第04話 鉄と炭
第01節 余波と兆し〔4/4〕
(注:第01節と第02節は、会議室を舞台に進行します。退屈かもしれませんが、ご了承願います)
鉄が尽きた。
考えてみれば当然である。「普通の町の需要の数年分」の鉄のストック、等と嘯いてみても、魔力銃だのラチェットギアだのトロッコ用の軌条だのと、他の町とは比較にならない程の鉄鋼需要があるのだ。ボルドにある俺の邸館の、即ち個人で所有する程度の高炉・転炉で製鉄出来る量で、賄い切れる筈がない。
また炭も同様である。軌条を敷く為には枕木が必要であり、それ以外にも建築資材として大量の木材需要もある。
幸いなことに、俺の〔無限収納〕には、町一つ分の面積の樹木を丸ごと備蓄している為に、枝と切株(幹の根に近い部分)は薪と炭に、幹は薪と炭と建材に、大鋸屑や端材、樹皮・小枝なども炭(オガ炭)に、と分けることで需要を維持しているのだが、如何せん材木のみならず薪や炭(それも上質なもの)は、作るのに時間がかかる。またオガ炭の原料となる端材・大鋸屑等と根(伐根材)は乾燥させ、粉砕しチップにしたのち圧縮成形し燃料用木材(普通の薪を使うよりは火力や燃焼時間の調整がし易いがコストは高くなる)とするなどして、無駄なく活用する工夫をしているが、それでも量に限りはある(ちなみに葉は腐葉土にして肥料にしている)。
エルフの里やオークフォレストからも生木や材木を輸入出来るが、それも現状焼け石に水。ボルドでの炭焼きも軌道に乗り出したが、こちらも個人的な需要を満たすのに使われる程度で、レールだの鉄筋造りの建築物だのといった規模の需要の為の製鉄に供するにはまるで足りない。
こうなると、どうしても製鉄用反応剤として、木炭ではなく石炭に頼らざるを得ない。石炭は、内包する硫黄分が多い為製鉄には向かないが、予備燃焼して硫黄を除去してから高炉にぶち込めば使えないこともない。高炉に石灰を投入するのは、残存硫黄分を除去(石灰と反応させて石膏――硫酸カルシウム――に)する為なのだから(なお、21世紀の地球で主流の、『高温炭酸ガス吹付型の高炉』を作る技術は――残念ながら――ない)。
こちらも幸いなことに、『竜の食卓』の麓に石炭の堆積層が確認されている。もう少し具体的に言うと、『ブルゴの森』の北端近くから、末摘花の里の建設予定地とオークフォレストの地下を潜り、ブッシュミルズの近くまで堆積層は続いている。但し、ブッシュミルズの近くでは泥炭になっていることを考えると、オークフォレストの辺りの地層では亜炭レベルであり、肥料としてならともかく燃料としては期待出来るものではないだろう。
ともかく残り少ない鉄で軌条を敷設し、炭鉱から竜の谷までの輸送効率の向上を試みていた。
一方で、鉄。
こちらは『竜の食卓』の上、『竜の山』の山肌に磁鉄鉱を主成分とする砂鉄と黄鉄鉱(硫化鉄)の鉱床を確認している。が、流石にそこまで軌条を敷くには現在の鉄の量は足りない。
そこで、俺は暫定的処置を決断することにした。
それは、竜の谷の奥を『リリスの不思議な迷宮』と接続することだ。
そうすれば、ハティスの鉄鉱窟並びに炭鉱と行き来出来る。
炭鉱は俺の個人所有物であるが、それを言ったらネオハティスの町そのものが俺の個人所有物である。今更そんなことで使用料を請求する意味もない。
また『リリスの不思議な迷宮』と接続することで魔物の湧出リスクは高まるものの、抑々竜の谷自体が魔物の領域と定められている為、それこそ飛竜が襲ってきても不思議ではないのである。
『竜の食卓』の炭鉱と『竜の山』の鉄鉱山。これらが生産ベースに乗るまでは、旧ハティスの炭鉱と鉄鉱窟を有効利用することは、間違っていないだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
ところで。空間接続は俺の魔法の研究テーマの一つだった。
が、残念ながらこの研究は断念せざるを得ないというのが結論である。
〔空間転移〕が出来るようになったので、空間接続も難しくない。そう思ったのだが。
結局のところ、常時繋ぎっ放しにする為に必要な魔力量は、俺の想像を超えていたのだ。
抑々〔空間転移〕でさえ、俺の最大魔力量の大凡8割近く消費する。その為複数回の利用は出来ず、また有事の緊急脱出手段としての使用も期待出来ない。
諦めて、空間接続はDMとしての権能に期待するというのが、どうやら賢い考え方のようだ。
また、それに伴いボルドの邸館とネオハティスのアドルフ邸、同男爵邸、そして『竜の食卓』奥の王宮建設予定地も『リリスの不思議な迷宮』と接続(但し迷宮内で他の場所と繋がる岐路には扉を付けて封印した)。
◇◆◇ ◆◇◆
そしていつの間にか。
竜の谷では高炉・転炉の建設が始まっていた。
誓って言うが、俺はこの件には完全にノータッチである。
設計の中心は、シンディとメラ。リリスが技術指導をしているようだ。
ボルドで日常的に高炉・転炉を使用していた二人が、その規模を数十倍に拡大した大型高炉を設計し、且つ『竜の食卓』の斜面さえ活用した大規模製鉄施設の建設に着手したのである。
製鉄量は、最大日産数t。
それこそボルドとビジアの年間需要量を一日で製鉄出来る規模であった。
また、『竜の食卓』の炭鉱から産出される石炭。
こちらも念の為確認してみたところ、コークス化させることに成功した。
これによりコークス転換窯も作り、この炭鉱の石炭は製鉄専用とし、ハティス炭鉱の石炭は順次燃料用に切り替えて行くことになった(ついでにコークス転換窯では火薬生成用の純硫黄も精製出来、無駄なく活用出来る)。
◆◇◆ ◇◆◇
製鉄反応剤を木炭からコークスに切り替えることで、木炭の需要が減り、その分を建材需要に充てることが出来るようになった。けど、なお木材は不足している。
こちらは建築ラッシュがひと段落すれば落ち着く筈なので、それまでは建築物の優先順位を検討し、また石材や高炉廃棄物を建材に流用するなど、何とか騙しだまし繋いでいく予定である。
一方、鉄の需要。
これまで鉄は、武具として求められていた。
しかし、今では竜革や蟻甲・蟻槍があり、更に魔力銃が開発された現在、武具としての鉄の需要はかなり減少している。
その一方で、副武器としての小剣は、神聖鉄と普通の鉄の合金製のものが開発されるようになった(実際「製鉄」しなければ使えない鉄鉱石よりも、ヒヒイロカネの方が使い勝手が良いというくらい、アディの手元には在庫があったのだ)。
こちらの数も充分用意出来、漸くネオハティスの軍備を考える時期が来た、といえるようになったのである。
(2,957文字:2016/08/28初稿 2017/07/31投稿予約 2017/09/16 07:00掲載予定)
・ なおアディは「21世紀の地球で主流の、『高温炭酸ガス吹付型の高炉』を作る技術はない」と述懐していますが、アディがリリスの助言をもとに作られた高炉は、その排気を熱風炉に還流するシステムを採用しています。高温排気をそのまま排出することを考えれば、既に高温になっている高炉排気を熱風炉で更に加熱して高炉に吹き込んだ方が効率が良い、という理由で。しかしこの『高炉排気』。その正体は、高温炭酸ガスです。つまり、不完全ながらも『高温炭酸ガス吹付型高炉』を既に採用しているということです。結果、本来のコークス型高炉より石炭消費が少ないのですが、そもそも本来のコークス型高炉と比較出来ないので、アディはそれを知りません。
 




