第21話 講和会議
第05節 intermission〔3/3〕
新暦2年6月18日(カナン暦707年夏の二の月の8日目)。
リーフ王国王都ワルパ内商人ギルド会議室に於いて、此度のアプアラ出兵の最終局面となる戦いが始まろうとしていた。
講和会議。
俺たちは出兵の目的を果たし、
リーフは敗戦の負債を最小限に抑える為の、話し合いという戦争だ。
実際、日露戦争の例に拠るまでもなく、戦闘に勝利した国が、その後の講和会議の結果なにも得るものがなかった(正しくは、戦勝国にとって益となるものが一切得られなかった、或いは敗戦国にとっては不可欠な何物も支払わずに済んだ)、となることも無い訳ではないのだ。
そして今日、大通りでリーフの武官が言ったとおり、リーフ本国軍は健在だ。なら、講和会議の行方が納得出来ないモノであれば、再び戦端を開いてでも、という話になりかねない。
言い換えれば、せっかく国王の心を折ったのに、講和の条件次第ではまたその心が奮い立ってしまうかもしれない。だとしたら、最小の犠牲で戦争を終わらせた甲斐がない、というものだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「まずは此度の戦争。これはアプアラの独立の為のものです。
それを関係諸国の共通見解としていただきたい」
会議は、俺のその言葉で始まった。
「アプアラは、歴史的に見れば我がリーフの一地方領だ。他国の者にその行く末を定めさせるつもりはない」
リーフ王エーリス・ラッパライネンの反論。だが、今となってはその言葉に意味がないことは誰もがわかっている。
「歴史を云々するつもりはありません。今のアプアラはリーフの統治を必要とせず、またアプアラに駐在するリーフ軍ではアプアラ領を守り抜く力がないことが此度の戦争で証明されました。それだけが事実です」
「仮に、ドレイク王の言葉が正しいのだとしても、リーフがアプアラの統治から手を引いたとして、では誰がアプアラを統治する? ドレイクやビジアが間接統治するのか?」
「アプアラはアプアラに委ねる。言った筈です、『アプアラの独立を関係諸国の共通見解とする』、と。我が国やビジア領から人材を派遣したのでは、『独立』とは言えないでしょう」
「しかし、現にアプアラを統治することが出来る者はいないのではないか? それとも、前領主のリクハルド・カトゥカ卿を呼び戻せというのか?」
「カトゥカ卿は、もう既にアプアラの治安回復の為にウーラで指揮を執っています」
「なっ! いつの間に?」
「我が軍がウーラに入城したその日のうちに」
これは、リーフ王も驚いたようだ。当然だ。カトゥカ卿の移封先からの連絡はない。カトゥカ卿とその家族を軟禁していた屋敷の警備兵らは全員死亡している以上、ワルパからの問い合わせの為の早馬を派遣しない限り、既にカトゥカ卿がその地を離れていることを、リーフ王が知る余地がないのだ。
「アプアラの事は、アプアラに。それだけです。
勿論、リーフ王国がアプアラと友好的な関係を築くというのであれば、我々がそれに干渉することはないでしょう」
「……致し方ない。アプアラの独立を承認しよう」
リーフ王が捻り出した、この一言。
これにより、我々のアプアラ出兵の目的が果たされたのであった。
◆◇◆ ◇◆◇
「続いて、戦費の清算に移りましょう」
「まずはそちらからの要求を伝えていただきたい」
戦争にはカネがかかる。そして、それは敗戦国が負担するのが当然のこととされる。
戦勝国側は実費の他に慰謝料的な上乗せをするのが普通であり、
敗戦国側は実費に至って可能な限り値切るのが普通である。
しかし。
ビジアが要求したのは、出兵に掛かった実費並びに死傷者に対する弔慰金の負担のみ。しかも、そのうちドレイク王国が肩代わりした分に関しては、資源――鉄、それも未製鉄の鉄鉱石――で構わない、と申し出た。
ビジア軍約三千。交戦期間(移動に要した日数を含め)僅か11日。
リーフは、ウーラ陥落後、アプアラ再侵攻を計画していた。その時の計画内容は、リーフ軍二万、予定交戦期間3ヶ月だ。その計画の予備日の分まで含めた予算を前提にモノを考えれば、ビジアの要求額はその千分の一にも満たない金額にしかならない。
本来戦費賠償というモノは、敗戦国の経済力に負荷をかけ、復興と再軍備を遅らせることも目的に含まれる。その為、莫大な金額を要求するのが当然のことなのである。
ところが今回のビジアの要求額は、今すぐ白金貨で支払うことが出来る程度。為替を切る必要もない(実際にそうしたら今度は現金不足で困ることになるから為替で支払われることになるが)。そしてドレイク王国に支払うことになる鉄鉱石も、今日中に手配が終わる程度の量でしかない。
つまり。
正に、ビジアにとって(というよりも、これは「ドレイク王国にとって」というべきだろう)、此度の戦争は「その程度」の意味しかないということなのだ!
莫大な賠償金を支払うことは、全力で回避すべき。
しかし、「賠償金などいらない」。そう言われた衝撃を、リーフ王エーリス・ラッパライネンはこれまで考えたこともなかった。
◇◆◇ ◆◇◆
「戦費賠償の代わり、と言っては何ですが。
レーヴィ王子とサイラ王女。
お二人を、ネオハティスに留学してもらっては如何でしょうか」
レーヴィ王子とサイラ王女。
現在数えで11になった、リーフ王国の双子の王族だ。
有翼騎士団による空襲を免れた、幸運の双子である。
言い換えれば、生き残った唯一(というか唯二)の王族である、ともいえる。
「最後の生き残りである二人を、人質として差し出せ、と?」
リーフ王が額に青筋を立てて、しかし口調だけは冷静に、確認してくる。
「人質とは人聞きの悪い。文字通りの留学ですよ。
当然、手紙の遣り取りを禁じるつもりもありませんし、検閲もしません。また、長期の休みにはワルパに帰郷することも出来るように手配しましょう。
逆に、リーフ王国のかたがネオハティスに来てくださったときにはいつでも面会してくださって構いませんし、護衛の騎士や使用人をお連れすることも拒みません。
……まぁ騎士や使用人は学舎の中には入ってもらっては困りますけれどね」
とはいえ。リーフ王の憤りの方が正当だ。
幾ら俺が「人質じゃない」と言っても、有事に於いては人質として機能してしまう。
また、二人は従前王位継承の可能性は殆どなかった(第四王子と第二王女だ)。しかし、たった二人の生き残り、となった以上、早急に王太子教育をしなければならないのである。その時間をドレイク王国に奪われ、変な思想改造でもされたら、次世代のリーフ王国がどうなってしまうのか。
何より。どれだけ気に食わなくても、リーフ王国側にこの提案に対する拒否権はないのだ。
拒絶するのなら、代替の提案が必要になる。そして、俺たちは「金はいらねぇ」と既に告げている。だとしたら何がある?
結局のところ。
幾つかの条件が追加されたものの、双子の留学は決定するのであった。
(2,973文字:2016/09/10初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/20 07:00掲載予定)
・ 草食の馬に比べて肉食のグリフォンは、食費が嵩みます。けど実数が少ないので、リーフ王国が予想した金額より遥かに廉く済んでおります。
・ ちなみに。ウーラの戦闘の初期にアナが拉致ったリーフの将軍は、この会談終了後解放されています。かなり怖い思いをしたようで、ちょっと幼児退行気味ですが。




