第23話 カナリア公国
第06節 囚われの姫と白馬の騎士(前篇)〔2/7〕
「『第二次アプアラ独立戦争』後、ドレイク王アドルフとフェルマール王子ムートの名で、カナリア公国に使者を派遣した。
使者が伝えた内容は、フェルマール王国王女ルーナ姫を、フェルマールの正統な王権継承国であるドレイク王国への帰還を認めること。それが叶わないのなら、せめて家族であるムートたちの許に一時訪問することを認めることだ」
新暦2年9月14日、カナリアからの書状が来たことに伴い、ムート他旧フェルマール王族とドレイク王国首脳陣は、会合の場を持つことになった。
「それに対してのカナリアからの書状は、ドレイク王である俺宛てではなく、亡国フェルマールの裔であるムート宛てだった。
内容は、要約すると二点。
一つ、ルーナ王女の現帰属国はカナリア公国であり、国外に出る理由はない。但しムート王子やロッテ王女がルーナ王女に会う為にカナリアに来ることは妨げない。
一つ、ドレイク王国なる国の建国は認めない。そしてフェルマール王国の王権の正統継承者は冒険者アドルフではなく、ムート王子でさえなくルーナ王女である。よって、王権の象徴たる宝剣『ゴルディアス』は、カナリア公国に帰するべきであるから早急に引き渡すように」
書状の内容を明かすと、(既に内容を読み知っているムート――ムート宛てなのだから当然だが――以外の)全員が、憮然というか、困惑というか、否、何よりも憤りを込めた表情で、こちらを見ていた。
「何よ、それ。
つまり、私たちがカナリア公都に行って頭を下げれば、ルーナ姉さまに会わせてあげても良い。『ゴルディアス』は問答無用で寄越せ。そういう訳?」
スノーがこの書状の内容を、綺麗に纏めてくれた。
しかし、『ゴルディアス』がフェルマールの王権の象徴、というのは、俺とムートがあの時でっち上げただけの話なのに、それが真実として認知されているのが笑える。なら、将来フェルマールが再興されることがあるのなら、それはカレンの子孫が興す国、ということになるのだろうか(俺たちは『ゴルディアス』をカレンに譲渡したのだから)。
「ねぇアディ。フェルマールって長子相続だったの?」
西大陸出身のサリアが、疑問に思ったことを言の端に乗せる。
「否、男系相続だよ。
東大陸では男尊女卑の傾向が強いから、万一女王を立てたら王配の扱いが面倒になるだろう?
だから、東大陸に女王を立てる国は無いよ。
……ドレイク王国なら、女王が立っても支持が貰えそうだけど」
ドレイクの場合、男女同権というか、女性優位というか、女は強しというか、女性が男に負けていないから、女王が立ったとしても不満を圧殺するレベルでの支持を得られるだろう。そして王配(女王の夫)も、立つ瀬が無くなるか、それとも意識して女王を支える役目を自らに任ずるか、どちらかになると思われる。
もっとも、その時はメイドが女王になるという、どこぞの悪の秘密結社みたいなことになりそうだが。
「だとすると、カナリアの意向って単に――」
「そ。言いがかり。
その上俺のことは相手にしないとまで言ってきた。
使者を無事に返すという、外交的儀礼だけは守ってくれたようだけど、それで帳消しに出来る遇し方とは言えないよね」
「ところでアディ君。昔から気になっていたんだけど」
「何ですか、セラさん」
「カナリア公国って、どうして執拗にフェルマールを狙ってくるの?」
そうか。地方の男爵夫人の立場ではそれを知る由もない、か。
「そういえば、俺が騎士やっていた頃の貴族教育でも、その話は出なかったな」
「じゃあアディも知らないのか?」
と、ルビー。
「否、知ってる。
『ブルーノ・フェルマール公爵』、だろ?」
☆★☆ ★☆★
ブルーノ・フェルマール公爵。
フェルマール王国王家の祖先に当たる人物である。
彼は、カナン帝国の初代皇帝アレックスの妹を正妃に迎え、現ベルナンド地方に封じられた。但し、正妃との間には子に恵まれず、側妃との間に生まれた子が公爵家を継いだと伝えられる。
★☆★ ☆★☆
「カナリア公国はカナン帝国の正嫡を自称しているけれど、その実全く連続性が無いことは周知の事実だ。
一方フェルマール王国王家とカナン帝国皇家は、血縁こそ無いけれど無縁とも言い切れない。
だからこそ、ファルマール王家の血を取り込んでカナン帝国皇家との縁を公国に齎し、自国の根幹を強化したいんだろうね」
なお、アレックス帝の血縁者の子孫として、確認出来ている一族もある。
スイザリア王国の外れにある温泉町ウィルマー。そこにある温泉宿【銀渓苑】の亭主一家。彼らは入間史朗とアレックス帝の従妹の間に生まれた子を始祖(銀渓苑の二代目)としている。現在の歴史書や銀渓苑の縁起に入間氏の細君の名は残っていない為、おそらく誰も知らない(銀渓苑の女将は薄々そのことに気付いているのかもしれないけれど、気にする素振りも見せていない)のだろうが。
「……アディ、学んでいないことを、何故お前はそこまで詳しく知っているんだ?」
「昔の呑み友達が、酒の席の与太話として教えてくれた。酔ってはいたが、戯言と切り捨てるには事情に詳しすぎたからね。彼の立場を考えても、知っていて当然の話だったし」
その呑み友達が、元アレックス帝の知恵袋たる『大賢者タギ』であり、現在は『廃都の王』と呼ばれているとは、敢えて告げる必要はないだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
「ともかく。これで交渉は決裂した。
そして、シェイラからの報告で、ルーナ王女自身の意思も確認出来ている」
「姉さまは、なんて?」
「家族の許に帰りたい。
それが叶わないのなら、せめて政治とも国とも関わりなく静かに暮らしたい。
それさえも叶わないのなら、いっそ殺してほしい。
ルーナ王女は、シェイラにそう言ったという」
「そ、……そんな――」
「けど、ルーナ王女はもう五年近くカナリア公国にて幽閉されているものの、現在に至りまだその貞操は無事なようだ。だから幽閉され続けているとも言えるけど。
もし『死にたい』というお気持ちの方が強ければ、既に自害なさっている筈だ。
そう考えれば、まだ希望を持っておられる何よりの証。
長い間、姫を待たせた。
そのことでご気分を害されたと仰せなら、如何様にも謝罪しよう。
けど、それは全て姫を約束の地にお連れしてからの話。
さあ、皆で姫を迎えに行こう。
ボルドでの2年、ネオハティスで3年。そのうちドレイク王国建国から1年。
この5年の歳月をかけて揃えた力と共に」
ドレイク王国は、はじめから「ルーナ王女が心穏やかに過ごせる地」として、建国を目論んだ。
今ではより多くの人の夢と希望が息衝いているが、それでも当初の目的が喪われた訳ではない。
機は熟した。
ドレイク王国は、全軍を挙げてルーナ王女を迎えに行くのだ。
(2,706文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/09/16初稿 2017/09/30投稿予約 2017/11/01 03:00掲載 2021/03/18脱字修正)
【注:「メイドが女王になるという、どこぞの悪の秘密結社みたいなこと」というのは、〔林トモアキ著『お・り・が・み』シリーズ 角川スニーカー文庫〕(というか続編シリーズ『戦闘城塞マスラヲ』以降)に於ける、魔殺商会のメタファーです】




