第40話 マッチポンプ金融と不正受件
第08節 国づくり・民づくり〔4/6〕
「最近、町の治安が悪化しているようね」
町長代理がある日、ぽつりと呟いた。
「そうですね。目立って増えているのは、空き巣狙いのようです。
冒険者による暴力事件は横這い。
一方で新市民による女性に対する暴行事件はかなり減ったようです。これは間違いなく、市街の一角に出来た花街のおかげでしょう」
「アディ君が花街を造るって言った時はどうかと思ったけど、結果的には良かったみたいね」
「ええ。ちなみにシンディのアタックも随分落ち着きました」
ネオハティスに花街を造る。
それを聞いたシンディは、「溜まってるんならあたしが相手をしてあげる」と、ついに禁断の寝室突入をしでかしたのだ。腰を据えて話をし、当座の理解を得たうえで、その日は夜も遅くなったという理由で同じ寝台で一緒に寝た。
朝起きて、自分の下着の中を確認したのは言うまでもない(どうやら貞操は無事だったようだ)。
「でも、そろそろちゃんと答えを出さなきゃ駄目よ? 王様になるんなら、王妃様のことも考えなきゃいけないんだから」
「勿論、考えてますよ。彼女らに対して、言うべき言葉とするべき行動があります。けど、当然順番というものもありますからね」
「男の人にとっては仕事が一番・女が二番かも知れないけど、女にとっては自分を一番に見てほしいものなのよ?」
「わかってます。それに、順番ってのは彼女らと仕事とどっちを優先、って意味じゃないですよ。
序列をつけるつもりはないけど、俺が一人しかいない以上、一人ずつ順番に向き合う必要がありますでしょう? そういう意味です」
「……誰が最初?」
「一番大事にすると誓った娘が一番最初です」
「なら、善し。
話は戻るけど、空き巣が増えたことに対して、何か手の打ちようはないかしら?」
「当面は冒険者による警邏活動があるだけですね。ボルドやビジアとの関係上、ネオハティスが軍事力を整備するのは、まだ時期尚早です。警察も組織しなければいけないんですが……」
「じゃぁ私の方から、市民に施錠の徹底を通達するしかないわね」
「そうですね。サリアの新聞にも記事を掲載させましょう。
その他に、銀行を作ることを考えています」
「銀行? それは何?」
「銀行の役割は、大きく分けて三つあるんです。
一つは流通貨幣量の調整。この場ではこれは無視します。
一つは、間接金融による資金融資。後で説明します。
最後の一つは、預金による消費者保護です。
つまり、手元にお金があるから狙われるんです。なら、そのお金を別の場所に置いておけば良い。けど、それだと隠し場所が狙われたらおしまいです。
だから銀行に預け、銀行が預かったお金を一括で管理するんです。
でも、預かったお金を金庫に眠らせておいたら勿体無いです。
だから、銀行はこのお金を職人やギルド、場合によっては領主に貸し与えるんです。
一人ひとりの預金額が大したことなくとも、千人分の預金を集めれば、これは大金です。
そのお金を一ヶ所または少数に貸し出すことを考えれば、かなりのお金が動きます。
結果、資金難で何も出来なかった人たちが、大きなことが出来るようになるんです。これが、間接金融による資金融資、ということです」
「つまり、『預金』って視点で見ると、私たちの手元に現金があったら盗まれるかもしれないから銀行に預ける。銀行は預金者のお金を一括管理出来るから、防犯も個人でやるより効率的に出来る。だから安全になる。
そして『融資』って視点で見ると、銀行は多額のお金を動かせる立場にあるんだから、それを集中投資すれば投資された人にとっては大きなことが出来る。
ってことなのね?」
「その通りです」
そしてこの銀行。今俺が計画しているものは、所謂「国営銀行」である。そして、ネオハティスで流通する通貨『イェン紙幣』は現在【ラザーランド商会】で発行しているのだが、その部門を銀行に移管すれば。
市場に流通している紙幣を、『預金』という形で回収出来る。それを更に『融資』という形で貸し出せば。市場に流通する数理計算上の貨幣の量は、単純計算で実発行量の倍に膨れ上がるのだ。そして融資の額と回収スパンを調整することで、市場の貨幣量を調整することも出来る。
いずれは都市銀行・民間銀行(市中銀行)も誕生しよう。そうなったときには「国営銀行」は市中銀行に対する貸付業務と、国債発行による貨幣の流通量直接管理に限定し、預金と融資は市中銀行などに一任する。
しかし。
抑々の町の治安悪化の原因は、俺が盗賊ギルドを誘致したことにある。俺の施策の所為で治安が悪化し、治安が悪化したから市民の財産を守る為に銀行を作り、銀行にお金が集まるから大規模な投資が可能になる。
内情を知れば、明らかな『マッチポンプ金融』ということが出来る。
◇◆◇ ◆◇◆
「アディ君、ちょっと良い?」
セラさんと国営銀行の設立に関して具体的な内容を検討していた時。
冒険者ギルドのギルマス・オードリーさんが執務室にやって来た。
「どうしましたか?」
「実は、一部の冒険者が依頼を不正受件しているという話が出たの」
「それは、別の冒険者が請ける予定だった依頼を横取りした、とか?」
「否、そうじゃなくて、報酬の額に比して難易度の低い依頼ってどうしてもある訳じゃない? それを、一部の冒険者が独占している、って訴えよ」
「それは……、現場を見てみないと何とも言えませんね。どんな依頼なんですか?」
「【ラザーランド商会】からの常設依頼。S式浄化槽の管理保全よ」
◇◆◇ ◆◇◆
その依頼の内容は、浄化槽内に棲み付いているスライムから核を抜き、神聖金製の壺に封印し、また別の壺の中にあるスライムコアを浄化槽内に放つ、というものだ。
スライムは魔物としては最弱なので、難易度はそれほど高くない。ただ殺さず(コアを傷付けず)コアを封印するのに手間がかかるので、鉄札の依頼となっている。
俺はオードリーさんとともに、その依頼の現場を視察したのだが。
……確かに、これは酷い。
その冒険者が浄化槽の蓋を開け、手を叩くと。
スライムが自分から浄化槽から出てきて、何と、粘体を脱ぎ捨ててコアだけになってその冒険者のもとに転がってきた。
冒険者は、スライムコアを無造作に手掴みして壺に入れ、また新たなコアを前のスライムが脱ぎ捨てた粘体の上に放ったのだ。
新しいスライムコアが、前のスライムの粘体を自らのモノとして馴染むのを見計らい、冒険者はスライムに魔石粉をかけると、スライムは嬉しそうに魔石粉を取り込んだのち、大人しく浄化槽の中に戻っていったのである。
その冒険者の工夫の成果。スライムと友好的な関係を結べたから出来ること。それは賞賛すべきこと。
とはいえこのやり方では、浄化槽内のスライムが肥大化し過ぎる。それはスライムの餌として、排泄物だけでは足りなくなる恐れもあるということだ。
結局、ここの浄化槽の保全はこの冒険者に専任し、代わりに粘体の一部回収も任務に含めることにした。
……それにしても、スライムを手懐ける冒険者がいるとは。
(2,998文字:2016/08/10初稿 2017/07/31投稿予約 2017/09/04 03:00掲載予定)
・ 商人ギルドも銀行と似たようなことをしておりますが、融資メインではなく為替決済を前提とした預金(所謂「当座預金」または「決済用口座」)がメインです。また商人ギルドの為替預金は商人しか使えませんので、住み分けが出来ます。なお、商人ギルドが融資業務にも手を出すのなら、それは「商工組合中央金庫」(商工中金)と呼ばれるようになるでしょう。
・ 「国債発行による貨幣の流通量直接管理」について、もう少し。国債を発行し、消費者が国債を買えば、市場に流通している現金の量は減ります。つまり、財布の中にある現金の量が減る訳ですから、一般消費者は買い物を控えます。その為販売側は購買意欲を高める為に、値段を下げるのです。インフレを意図的に起こしたければその逆を行えば良いんです。
・ 最近、ネオハティスの冒険者たちの間で『魔物使い』志望が増えています。それも、小鬼や有翼獅子、飛竜のような高い知性を誇る魔物と縁を結ぶより、知性の低い魔物を飼い馴らせることの方が優れていると評価されるようです。スライムをテイムすることが、彼らの中でどの程度の評価になるかは一周廻って謎ですが。




