第20話 王の誇りと王族の責務
第05節 intermission〔2/3〕
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『第二次アプアラ独立戦争』の講和会議は、リーフ王都ワルパで行われることになった。
理由は、くだらなくも切実な内容である。
リーフ王国の各都市各方面軍は、新暦2年6月11日(カナン暦707年夏の二の月の朔)の時点で既にワルパが陥落していることを知らない。
この状況で、ビジア軍がアプアラ領都ウーラに向けて撤退を開始したら、集結中のリーフ軍と交戦することになってしまう。
既に終わった戦争なのに、戦闘が終わらない。その間抜けな状況を回避する為、リーフ王国各方面軍がワルパに集結することを待つ必要が出てきたのである。
とはいえ、ワルパに向かう各方面軍にとって、その状況の異常さはすぐに伝わるだろう。
城壁に掲げられた、白旗、アプアラ領旗、ビジア領旗、ドレイク国旗。
遠くからでも目にすることが出来る筈の、王宮尖塔の、消滅。
そして、頻繁に出入りする有翼獅子や龍の姿。
更には自国の首都でありながら、入市の際に武装解除を求められたこと。
これで「従前と同じ」と考える兵士や国民がいたら、そちらの方がどうかしている。
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王宮が崩壊している為、講和会議は都下の商人ギルドの大会議室を借りて行われることになった。
北国の大都市らしく綺麗な街並みの、けれど人気のない大通りをシェイラとともに、有翼騎士たちを伴って歩く。
歩く。
……歩く。
…………俺は一体、何を間違ってしまったんだろう?
侍女たちが、何故かその手に持つ箒。その穂の部分は取り外し可能になっていて、外すとそこに、凶悪な魔力銃“ヴォルケーノ”があるなんて、誰が想像する? そんな物騒な「箒」を日常で使うメイドが何処の世界にいる? っていうか、そんな物騒な箒を彼女らに渡したのは、誰だ? ……俺だけど。
そのメイドたちの傍らには、“百獣の王”と“天空の覇者”の相を併せ持つ魔獣が侍っている。これもおかしい。
有翼獅子は『傲慢』即ち『明けの明星』を象徴し、紋章学に於いては王家を示すイコンとなる、そんな魔獣だ。それが、まるでよく懐く猫か手乗り文鳥のような表情で、それぞれの相棒であるメイドに甘えている。……有り得ないだろう。
グリフォンたちを王国に呼び寄せたのは、DMである、俺だ。
だが、強制支配ではなく要請、という形を採っている。つまり、グリフォン側に拒否権があり、騎乗を許す条件はグリフォンたちが独自に決められる。
有翼騎士団を女性騎士団とすると決めたときから、しかしグリフォンにその背を許される女性には、ある程度の戦闘力が必要だと思っていた。
ところが。蓋を開けてみたら、選ばれた有翼騎士たちの殆どが、戦闘力を有さず、また戦闘とは無縁の日常を歩んでいた女性たちだったのだ。
けれど、グリフォンとの絆は疑う余地もない。
戦う力無き女性に、戦いそして誰かを護ることの出来る力を。
これは、ドレイク王国建国より更に前、ネオハティス市開闢時から考えていたことであり、その為に魔力銃を開発した。その意味では彼女らはその集大成なのだから、歓ぶべきことの筈なのだが、「これじゃない」感が付き纏うのは、多分どうしようもないことだろう。
当然ながら彼女らは入隊後、棒術、刺叉術、柔術などを護身術の一環として学ぶことが義務付けられている。また、魔力銃のアタッチメントには、薙刀、刺叉などもあり、近接戦に於いても侮れない戦闘力を持つに至っている。
それでもやはり違和感からは逃れられないようだ。
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「貴様! ドレイクの王か?」
尽きぬ悩みに頭を抱える思いで大通りを歩いていると、見るからにリーフの武人と思わしき男が声をかけてきた。
「新興と雖も一国の王にその態度。それがリーフの武人の振る舞いか?」
「黙れ。貴様が支配者を気取ろうと、我らリーフ軍は貴様如きに敗北した訳ではない!」
「確かにリーフ軍は敗北していないだろう。が、リーフ王国は敗北した。それが事実だ」
リーフ本国軍四万は一人たりとて兵を損じた訳ではない。そうである以上、一戦も交えることなく敗戦国の立場に立たされた彼らは、それを納得出来なくても仕方がない。しかし。
「黙れと言った! 我らリーフ軍は健在だ。貴様ら如きいつでも踏み潰せるんだ!」
「そうか、つまりアンタらにとっては、王妃や王子・王女の犠牲など、取るに足りないということか」
あの時。有翼騎士団による空爆とその後の魔力銃による狙撃を免れた王族は、地方の農園を視察に行っていた幼い王子と王女の双子だけだったのだ。
「それともアンタらは、王家を無視して独自の行動を採るということか? それはクーデターと言うんだぞ?
そして、ドレイク王国とリーフ王国の間の戦争は、既に終わっている。今日これから関係改善の為の会議が開かれ、つまり友好に向けての一歩を踏み出すという訳だ。
なら、明日の友好国の王家の為に、その王家に弓引くクーデターを、この場で鎮圧する必要があると思うが、どうか?」
「何が友好だ! 貴様らが王家の皆様がたを虐殺したのだろうが!」
激昂した武官相手に、しかし俺の気分は逆に冷めてくる。
「戦争で敵を殺すことは、悪だというのか?」
「王家の皆様は軍人ではない!」
「戯け! 民間人ならいざ知らず、国主たる王、それに連なる王族に、そんな言い訳が通る筈が無かろうが。
貴様の言葉はこの国のみならず、世界中の王族に対する侮辱と知れ!」
古代の戦争は、国王が最前線に立ち兵たちを鼓舞していた。
今は、殆どの国王は前線に立つことはない。しかし、それは戦争と無関係であるという意味ではない。
そして、次代の国王と、状況により王位を継ぐことになるかもしれない少年たち。
次代の国母と、その立場に立つ可能性を有する女性たち。
王家の血を外に繋ぎ、その血を絶やさぬことを使命とされた少女たち。
彼らは、王族として国王と同等の責務を担っているのだ。
王とは、領主であり、軍人であり、神官であり、商人であり、学者であり、鍛冶師であり、百姓であり、そして踊り子であり、娼婦であり、貧民でもある。
王とは国民の全てであり、故に国民一人ひとりの誇りを共有する者なのだ。
それを、今俺の眼前にいる武人は否定した。
王族は、己の責務を背負うことさえ出来ない未熟者である、とこの男は放言したのだ。赦されて良い言葉ではない。
「貴卿の言葉は、会議の後リーフ王に伝えておこう。
貴卿を処断するのは、我の役目ではないからな」
これ以上相手する気もない。
そう言い捨てて、武人の横を通り過ぎるのであった。
(2,999文字:2016/09/10初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/18 07:00掲載予定)
・ 魔力銃は、上位者の許可があり、且つ使用者がその認証キーを嵌め、その上でコマンドを発声することを以て起動するというプロセスが必要な為、暴発の危険は殆どありません。また圧縮空気の圧力に比べたら打ち合いに於ける衝撃など大したことはない為、銃身を棍棒の替わりに振り回したところで、そこに歪みが生じる心配はありません(勿論撃剣に使用した後は、念入りに検査しますが)。なお、日常から魔力銃を持ち歩けるのは有翼騎士団の特権です。ちなみに普段持ち用は、単発式の「魔力銃二型一式」です。
・ 有翼騎士団の後援組織として、ネオハティスに「可愛い奥様の会」が存在しているとか。一説によると、盗賊ギルド以上の諜報能力と単独で大鬼を屠る戦闘能力があるとも言われている? なお、主装備は棍棒だという噂も。
・ 「ならず者」の筈の元冒険者が、王族の矜持を語る。その内容が正当なものであるのなら、それを聞く名家出身の将軍閣下は、どんな感想を持つのでしょうか?




