第06話 理想の国
第02節 国家の建設〔2/4〕
(注:第01節と第02節は、会議室を舞台に進行します。退屈かもしれませんが、ご了承願います)
俺たちが興す国の軍備について、説明は続く。
「歩兵隊第二隊。所謂通常戦力、正規軍だ。
装備はゴブリンエリート隊と同じで、蟻甲鎧と蟻槍、副武器は神聖鉄合金製の小剣になる。
そして特務部隊。
シェイラが指揮を執り、森妖精達にも協力してもらう。
斥候や暗殺などの非正規戦部隊だ。表舞台には立たず、だから煌びやかな鎧もない。けど、全員に魔力銃を持たせる」
なお、スノーたちには秘密だが。この特務部隊には盗賊ギルドから出向してきた盗賊たちも多く含まれる予定である。
◇◆◇ ◆◇◆
「それで、その兵数はどの程度なの?」
町政を預かる立場から、セラさんが疑問を投げた。少な過ぎれば軍としての価値はなく、多過ぎれば通常の経済活動が滞る。意外に微妙なところなのだ。
「まず森林警備隊。これは【ラザーランド商会】から……じゃなく、国、政府からの常設依頼として冒険者ギルドに出す。3人以上で構成される旅団3個から5個、がその従事人数、ということになるだろうね。
警察隊。これは冒険者と兵士からの出向、って言ったけど、専任の警官もいた方が良いと思う。具体的には、専任5人、冒険者からの有期派遣で25人、軍からの派遣で20人の合計50人かな?
予備隊は500人を定員とする。けど繰り返すけど志願制だから、定員を満たせるかどうかは不明。
有翼騎士団は定員50人。
有角騎士団は定員150人。
ゴブリンエリート隊は定員50人。
歩兵部隊は定員200人。
特務部隊は定員50人。
よって、常設軍は定員500人。予備隊を含めて合計1,000人がこの国の兵数ということになる」
「1,000人……。足りる、の?」
「昔ながらの戦争をするのなら、全然足りないけど、魔力銃と航空戦力のお陰で、多分十二分の戦力になると思う」
ちなみに、この数はネオハティス総人口一万人と概算した時の、数理計算上の労働者人口の4割に達する。そして女性の方が多いネオハティスの現状を踏まえた、女性を戦力化させることも前提とした限界数でもある。とはいえ現状のネオハティスの総人口は16,045人(新暦元年6月30日現在)だから、もう少し人数を増やしても大丈夫だと思えるが、まだ建設途上の国造り。人手はそちらに回したい。
◇◆◇ ◆◇◆
「私からも質問。『有翼騎士団』と『有角騎士団』。つまり、騎士爵に叙爵するってこと?」
スノーの質問に、
「しない。俺の国に『騎士爵』という爵位は置かない。騎士はあくまで、騎兵の別称。
だけど、常設軍500人には、全員貴族教育をする」
「え? 叙爵しないのに、貴族教育?」
「というか、俺の考えでは、この国の子供たち全員に、貴族教育を施すつもりだけどね。
礼儀作法、立ち居振る舞い、ダンス。
女子はドレスの捌き方。男子は騎士の精神を。
その上で、常設軍人には政戦両略、他国の貴族や王族との接し方・あしらい方も学んでもらう」
「子供たち全員に、貴族教育?」
「そう。それが俺の求める国の姿だから。
ちなみに、皆の夢見る理想の国の姿って、どんなんだい?」
俺の問いかけに、
「皆が笑って過ごせる国、かな?」
とスノー。
「一人ひとりが為すべきことを自覚し、為すべきことを為す国だ」
とルビー。
「子供が飢えることのない国、かしら?」
とセラさん。
「セラが余計な苦労を背負い込むことのない国、だな」
とシア。
「空腹にも、寒さにも、寂しさにも、涙することがない国、だと思います」
とシェイラ。
「常に新しいことを追いかけ続けられる国、かな?」
とシンディ。
「危険かもしれなくても、誰もがやったことのないことに挑戦出来る国だと思うわ。シンディの答えに似てるけど」
とオードリーさん。
「あたしは……、よくわからないわ。ただ、のんびり暮らせる町がある国だと、嬉しいかな?」
とカレン。
「で、サリアは?」
「自分で自分の生き方を選べる国。やっぱり日本が理想に近いと思うわ。だけどもう少し頑張りが認められる国であってほしいけど」
◇◆◇ ◆◇◆
「実を言うと、俺の理想もサリアと同じなんだ」
「でも、アディは新しい国を王政にするつもりなんでしょう?」
「そうだ」
「どうして? 何故民主主義を理想としながら、民主主義を否定するの?」
「時期尚早、っていうのが、結論だ。
時々話題に出る、ガウス共和国のことを憶えているか?」
「衆愚政治の果てに崩壊した国、だったよね」
「そう。でもそれは、他人事じゃないんだ。
俺たちの前世の世界で、民主主義を最初に勝ち取ったのは、フランス革命だと言われている。
だけど、サリアはフランス革命の結末を知っているか?」
「……マリー・アントワネット王妃の斬首?」
「外れ。それははじまりの終りだ。
正解は、ナポレオンの台頭」
「え?」
「フランス革命は、失敗したんだ。
革命政権は、権力を握った途端貴族の真似事を始めた。そして、急速に民衆の支持を失っていった。
彼らは民主主義を標榜していた筈なのに、自分たちに反対する意見を権力と暴力で圧殺した。その結末がフランスの復古王政。そしてナポレオンが登場するんだ」
ちなみに、21世紀初頭のフランス共和国は、『第五共和政』とも言われている。
第一共和政がフランス革命からナポレオンの即位まで。
第二共和政が二月革命からナポレオン三世の即位まで。
第三共和政が普仏戦争(独仏戦争)から第二次世界大戦によるナチス占領まで。
第四共和政が第二次大戦後からド・ゴール軍事政権の誕生まで。
そして21世紀の第五共和制は、ド・ゴール政権以降、である。つまり、フランスの歴史は民主化革命とその革命政権の崩壊の繰り返しなのである。
「民主化革命は、革命政権が高度な政治手腕と理念、そして統治能力を持たなければ、早晩崩壊する。
虚構にありがちな、転生王の強権で民主主義を実現しても、そこには破滅以外の結末はない」
その一方で、自然発生的な民主主義革命も、流血とは無縁でいられない。どう言葉を飾っても、既得権益の簒奪なのだから、穏やかに済む筈がないのである。
だから。
「俺は、自分の国に、自然な権力移譲のシステムを組み込んでおきたいんだ」
その根幹は二つ。
襲爵(爵位の承継)に、高額の相続税を課す。
平民に高等教育と貴族教育を施し、有為な人材を積極的に国政に登用する。
これにより貴族は、代を重ねることで爵位が重荷になる。
その一方で平民が高等教育と貴族教育を受けられ、国政を担えるようになれば。
流血とは無縁の権力移譲を期待出来るようになる。
民主主義国家を作るのではなく、百年後の民主化の種子を蒔く。
異世界チートで最優の答えを与えるのではなく、異世界チートで必然の悲劇を回避する。
それが、俺の理想の国造りなのである。
(2,971文字:2016/09/02初稿 2017/07/31投稿予約 2017/09/20 07:00掲載予定)
・ 学べば身に付く知識なら、畑の耕し方から貴族の作法まで、勉強しなければ損でしょう。
・ おそらく、ガウス共和国を興したのは、過去の転生者なり転移者なりだったのでしょう。民主主義の理想を追って、国を独立させたのは良いけれど、国民が民主主義を運営出来る程には成熟していなかった。結果、どのタイミングでかは不明ながら、共和国の政権は、豪商や豪農が自分の利益に誘導することのみを第一義に国家を運営するようになったのだと思われます。いつの時代も、どのような革命であっても、「革命を起こす」ことより、「革命の結果政権を担った後、その理念を貫き通す」ことの方が難しいのですから。
・ フランス革命の顛末は、随分端折っています。興味のある方は独自に調べてみると面白いと思います。また、「第○共和政」という呼び方は、憲法が改正されるごとに繰り下がるようですので、ド・ゴール政権は、フランス憲政史的には革命やクーデター政権、という訳ではありません。




