第12話 事前準備
第04節 新時代の戦争〔1/7〕
新暦元年12月31日。年越祭。
今年はどんな食材を提供しよう? 何なら誰も食べたことがないであろう、真竜の肉なんかどうだろう? と言ってクリスをドン引きさせてたら、「今年は市民メインでやりたい」と町の人たちに言われてしまった。いつも【ラザーランド商会】からの供出品で宴を盛り上げていたから、今度は市民が材料を持ち寄り、催事を企画し、市民の祭として行うのだという。結局、俺たちは予算の補助のみを行い、純粋に祭りを楽しむことにした。ちなみに、【ラザーランド商会】からはまた大型魚の差し入れがあった(今はもう【ラザーランド商会】は民間企業となっているので、協力して良いのだそうだ。またドライアイスや液体窒素を使った保冷倉庫も備置し、味は劇的に改善している)。
新暦2年、春。
雪が深く降り積もっているが、知ったことじゃない。いよいよ末摘花の里の開拓を開始する。
当初これは公共事業として行う予定だったけど、幾つかの事情から、また地均しまでは俺が単独で行うことになった。
この地では、末摘花畑を作る予定だったけど、ビジアの農地の近くで野草として自生している菜の花を、また『竜の食卓』近くで自生している大豆を見つけたので、これらも栽培する。
ここはブルゴの森の北限で、野生馬(妖馬)の集落もあった。自称『魔物使い』のサリアが突撃したのは言うまでもない。
更に、近くに女郎蜘蛛の集落があった。「蜘蛛の糸を使った織物」に興味津々のサリアは、このアラクネたちと交渉をし、近くでよく巣を作る魔蜂(蜘蛛の天敵)の駆除を定期的に行うことを条件に、糸を分けてもらうという取引を成立させた。
蜘蛛の糸を得る為に、蜘蛛を養殖飼育しようとすればそのコストは膨大だが、先方から自発的に分けてもらえるのであれば、かなり安く上がる。おまけに魔蜂は、ハチミツに蜂の子、巣蜜(ハチミツと同成分だがこちらは固形化している)と、こちらも嬉しい収穫物。蜂の巣狩りは依頼がなくとも自発的に行う冒険者も多く、また蜂の巣狩りを専業にしている冒険者さえいるのだから、その上アラクネの糸まで入手出来るのなら、こんなに美味しい話はない。
但し、蜘蛛の食餌量は凄まじいので、ある程度は天敵に捕食されなければ生態系の危機という話もある。その辺りはバランスを取る必要があるのだが。
ちなみに、このアラクネの糸。以前の予想通りかなり熱に強い。この事実が、一つの結論を俺の中に導くこととなった。
魔力(リリスの微小細胞)は、生物の蛋白質並びにカルシウムを変質させる。大抵は高密度化(つまり強化)と劣化阻止だが、アラクネの糸のような完全な変質や、幾つかの魔物のように反応速度の増加(つまり運動神経や伝達神経、感覚神経の過敏化)などが起きている場合もあるようだ。もっとも、抑々が万能細胞だ。何がどうなったとしても、別段不思議はない。
ただ、高濃度魔力に満ちた空間で長く生活していると、遺伝子レベルで変化が起こってもおかしくはないだろう。そしてほぼ間違いなく、亜人は、そうして誕生したと結論付けられる。となると、ドレイク王国の民も……。
さておき。
末摘花の里の開拓第一段階、地均しを俺が一人で且つ急いで行ったのには理由がある。
雪融けとともに始まる、ビジアのアプアラ侵攻。その準備である。
アプアラは去年の夏頃リーフに屈し、アプアラ伯リクハルド・カトゥカ卿は移封という名目で、更に北の氷河地帯に追放されたのだという。
アプアラの地がリーフに支配されれば、ビジア、ボルド、そしてドレイクにとって、あまり嬉しいとは言えない状況になってしまう。だからその前にリーフを駆逐する。
が、その為には拠点であるビジアの領都オークフォレストまでの、インフラ整備を急ぐ必要がある。
まずは道。ネオハティスからオークフォレストまで。「ブルゴ街道」と仮称している道を整備する。それに際し、幅広の軌条を敷設して、鉄道を走らせる。
とは言っても、蒸気機関車でも電車でもない。魔力機関だ。
動輪に、〔移動〕の魔法を籠めた魔石を嵌め込む。
これにより、ただの手押し車でさえ自走可能になる。
ただ、出力を変化させることは出来ないので、動輪に直接ではなく動力ギアに魔石を嵌め込み、ギア比を変えたり空転ギアに繋いだりすることで、速度と出力を調整するのだ。また舵取りは難しいので、軌条に乗せることを前提とする。
この結果。人間なら2,000人を乗せ、ネオハティスから末摘花の里までほんの数時間で移動が可能となり、即ちオークフォレストまで日帰り可能となったのだ。
今回の戦争で、ドレイク王国とボルド市は、建前上後方支援を担当する。
それを考えると、この輸送力は、戦争の概念を変えるだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
「夏の一の月の20日目。ビジア軍はアプアラ侵攻を開始してもらいたい」
ビジア領都オークフォレスト。ここで、俺たちはアプアラ攻めの為の会議を行っている。
「夏の一の月? 雪融けはまだ先だぞ。
そんな時期に出陣しても、軍を碌に動かせないだろう」
侵攻時期を告げた俺の言葉に、ビジア領主ユーリは驚愕したようだ。今年は去年の異常気象の反動か、雪融けが遅い。
「だが、その頃には普通に商隊は動き出す。なら兵が動けないということはなかろう」
「アディ義兄さん、否、アドルフ王。貴方は長く商人をやっていたから、軍の指揮の仕方を忘れたのですか? 隊商が動けたとしても、兵士が動けるとは限りません。商人と軍人では装備が違うのですから」
「そこだな、問題は。
今回の侵攻部隊は、武装は最低限で構わない。防寒具は必要だが、鎧は必要ない。剣も槍も持参しないで良い。食料は念の為3日分を持っていてほしいけど、あとは野営の準備もいらない。要するに、輜重隊を引き連れる必要はないということだ」
「確かにそれなら雪を踏み越えることが出来るでしょうけれど、丸腰でアプアラに入ってどうするっていうんですか?」
「見せてやるんだよ。新時代の戦争って奴をね。
現場には、シェイラ率いるドレイク王国の特務部隊が先行している。
そして、我が国の誇る最強の切り札を初手から切らせてもらう。
フェルマール最弱のビジア軍三千が、五万の兵力を擁するリーフ軍と、そのリーフ軍に伍する戦闘能力を持つというアプアラ軍に対し無双するんだ。
痛快じゃないか」
「ですが!」
「厳密には、敵に軍を編成する暇を与えない。
ビジア軍三千は、早馬並みの速度でアプアラ領都ウーラに迫り、これを包囲する。
そしてそのままアプアラを降伏させ、更にリーフ王国王都ワルパに攻め上る」
「……それで、我が軍の損耗をどの程度と見積もっているんですか?」
ユーリは不安げに訊ねた。
「当然ながら無傷で、とは言えないだろうな。
が、一割未満。そう予定している」
(2,999文字:2016/09/06初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/02 07:00掲載予定)
【注:蜘蛛の捕食量に関しては、第七章第19話後書で掲記した2017年3月15日付の新聞記事(http://www.afpbb.com/articles/-/3121400)によります】
・ 竜の山の民が遺伝子レベルで変異して、「魔族」と言われるようになるのは、これから数百年先のこと。但し、『ドレイク王』はこの時点で、既にかなり人間からかけ離れているような気も……?
・ 魔力機関車の出力制御は、ギア比の調節と複数魔石のON/OFFによって行います。魔石単体での出力調整は出来ないのが最大のデメリット。
・ 第01話で語った防除用の網について、感想欄でさくれん(ID:902886)さんから興味深い情報をいただきました。この時代の紡績力・技術力では、サリアたちが導入した農業に使う防除用の網は、ほとんど効果が出ないだろう、と。「ないよりまし。これから発展させる」と回答しましたが、今回登場した「アラクネの糸」を使えば、結構効果的なものが出来るような気も……? というか、アラクネ配下の蜘蛛さんをスカウトして農産物を守らせる、というのも一考の価値がありそう。




