番外篇5 メイドは語る(後篇)
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ネオハティスの町が拓かれた時。
アディ様は仰ったそうです。「力弱き女性でも戦える力を」と。
その言葉を聞いた時、我が意を得たりと感動に打ち震えたものでした。
剣は、女の力ではどうしても男に敵いません。
ルビー様も、その剣技で多くの男たちを圧倒します。競技会では敵なしでした。
けれど、分厚い鎧を着こんだ男騎士を、正面から打ち倒すことが出来るか、と問われれば、難しいとしか答えられないでしょう。細かい傷を与えることは出来るでしょう。けれど、実戦の場合最後に立っているのは男騎士、となる場合の方が多いとルビー様も仰っておりました。また逆に、分厚い鎧を着こんで戦えば、当然ながら男騎士よりも先に体力が尽きてしまいます。
では弓は? と問われても、女の細腕で強弓を引くことは出来ません。近距離で使う短弓が関の山。
その他の武器も、大なり小なり女の力では真価を発揮し得ないモノばかりです。
だからこそ、力ではなく業でそれを補うことが出来る、薙刀術や棒術は、私たちにとっては値千金だったのです。
そして。アディ様達が『竜の山』から戻って来られた時。
同行されたサリアさんが、私たちの蒙を啓いてくださいました。
サリアさんは飛竜の卵を温め、また一角獣と友誼を結んでおいででした。お話を伺ったところ、その他にも牡魔牛とも友好的に接することが出来たとか。
アディ様が迷宮主となられ、魔獣たちとも親密な関係を築かれるのであれば。私たちもサリアさんのように魔獣に受け入れてもらえるかもしれない。
それは確かに光明でした。けれど、残念なことに、その足掛かりになるものは、何もなかったのです。
サリアさんのように、状況が悪化したとしても、魔法を使って身を守ることも出来ません。
リリスさんから学んだ棒術も、魔獣相手には役に立たないでしょう。
では、どうすれば良いのか。
それから暫くの後、シンディさんたち鍛冶師ギルドの方々が、アディ様と共同で「魔力銃」というモノの開発に成功なさいました。
そして、それを契機にネオハティスに於いて、騎士団を創設するという話を伺いました。
創設される騎士団のうち、「有翼騎士団」は、女性騎士団なのだそうです。
有翼獅子に跨り空を駆け、情報伝達と物資の輸送を主任務とし、状況に応じて戦闘にも参加し地上の騎士たちを支援する。
それは、私の求めているものの“全部盛り”です。
侍女として、ご主人様の征く先に共に行ける翼を持つこと。
ご主人様の求めるものを揃え、必要な場所に運ぶこと。
そして、ご主人様を護る為の戦いに参加すること。
その為に必要なことは、グリフォンに認められること。
なら、認めてもらいましょう。
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魔獣と向き合う。
そこに、恐怖が無かったと言えば嘘になります。けれど、リリスさんの威圧に比べれば、グリフォンの威圧など微風程にも感じません。
グリフォンは、昔から「王にのみ従う魔獣」と謂われていました。勿論、グリフォンを従わせることが出来た王などこれまでおらず、敢えて言うなら竜王にのみ従っておりました。
けど、今。このグリフォンは、従うべき王としてアディ様を認めておいでです。
なら、私にとってグリフォンは、従えるべき相手ではなく、同じ主に仕える同僚というものでしょう。
上下関係ではなく、対等な相棒として。
それこそが、私の求めるものなのですから。
グリフォンからの試練は、鞍を付けずにグリフォンに乗ることでした。
馬もそうですが、全ての生き物は背中に他の人を乗せるようには出来ていません。
ですので、たとえば裸馬に乗るというのは、とても危険なことなのです。
そしてグリフォンの背は、裸馬とは比較にもならない程乗り心地が悪いでしょう。ましてや、グリフォンは空を飛ぶのです。
私に出来ることは、ただ共にあることだけでした。
従えるのではなく、屈服させるのでもない。
慈悲を請うのでもなく、赦しを求めるのでもない。
ただ対等な相棒として、信じ、任せること。それが、私の出来た全ての事だったのです。
グリフォンは、空を飛びます。
大きく旋回し、天高くを目指して上昇し、また地面目がけて急降下します。
旋回した時は、振り落とされないようにしがみ付くことしか出来ません。
上昇した時は、生まれて初めての高空に、目が回りそうでした。
急降下した時は、このまま地面に激突したらどうなるのかと思うと、恐怖で胸の鼓動が止まるかと思いました。
けど、しがみ付くことしか出来ないのなら、ちゃんとしがみ付いていれば、旋回しても振り落とされることはありません。
グリフォンは、自身が昇れぬ高みまで昇ることはありません。なら、そこはグリフォンが辿り着ける高みなのです。
急降下した時も同じです。グリフォンが自殺をしようと目論んでいるのでもない限り、どれほど怖くても、そこに危険がある筈がないのです。
要は、グリフォンを信じられるか。
「魔獣を信じる」などと言えば、正気を疑われることでしょう。しかし、同じ主に仕え、同じ仕事をすることになる同僚を信じるのは、なにも不思議な話ではありません。
気が付くと、私は試練の最中であることも忘れて、グリフォンに語り掛けていました。
ねえ。
貴方はご主人様とともに、どれほどの高みまで昇れるの?
貴方はご主人様に求められたとき、どれほどの迅さでご主人様の許に駆け付けられるの?
ご主人様の敵が強大ならば、貴方は怯まずに戦える?
一緒に行きましょう。ご主人様の征くところに。
貴方の足りないところは、私が補ってあげる。
だから、私の足りないところを、貴方が補って。
そうして私は、翼を得たのです。
ドレイク王国の、有翼騎士として。
(2,667文字:2016/09/10初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/24 07:00掲載予定)
・ グリフォンからの試練に際しては、当然ながら命綱は付けています。
・ グリフォンは、己を服従させようとする相手には、死んでも屈することなく、逆に抵抗することを諦めた相手には、決して容赦をしません。そして歴史上、グリフォンに対して「寄り添おう」と思って接した人はいませんでした。その為、「何者に対しても頭を垂れぬ、傲慢な魔獣」と言われていたのです。




