番外篇5 メイドは語る(前篇)
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私の名は、アナ。
以前はフェルマール王国第二王女ルシル様の離宮に勤務する、侍女でした。
実家は代々王家に仕え、その為ルシル様直属となることが出来た時は、それを当然のこととして受け止めておりました。
また、ルシル様が西大陸に留学するという時。その随行に選ばれた時は、自分で望んだことながら、選ばれたことを誇りに思ったものです。
その誇りに亀裂が入ったのは、アレクサンドル・セレストグロウン騎士爵の家族と面会した時でした。
セレストグロウン卿は『家族』と仰っておいででしたが、その内実は従者と侍女と専属鍛冶師。三人とも女性でした。
特に、その従者はまだ幼さも残る、猫獣人の奴隷少女。セレストグロウン卿の歳は、当時まだ16の筈なのに、獣人奴隷を連れ歩くような男だったのか、と、軽蔑の眼差しで見詰めたことを、今でも覚えております。
ところが。その面会時に侍女と名乗ったリリスさんの殺気が膨れ上がった際。
私はそれに一瞬も抗し得ず、魂を飛ばしてしまいました。
私が次に意識を取り戻した時は、全てが終わった後。
もしセレストグロウン卿やリリスさんがルシル様に悪意をお持ちだったとしても、私は何も出来なかったことでしょう。
あの時、私は弱い自分が赦せなくなりました。
侍女は、戦闘職ではありません。だから、戦えないこと自体は、恥じることではないでしょう。
けれど、ルシル様のお傍に“侍る女”が、ルシル様の身に危険が迫ったとき、その盾になることさえ出来ないのなら。私の立場など、城に出入りする飯炊き女と違いはないではありませんか。
海を渡り、西大陸へ。
城にいた時、たくさんの侍女や侍従に囲まれていたルシル様ですが、留学時に身の回りの世話をする役目は、私の他メラという者だけ。一応同行のシルヴィア・ローズヴェルト卿の侍女たちと連携して、二人の貴人のお世話をすることになりましたが、それでも人数が少ないと、手が回らないことも多々ありました。
けれど、西大陸の学園の寮に入った後は、私たち使用人の仕事は激減します。ルシル様たちが講義をお受けになっている間、使用人の仕事は本当になくなってしまうのです。
では他の使用人たちは、何をしているのか。
寮で仕事をする者もあれば、学問や体術などの修練をする者もあるようです。なお、セレストグロウン卿の侍女であるリリスさんは、毎日自室で寝そべっていましたが、流石にこの人は例外でしょう。
私はこの時間、体術の鍛錬に充てることに致しました。
王宮勤めの侍女の常として、簡単な護身術程度は学んでいます。けれど、これでは足りません。リリスさんの威圧を受けてあっさり失神してしまうようでは、何の役にも立たないでしょう。
けれど、使用人には教師に教えを乞う権利はありません。必死に鍛錬を積んでも、成果があったという手応えは、いつまで経ってもありませんでした。
そして一年目の課程が終わったとき、事件が起きました。
キャメロン騎士王国の国王陛下がセレストグロウン卿を勧誘し、卿がそれを拒まれました。
それ自体は素晴らしいことではありますが、結果私たちは騎士王国に追われ、西大陸にはいられなくなりました。
その逃避行の最中、私たちはセレストグロウン卿に戦い方を教えてほしいと頼みました。ルシル様を支えるのが、私たちの役目。でありながら、私たちがルシル様達の足手纏いになってしまうという現状が、我慢出来なかったからです。
それに対してセレストグロウン卿は、私たちの手は剣を握る為のモノではないと言い、それを拒まれました。私たちが皆様のお荷物になってしまう、そう申したら「荷物を持たずに何処行けというのですか」と逆に問われてしまいました。
私たちは、それなら必要な荷物であり続ければ良い。そう納得したものの、けれど心のどこかでまだ不満が燻っておりました。
西大陸を離れ、東大陸に戻る時。
故国フェルマールの滅亡を聞かされました。
私たちには、もう戻る場所もない。
そんな、絶望に囚われかけた時、私たちに光明を見せてくださったのも、セレストグロウン卿、否、その時から「アドルフ様」となられた方でした。
騎士としてではなく一人の男として、姫ではなく一人の女性であるルシル様――スノー様――を守る。
そう仰ったその言葉は、それこそ私たちに道を示してくださったのです。
私たちがルシル様にお仕えしていたのは、ルシル様が王女だったからではありません。確かにきっかけはそうでしたが、そのお人柄に触れ、この方の為にこの命を使いたいと思ったからです。なら、「ルシル様」が「スノー様」になったからといって、何が変わるというのでしょう? 主従関係ではなく、友人関係になったとしても、私たちのすることは変わりありません。
ボルドに腰を落ち着けてから。
たくさんの仕事が私たちを待っていました。シンディさんの作った道具とアドルフ様から学び得た魔法で、城にいたときとは比較にならないくらい効率的に仕事が出来るようになりました。けれど、それ以上に多くの仕事が舞い込んできたのです。
それは、城勤めの頃とは違った忙しさであり、けれど違った意味で充実した日々でありました。
それでも。なお心に巣食う蟠りを解きほぐす為、執事奴隷のセバスとともに、リリスさんに棒術の教えを乞うことにしました。
棒術(杖術とも言うそうです)は、「突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀。杖はかくにも、外れざりけり」と謂われ、千変万化の型を持ち、また長柄武器の一種であることから、力のない女でも充分に効果を期待出来ます。殺傷の為の武器ではなく制圧の為の武器であることも、私にとっては嬉しいことでした。
(2,653文字:2016/09/10初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/22 07:00掲載予定)
【注:棒術(杖術)に関してはWikipedia「神道夢想流杖術」(https://ja.wikipedia.org/wiki/神道夢想流杖術)を参照しております】
・アディ:「アナ、リリスのそれは『殺気』じゃなく『妖気』だから。それに中てられて無事な人類は存在しないから。失神したことを恥じる必要ないから。お願いだから変な対抗心は持たないでね?」




