番外篇6 王族兄妹の学校生活(前篇)
〔1/2〕
次節より、更新時間を午前03時に戻します。
◆◇◆ ◇◆◇
リーフ王国のレーヴィ王子とサイラ王女がネオハティスに来たのは、新暦2年8月26日(カナン暦707年秋の一の月の18日目)である。リーフ王都ワルパから、アプアラ王都ウーラ、ビジア領都オークフォレスト、そして独立都市ボルドを経由して、大凡1ヶ月半の旅だった。
ネオハティスの初等学校の、後期(二学期制)の授業は秋の一の月の24日から始まるのだという。何故そんな中途半端な時期に? と二人は思ったが、暦そのものが違うと聞かされ、更に首を傾げたものだった。
ネオハティスには児童養護施設はあるが、王族二人をそこに住まわせるのもどうかということで、彼らの為に住居を用意された。
捻れば水の出る水道、スイッチを押すと加熱出来る調理器具、揺らぎの無い照明など、信じられないような設備であり、寧ろ使用人たちの仕事が半分以上必要なくなっているということで、その技術レベルの高さが窺えた。
秋の一の月の22日。二人は初等学校の入学に先立ち、学力判定試験を受けさせられた。
当然王族だから読み書きや計算、歴史などの通り一遍の学問は熟しており、試験そのものは簡単に終わらせることが出来た。
護衛騎士たちは「王族を試すなんて!」と激昂していたが、蓋を開けてみれば、「満年齢10歳クラス」(ここでは「5年生」というらしい)つまり年齢相応のクラスに編入されることになったのである。
◆◇◆ ◇◆◇
授業が始まり、双子も教室に通うようになった。
二人が驚いたのは、この教室に貴族も騎士もいないということだ。
これは、ドレイク王国が文字通り新興国であり、爵位を持つのは建国前から国王を支えた譜代の戦士と旧フェルマール王族だけであり、今の初等学校には貴族の子弟はいないのだという。
貴族がおらず、その代わりに百姓や商人、職人の子供たちが普通に机を並べている。
そして、その講義内容。
読み書きは、ワルパの王宮にいた家庭教師が二人にしていた講義内容とほぼ同じ。
計算は、図形などの大きさを求めたり、グラフの描き方などと言う聞き覚えの無いものまでも学ばされたりすることになった(計算を究めれば魔法をも打ち消せる。そう言ったのは、百姓の息子であるピートであった)。
その他にも、魔法理論。これは、二人が神殿の教育神官から学んだこととはまるで違っていた。ここでは、呪文は一切教えないのだという。「理論から入るから、呪文は取り敢えず忘れなさい」そう言った教師の言葉が、印象的だった。神殿の教育神官は、座学は「火は水に弱い」とか、「呪文にこの句を入れるのはこういった意味がある」などという説明をしていた。しかしここでは、「大気に風の精霊が少なくなると、水の精霊が宙を舞い風の精霊の代わりをする」などという信じられないことを教えていた。しかもそれを、魔法を使わず実証してみせたのである。
他にも、水は多くの火の精霊の前では消滅する。けれど、ここでは「消える」のではなく「大気に溶けて風と共存する」と教える。実際、水が減っていくときに、その上に手を翳すと手が濡れた。確かにそこに、目には見えずとも水の精霊がいたことを、大気に水の精霊がいることを、魔法に頼らず理解することが出来た。そのとき双子が感じた衝撃と言ったら!
体育と称した運動は、男女の別なく行っていた。
音楽の時間は、皆で楽器を演奏したり、歌を唄ったり。ときにはボルドから音楽家を招聘し、その演奏を聴いたり。
そして昼。児童は全員、給食という、食糧の配給を受け取ることが出来た。
それも、パンに肉に野菜、乳に果物と、多くの種類の食材が、少しずつ盛られた皿だった。
これは、残すことを禁じられた。何故? 皿を空にしたら料理人に失礼じゃないのか? 二人はそう思ったが、教師曰く「児童に必要な量を計算して用意している。選り好みすることも、残すこともキミたちの身体に良くないから、ちゃんと全部食べなさい」と言われてしまった。
ともかく、王宮の食事より量はともかく種類は豊富であり、また毎食違ったメニューが供される。次第に明日の給食は何だろう? と楽しみにするようになっていった。
課外活動と称して、学校が所有する菜園や畜舎の世話をしたり、鍛冶師や大工の仕事を学んだり。或いは本職の冒険者や騎士たちから、剣技やその他の戦い方を学ぶことも出来た。
◆◇◆ ◇◆◇
だが、双子が最初に啓蒙されたのは、社会の時間だった。
「では、ここに丁度リーフ王国の王子様と王女様がいらっしゃいますから、フェルマールとリーフ王国の国境紛争について、ちょっと勉強してみましょう」
普段は双子のことを「王子様・王女様」などと決して呼ばない教師が、その日そんな話題を振ってきた。
「レーヴィ王子、サイラ王女。どちらでも構いませんが、リーフ王国とフェルマール王国の確執について、少し説明してもらえませんか?」
双子は顔を見合わせ、レーヴィが代表して立ち上がった。
「両国の確執の中核となっているのは、現アプアラ領だ。
リーフ王国の独立はカナン暦565年。東カナン王国の民が、本国消滅後この地に落ち延びて国を興したのが始まりだ。
だが、フェルマールはここを、古来のフェルマールの領土と主張し、ここに派兵してきた。
リーフはこの侵略者の攻撃に対し国民の総力を以て抵抗し、ついには王国の独立を認めさせるに至った。
しかし、なおフェルマールはリーフに難癖をつけてきた。それがアプアラの帰属権だ。
611年に、リーフはフェルマールに対しアプアラの領有を認めさせた筈だが、662年の戦争で改めてフェルマールはアプアラ領を奪取した。
先年の戦争の経緯を問わずとも、アプアラ領がリーフの領土であることは、この通り確定的に明らかだ」
「レーヴィ王子、有難うございます。
では、皆さんに宿題を出します。
来週、『ディベート』の実習を行います。
ピート、ターニャ。貴方たちは『リーフが正しい』という立場で、論争する準備を整えてください。
レーヴィ王子、サイラ王女。お二人は『フェルマールが正しい』という立場で、論争する準備をしてください。
お二人は、ご自身の国の行いが間違っていると考えるのは納得がいかないかもしれません。けれど、この授業は遊びのようなものです。どちらの意見に説得力があろうとも、それは歴史の結論ではありません。だから、お二人も、なり切ってみてください。
このディベートの授業で一番いけないことは、『自分の本意とは逆の意見の立場だから、いい加減な発言で良いだろう。言い負かされれば結局、自分たちが正しいということが証明されるのだから』などと考えてしまうことです。けど、それでは面白くありません。
遊びなら遊びらしく、真剣勝負。
徹底的になり切って、お二人はフェルマールの立場から、リーフの立場を論破してみて下さい。ピートとターニャは、リーフの立場から、フェルマールの立場の御二人を論破するように下調べするでしょうから」
この実習に、どのような意味があるのか。
双子たちはわからない。けれど、遊びと割り切って、色々調べてみようと考えたのであった。
(2,983文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/09/11初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/26 07:00掲載 2021/03/18衍字修正)
・ 双子が入居した家は、ネオハティスでも最新式の魔力住宅です。魔石動力の羽根車式動力ポンプによる揚水、〔加熱〕の魔石を使ったクッキングヒーター、〔アイテムボックス〕の魔法がかかった食料保存庫など、平成日本の住宅に匹敵(一部は凌駕)するほどの設備が整っています。
・ 平成28年09月現在の日本では、「孤児院」という名称は放送禁止用語となっており、「児童養護施設」と言い換えられております。が、ネオハティスの「児童養護施設」は、孤児だけではなく、旅商人や冒険者、或いは軍役などにより一時的に親が不在となる子供が入居(有期居住)する、「孤児院」とは別個の施設を指して言います。
・ 双子が編入した初等学校の児童には貴族またはその子弟はいませんが、初等学校卒業後に進学する高等学校の生徒には、元フェルマール王子のムート並びに王女のロッテ(現在の爵位はともに子爵)がいます。ちなみにドレイク王国の学制は6-6-4制です(義務教育は初等教育課程のみ)。なお、「児童」「生徒」「学生」の違いは、敢えて注釈する必要はないですよね?
・ 給食お残し禁止について。現代はアレルギー問題がありますから、無理に食べさせることで別のトラブルが生じますが、アレルギー自体が現代病。昔は殆どありませんでした。また、不足した栄養素を本能に頼って補給(疲れた時は甘いモノが欲しくなる、ときどき無性に柑橘系の果物が食べたくなる、など)する時代では、偏食は命に関わります。だから子供には、偏食しないような食育が必要になるのです。
・ 現在日本の学習指導要領では、ディベートは中学での学習内容に含める場合が多いようですが、それ以前にディベート教育が出来る教員の数が少ないのも問題でしょう。




