第08話 教育論
第02節 国家の建設〔4/4〕
(注:第01節と第02節は、会議室を舞台に進行します。退屈かもしれませんが、ご了承願います)
「教育の過程は、初等教育、高等教育、専門教育または最高教育と分かれるんだ」
俺は皆を前に、教育論について説明していた。
「そして行政の立場からこれを見ると、初等教育は『国が国民に求める、最低限の知識程度』ということになる。
高等教育はそれに対し、『国家の方向性』そのものだ。
サリア。以前、キャメロン騎士王国で学んだことについて、俺がどう評価したか覚えているか?」
「……色々言っていたよね。算術は数字遊びだとか」
「そう。そしてルビー。騎士と冒険者で、戦い方が違うってことも、もうわかっているよね」
「そうだな。騎士は正面の敵を粉砕することが求められ、冒険者はまず生き残り、次いで依頼を達成することを求める」
「じゃぁもしルビーが、子供たちに剣の扱い方を、戦い方を教えろと言われたら。ルビーは何を教える?」
「それは……、子供が騎士を目指しているのか、冒険者を目指しているのかで、教えることが変わるだろうな。
――っ! そうか。そういうことか」
「そういうこと。国家として、小細工はいらない、正面から正々堂々と戦え。というのが国是なら、騎士の戦い方を教える。
みっともなくても構わない、卑怯と罵られても問題ない。まず生き残り、次いで目的を果たすことが重要だ。というのが国是なら、冒険者の戦い方を教える。
ちなみに俺は、孤児院時代弟妹達には冒険者の戦い方を教えた。けど、やっぱり高等教育課程として戦技を教えるのなら。騎士剣術を学んでほしいと思うよ。冒険者の戦い方とか、斥候の戦い方なんかは課外授業で希望者に教える、って形かな?」
「……本当に、何をどう教えるかで、国が国民をどこに導こうとしているのかがわかるのね」
サリアが感心したように頷いた。
騎士王国の教育は、剣術・魔術関係以外の座学について、「何の為の勉強か」という疑問の答えが見えなかった。
「何の為に勉強するの?」これは、日本の子供たちにとっては普通の疑問であり、けれど答えることが出来る大人は少ない。しかし日本より社会が単純なこの世界なら、それを明瞭に定義することも出来る筈なのだ。
「ちなみに日本は、子供たちに可能な限り多くの選択肢を与えたいっていうのが当初の思惑だったと思うよ。だけど色んな事情がそれを捻じ曲げ、且つ教師の能力限界の所為で理想に届かず、結果無意味な知識ばかり蓄積させているというのも事実だけどね」
具体的な例が、「ゆとり教育」である。
科目の枠に留まらない、横断的・総合的な学習。これは実際の社会の現場には必要なことの筈。
しかし教師の側に、それを指導する能力に欠けていた。例えば、「経営」を学ぶ為に必要な国語と社会と物理と数学と経済と哲学を同時に指導することが出来る教師など、そんなに多くはない。ましてやそれが出来たとしても、直接受験に関係しない学習は、受験を前提に考えたら無駄にしかならないのだ。
閑話休題。
「そしてフェルマール、というか、この大陸国家の教育課程を見てみると、国家が国民に何を望んでいたのかが一目瞭然だ。
国民に対し、初等教育を施さず、当然高等教育も受けさせない。
ただ各ギルドなどがそれぞれの門弟に専門教育を施すだけ。
つまり、『読み書き』を含めた『知識』は、各分野で使われる『技能』の一環でしかない。だから知識が連絡しない。
鍛冶師ギルドは手回し式の水螺子を知っていて、職人ギルドは粉挽き水車の技術を知っていても、それが水力機関の揚水システムには発展しない。
それは、本来初等教育・高等教育で国民全体が学ばなければならないことを、専門教育としてその分野だけで使われていた結果なんだ。
だから。我が国の民である、子を持つ親は、保護者は、子供に初等教育を施す義務を課する。
国民全員が、最低限初等教育を修めることが出来るようにする。だから当然、学費は国の予算で賄う。
そして、希望する国民全員が、高等教育を受けることが出来るようにする。勉強より家業を優先しなければならないという子供には、夜間学習なり学資補助なりで教育にかかる負担を最小限にする」
「……これまでの常識で考えたら、『市民教育に国のカネを使うなんて!』って思うけど、ボルド市郊外の難民村時代から今までの二年間を振り返れば、教育の価値が良くわかるな」
「本当。知識だけで『不帰の森』を踏破出来るっていうのが、一番インパクトがあったものね」
ルビーの呟きに、オードリーさんが応じる。知識職と技術職は、いつの世も国の根幹。それを蔑ろにしたら、国はいつまでたっても成長出来ない。
「で、アディ。もし外国からの留学希望者がいたらどうするの? 外に漏らせない知識って結構多いでしょう?」
「あぁ、色々考えたんだけど、寧ろ積極的に受け入れようって考えてる。勿論身元保証がしっかりしていることが前提だけど。外国人留学生に対してまで、学資補助をするつもりはないけどね」
「それで、良いの?」
「ああ。知識はいずれ漏れ、広まる。なら学びたいって人には積極的に教えよう。勿論教えられない知識もあるけどね。
他国の知識職が不遇の扱いを受けているというのなら、我が国に亡命・永住を希望する知識人が増えるかもしれない。
他国の技術職が不遇の扱いを受けているのなら、我が国から持ち帰った技術は、その国の根幹を揺るがすことになるだろう。
どっちであれ、我が国にとっては有利に働く。それに、我が国特有の“チート”は、知識と技術だけじゃない。例えば『火薬』にしたところで、学んだだけで真似られるものじゃない」
錬金術さえ魔法に頼るこの世界では、科学が発展する土壌がない。そして、仮に硝石の作り方を発見することが出来たとしても、それの量産体制が整うまでには数年の歳月がかかる。更にそれで生み出されるのは、黒色火薬。まだ無煙火薬には及ばない。
また、スライムを使った硝化を真似ることが出来、且つネオハティスの鍛冶師ギルドから無煙火薬の知識を盗み出すことに成功したとしても、それを実用レベルに発展させるのにはやはり数年の歳月が必要になる。けれど、そうして生まれた鉄砲隊の実際の運用方法は、従前の戦争に於ける部隊運用とはまるで異なるのだ。それを知り、銃火器を中心とした戦術の構築まで、一体どの程度の時間がかかる?
その間、我が国は彼我に銃火器が存在する戦況に於ける戦術訓練を積むことが出来る。当然だ。身内で紅白戦を行えば、自動的にそうなるのだから。
なら、単純計算で30年くらいの間は戦術的優位が揺るがない。その間に、新技術の開発が出来れば。その優位性は、更に延長出来るだろう。
なら、知識の流出を恐れる必要はない。
逆に、「我が国に学びに来る」という状況が生み出すメリットの方が、遥かに大きくなるのだから。
◇◆◇ ◆◇◆
「で、アディ」
何故か改まって、サリアが問いかけてきた。
「アディが興す、国の名前は?」
「名付けて、『ドレイク王国』」
「龍王国?」
「守護竜・クリスに肖って、ってことで」
(2,969文字:2016/09/04初稿 2017/07/31投稿予約 2017/09/24 07:00掲載予定)
・ 個人の戦技より仲間と協調することの方が重要視される戦い方は「兵士の戦い方」であり、それは初等教育の内容、ということになります。
・ 日本の中等教育は、ここで言う「高等教育」を義務教育と任意教育に分けた、義務教育の部分を指して言います。
・ 従前の貴族教育は、ここで言う「専門教育」です。
・ ドレイク王国最大のチートは、「教育」です。知識・技術を体系立って教えることが出来るから、他国がその成果だけを盗み出したとしても、他国は応用も発展も出来ないのです。
・ ネオハティスの鍛冶師ギルドは、黒色火薬を無煙火薬に進化させる過程で、その他の液体爆薬・粉末爆薬の知識も習得しています。そこからリリスから学び得た(つまりアディが前世で触れることが出来た)知識に無い、様々な研究に着手することが出来ています。
・ 第六章第15話の後書きで「フランシス・ドレイク」の解説をしましたが、実は後半を省略していました。彼はその後、イギリス海軍がスペインの無敵艦隊を撃破した際の、攻撃艦隊の提督を務めており、スペイン人から『悪魔の竜』と恐れられていました(但しこの名称は、世界一周以前の海賊時代から使われていましたが)。「史上最悪の独裁者の名を持つ男が興す国が、悪魔の竜の名を冠する」。知っている人にとっては、かなりの皮肉でしょう。……ただ単に、「魔王の国」との説得力が増すだけかもしれませんが。




