番外篇6 王族兄妹の学校生活(後篇)
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次話より始まる「第06節 囚われの姫と白馬の騎士」より、更新時間を午前03時に戻します。
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リーフとフェルマールの確執について、双子はフェルマールが正しいという立場で論争をするという、『ディベート実習』。けれど、これは双子にとって「難しい」という言葉では表現出来ない難題だった。
だって、そうだろう? 抑々フェルマールが悪いことは間違いないんだ。それは疑う余地もない事実。なのに、その悪であるフェルマールが正しいという立場で、リーフが正しいという立場で主張する相手を論争で言い負かさなければならない。そんな、「白は白」だと言う相手に対し、「黒は白」だと証明しろと言われたようなものだ。どうすれば良い?
二人は、護衛騎士たちに、話を聞いてみた。フェルマールが正しい、という可能性はあったのだろうか? と。しかし、騎士たちも皆「考える余地もなく、フェルマールに理はありません」と答えた。なら、調べるだけ無駄じゃないか。
そうして二日。何も進まずに頭を悩ましていた時。
「どうしたの?」
声をかけて来た女がいた。
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年の頃は、20を超えているだろう。双子にとっては大人の女。けれど、貴族らしさの欠片もない、おそらくはどこぞの職人の若女房。
学もないであろう、こんな女に声を掛けられること自体を双子は屈辱と捉えたが、何となく愚痴を零すつもりで、『ディベート実習』の話をしてみた。
それに対し、女が応えて曰く。
「あのね、遠い国には『盗人にも三分の理』って言葉があるの。
泥棒って、誰が見ても悪い人でしょう? でもね、泥棒が泥棒するのも、何か理由はあるんだよね?
なら、それを考えてみる必要はあるでしょう?
それが、同情に値する理由だったとしても、泥棒したことを赦してあげる理由になるとは限らないけれど、それでも理由を知らないと本当の意味で裁くことも出来ないの。
けどね。『泥棒は悪い』って思ったまま泥棒が泥棒する理由を調べても、どうしてもその泥棒が悪いっていう結論を補完する事実しか見つからないわ。
これを『確証バイアス』って言うんだけどね。
ならいっそ、自分の立場を一切忘れて、一時その泥棒本人か、泥棒の家族になったつもりで泥棒の気持ちを考えてみると、今まで見えなかったものも見えて来るわよ」
泥棒の家族になったつもりで、リーフとの確執を見直してみる。
もし、自分がフェルマールの王子だったとしたら。国王がリーフを攻めると聞いたら、何と答えるだろう? そう考えたレーヴィは、
「もし私が泥棒の家族だったなら、決してリーフ侵略を認めさせません」
「それは、キミが今リーフの王子だからそう思うんでしょう? フェルマールの王子だったら、っていう立場で考えていないじゃない。
だって。
フェルマールは、リーフの内情をどれだけ知っていたの?
フェルマールは、リーフのことをどう思っているの?
フェルマールは、何を求めてリーフを攻めたの?
このゲームで、キミたちが考えるのは、そういう立場なの。
簡単に言うと、『フェルマールはリーフのことをどれだけ知っていたか』を知りなさい、ってこと。『フェルマールはリーフの何を知らなかったのか』を知りなさい、ってことなの」
その言葉を聞いて、レーヴィは、そしてサイラも。気付いてしまった。
自分たちは、結局のところフェルマールのことを何も知らないのだ、ということに。
それは同時に、自分たちがリーフのことを何も知らない、ということと同義だった。
自分たちの知るリーフは、全てが素晴らしく、全てが正しい。
にもかかわらず、フェルマールをはじめとする周辺国の圧力で、不遇を強いられた国。
けど、本当にそうなのか?
だって、今でさえそうじゃないか。
もしリーフとドレイクの立場が逆だったら。
ドレイクの王子(いないけど)をリーフに呼んで、その王子に教育を施すか?
施すのだとしたら、リーフが正しい、ドレイクが間違っているといった内容の教育だろう。
平民たちと共に勉強をする。これも屈辱的に思うが、見方を変えれば平民たちが王族と同等の教育を施されている、ということだ。こんな国、何処に侮る理由がある?
双子たちは、ここにきてようやくその事実を気付かされたのだ。
「面白いことを教えてあげる。
ビジアの領主夫人。『賢者姫』と呼ばれているわ。
そしてうちの王様は、『賢者姫の兄』と呼ばれているの。
けど、それは事実の一面に過ぎないわ。
正しくは、『賢者姫はドレイク王の最初の生徒』なのよ」
それはつまり、この学校。
否、ドレイク王は、国民全てを『賢者姫』にしようとしているということだ!
賢者姫一人の為に、リーフはフェルマールに止めを刺すことが出来なかった。
なのにこの国は、国民全てをそうしようとしている。
更に恐ろしいのは。
『賢者姫』を育成する教育機関に、敵国民である筈の双子を招いているということだ。
確かに、自分たちはフェルマールを、そしてドレイク王国のことを何も知らない。
ドレイク王は何を考えて、自分たちにこの教育を受けさせるのか。
なら、それを知る為にも。
学べる限りのことを学ばなければ。
レーヴィ王子とサイラ王女は、自国の為に、本気で学ぶ決意をしたのであった。
◆◇◆ ◇◆◇
「これを以て、ディベートを終わります」
一週間後。ディベート実習で。
百姓の息子ピートと職人の娘ターニャは、見事な論理でリーフの主張を証してみせた。資料が少ないリーフの内情を良く調べ、リーフがアプアラの領有を求める動機を理と情の両面から説明してみせた。
完全な第三者がこのディベートを聞いていたら、リーフの為にアプアラを割譲するべきだと思うだろう。
対して双子たちは、残念ながら通り一遍の主張をしか出来なかった。ただの拡張主義と断じ、途端「ではリーフではなくカナリアなりリングダッドなりを攻めた方が得る物が多いのではありませんか?」と反論され言葉を失ってしまった。
けど、ディベートの勝ち負けは、当事者の優劣を示さない。
双子にとっては、平民でさえそこまでリーフの事を知り、そこまでリーフの内情を理解しているという事実に驚愕し、また自分たちの見方に偏りがあることを自戒することが出来たのである。
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レーヴィ王子。
八年間の留学期間を超えても本国に戻ることを頑なに拒否し、そのまま駐在外交官として(新暦5年に完成した)ドレイク王都で更に四年勤務を続けた。
即位後はドレイク王国と友好的な関係を築く。
レーヴィの帰国後、即位する前後から、急速にリーフの生活環境が改善され、リーフ王国中興の祖として歴史に名を遺すことになる。
サイラ王女。
ドレイク王国初の、外国籍有翼騎士に任じられ、後に「メイド姫」と呼ばれるようになる。
留学期間、そしてレーヴィ王子が外交官としてドレイクに駐在する期間、騎獣である有翼獅子を駆ってドレイクとリーフを往復した。
レーヴィ即位後、リーフ国内でグリフォンの人工繁殖に成功。
ドレイク王国に匹敵する空軍国となる基盤を作り上げた。
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(2,975文字:2016/09/11初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/28 07:00掲載 2017/10/28後書修正)
・ 神の視点で、リーフ問題を見ると。重税に苦しんでいたフェルマールの民が、故郷を捨てて北に落ち延び、東カナン王国の落ち武者たちと合流して作った国です。ですから、「フェルマールの民が開拓した土地」というのも(フェルマール王家の視点では)間違いではないんです。リーフの民は心情的に絶対認めないでしょうが。一方アプアラ地方は、リーフからの開拓者(リーフ王国政府からの支援なし)とビジアからの開拓者(フェルマール王国政府からからの支援あり)が入り乱れている為、線引きが難しくなりますが、公的支援のあったフェルマール(ビジア)に属すると考えるのがこの場合正当でしょう。
・ 確証バイアスを回避する為のリテラシー教育としては、ディベートなどのロールプレイが有効であると筆者は考えます。
・ 後年、リーフ王レーヴィの正妃となったのは、サイラ王女の同僚であった、リーフ王国駐留ドレイク王国有翼騎士の一人(実家は革職人)でした。なお、有翼騎士たちは外国に於いては「騎士爵」として扱われ、友好国の王家・貴族(並びに国内の領有貴族)に数多く嫁ぐことになります。言い換えれば、ドレイク王国にとって「騎士爵」という爵位は、女性の結婚に際して国が用意する嫁入り道具の一つ、なのかもしれません。
・ アディとサリア、ある日の会話:「サリア、双子に高説ぶったんだって?」「ちょっとヒントを出してあげたくって」「確証バイアスなんて、サリア良く知っていたな」「……リリスが作った教科書(教師用指導メモ付)に書いてあった」「なんだ、カンニングか」「うっさい!」




