもある。
人口十二万ほどの都市が、公都駐在の一万三千と合せて四万強の兵士を、どれだけの期間支えることが出来るか?
そしてドレイク軍が通商破壊を続ければ、いつまで待ってもカノゥスの倉に一粒の麦も納められないのだから。
だが反面、ドレイク王国軍側にも同じことが言える。
収穫の季節に人手が必要なのは、何処の国も同じ。
そんな時期に、遠い外国で、やっていることは野盗の真似事(「通商破壊」と言えば聞こえは良いが、実態は略奪と放火だ)。
だからこそ、寧ろ士気を維持する目的で、カナリア軍と(戦略上無用の)交戦を繰り返していたのだ。
その小競り合いさえなくなり、やることが輜重隊と商隊に対する襲撃だけになれば。
おそらく、カノゥスが干上がる前にドレイク軍が内部から崩壊する。
◇◆◇ ◆◇◆
「よし、決めた。
撤退しよう。」
(2,989文字:2016/09/24初稿 2017/09/30投稿予約 2017/11/09 03:00掲載 2017/11/10誤字修正)
・ QDカップリング・コネクターは、コネクター部が輪状になっている為、横からの衝撃で歪んでしまう危険があります。そしてその結果、「外れなくなる」のです。むしろ接合性に関しては、歪んでしまった方が(外れない分だけ)強固になる、とも。
・ 竜爪製のハルバード。突き(神聖鉄製の穂先)・薙ぎ払い(方天戟のように竜爪を外に向けて設置)・ひっかけ(鎌の様に竜爪を内側に向けて設置)の三通りの使い方が出来ます。騎乗戦で一番使い易いのはひっかけでしょう。
・ 厳密にいうと、小麦の収穫期は5月から9月(品種と地域により誤差あり)です。10月は収穫した小麦を熟成させ、(年貢として)出荷する時期です。けれど日本人読者を念頭に、わかり易く「収穫の時期」と表現しています。
・ 日本の戦国時代の戦略教義は、「攻めの戦は収穫期に、守りの戦は農閑期に」というのだそうです。




