第39話 清と濁
第08節 国づくり・民づくり〔3/6〕
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アディはシェイラに、一つの密命を与えていた。それは、盗賊ギルドを取り込むこと。但し、これはスノーやサリアにも秘密とした。
盗賊ギルドは、町で暗躍する小悪党どもの元締めである。だからそこに属する連中は、どう好意的に評価しても、善なる者とはいえない。「美しい国」を作る為には、真っ先に排除することを考える対象であり、ギルドの存在自体許されることはないだろう。
しかし。アディは彼らを、自分の国に必要な存在と結論付けたのである。
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「俺たちの情報力を高く買う、か。
『殺戮白猫』のご主人様は、近いうちに国を興すと宣言しているそうだが、察するに斥候職を募集しているということか?」
「最初に、そちらの少年が手にした金塊は、手付けということでそのまま納めてくださって結構です。
ご主人様が興す国にギルドを構えてくださるのであれば、他に毎年補助金をギルドに支払うと約束しましょう。勿論公的な予算に組み込む訳には参りませんから、所謂機密費からの支出となりますが。
他に、国内に於ける活動の黙認。これは、取り締まりの対象とはならない、という訳ではありません。が、一定の免罪と刑罰の猶予制度を以て厳罰を回避することが出来るでしょう」
これは、ギルドに所属する盗賊が治安当局に捕縛された時、ギルド幹部が身元保証人として出頭し一定の保釈金を納入すれば、厳罰に処されることなく解放されるというルートを用意するということだ。そしてその保釈金相当額を国が補助金として負担するのなら、事実上ギルドは懐を痛めずに、下手を打ったメンバーを救出することが出来ることになる。
「そして、商隊の護衛に付く冒険者に関する情報の提供。但しこの情報を提供する代わりに、護衛冒険者たちを殺害することは基本禁止しますが」
つまり、護衛代金をケチって下位冒険者に護衛させる隊商は、(その情報が盗賊ギルドに漏れることから)廉くない勉強代を支払うことになるのだ。
「……俺たちに都合が良すぎて、気味が悪い。
その対価に何を求める?」
「一つは、貴方が先に仰ったとおり、国の斥候・密偵として動いてもらうこと。
一つは、窃盗等の軽微な犯罪を容認する代わりに、殺人等の重い犯罪をギルドの方で抑止してもらうこと。これは、暗殺者ギルドをはじめとする他の闇ギルドに対する牽制も含まれます。
そして一つ。一般市民としての生活から零れ落ち、貧民街に流れることになるであろう者たちの受け皿となること」
「ネオハティスの町長代理は、孤児院の院長先生だろう? なら孤児らの保護はそっちでやるんじゃないのか?」
「子供であれば当然孤児院で引き受けます。が、その時既に成人していたり、何等かの理由により孤児院に入ることが出来ない子供だったりという場合もあるでしょう。そういう、公的に保護することが出来ない人たちを、お任せしたいのです」
二段階のセーフティネット。公的或いは民間の救済と、非合法の領分からの救済。これがその構想であった。
そして、アディの闇ギルド管理政策の原案。「秩序ある小悪を以て、大悪を制す」。それは、近世日本の「ヤクザによる地域治安の維持」のシステムなのである。
加えて盗賊ギルドの暗躍を黙認することで、逆説的に市民の善性を保つことが出来る。無防備な隣人に対しては、善人であっても魔が差すことがあるのだから。
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「よくわかった。即答は出来ねぇが、前向きに検討しよう。
もう一つ。あんたらは俺達を釣り出す為だけに、倉庫いっぱいの金塊を用意したってのか?」
「ご主人様は、個人で幾つかの金山を保有しております。
ご希望でしたらそのうちの一つを盗賊ギルドの管理下に置いても構いません。
但し、その場合の鉱員はギルドで手配してもらうことになりますが」
「それは好い、って言いてえが、採掘・精製・輸送・売却なんかの手間を考えたら割に合わねぇな。あんたらにとっては俺達盗賊が足を洗うきっかけになるかもしれねぇがな」
「では今後も足が付き難いように、ギルドとの取引は刻印の無い金塊を以て行うことにしましょう。
最後に、ギルドマスター。貴方の名前を教えてください」
「ギルドでは『S-0』と呼ばれている」
「では、次に会う時までに、人前で名乗れる名前を用意しておいてください。
対外的にはご主人様が個人で雇ったスタッフ、という扱いになりますので」
「当たり前のように俺たち日陰者を取り込もうとする、アンタのご主人様に興味が湧いた。結論がどちらに転ぶにせよ、一度は顔を出すと約束しよう」
「今はそれで結構です。
ついでと言っては何ですが。そこの彼、私に預からせてもらえませんか?」
「D-9を? 何故だ?」
「追跡しているとき、あまりに未熟な隠形ゆえ目を覆いたくなりました。
我が国の斥候職を務めるにしろ、このまま盗賊を続けるにしろ、今のままでは先は無いでしょう。ちょっと鍛えさせてください」
「良いだろう。アンタらとの関係がどうなるにしろ、D-9にはアンタにギルドの位置を知られた件について制裁を課す必要がある。それをそっちで引き受けてくれるってんなら、願ったりだぜ」
「お、親父さ~~~ん」
「では行きましょう。大丈夫。もし私の下から逃げることが出来るのなら、それを以て卒業と看做しますから。ただ、もしかしたら私の傍にいるのが一番安全かも知れませんよ? 何せ、そこに送り込まれて脱出出来た人間は、盗賊ギルドや暗殺者ギルドのランクSと呼ばれる者たちの中にも一人もいませんから」
ちなみに、送られる先は『ベスタ大迷宮』。「虎の穴」ならぬ「邪神の穴」である。普通に脱出しようとしたら、出来たとしても、ボルドまで戻るのにどれだけの時間を要するか。
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アディの「秩序ある小悪を以て大悪を制す」という方針は、盗賊ギルド相手だけではない。奴隷商や娼館主ギルドも含まれる。
奴隷商を管理することで、違法な人身売買を抑止するに留まらず、合法であっても未成年奴隷が出品されたら速やかに行政が買い上げるルートを確立し、結果街上孤児を減らすことが出来る。当座の費出は増えるが、トータルで見ると実は孤児を探し出して保護して育てるより余程割安なのだ。
また、娼館主ギルド。これまでネオハティス市民に女性が多かったからその必要性はあまり論じられずに済んでいたが、これからは寧ろ一般女性を性犯罪から保護する為にも、職業女性が必要になる。但し、彼女らに対する福利厚生(病気対策)と強制貯蓄(足を洗う資金)など、女性の社会復帰の道を残すことも必須だろうが。
清と濁。併せて呑み干す、国造り。
その為には、世間から『悪』と指弾されるギルドの協力も、不可欠なのである。
(2,984文字:2016/08/10初稿 2017/07/31投稿予約 2017/09/02 03:00掲載予定)
【注:「虎の穴」(「とらのあな」ではない)は、〔梶原一騎原作『タイガーマスク』講談社コミックス〕に出てくる悪役養成所を原典とした、特定技能の促成栽培施設を指す一般用語です】
・ 護衛冒険者の情報を盗賊ギルドにリークする。これは、盗賊サイドから見ると、上位冒険者を護衛に雇っている商隊は襲撃に失敗するリスクが高く、下位冒険者を護衛に雇っている商隊は襲撃が成功する可能性が高いという事を事前に知り得ることになります。つまり、商人サイドから見ると、護衛報酬をケチって下位冒険者で体裁を整えようとすれば、盗賊に襲撃されるリスクが増えるという事になるのです。その一方で、盗賊ギルドにリークされるのは冒険者の名前とランクだけ。だから、冒険者サイドから見ると、盗賊が自分たちのことを「上位冒険者」と勝手に認定して手出しを控えれば楽な依頼になりますし、「下位冒険者」と断定して襲撃してくれば対人戦の経験を積む機会を得られる。冒険者側に手加減する理由はありませんから、その場合襲撃する盗賊たちは、冒険者の経験値とされることでしょう。
・ この時代の金の産出量・精製技術とその消費量を考えると、アディの〔選鉱〕で採掘出来る金は、文字通り無尽蔵と言っても過言ではありません。その為ネオハティスの対外取引(市外の領地や商人相手の取引)には、この金塊で支払うことで市行政府は外貨を蓄積しているのです。なお、アディ達にとって金は産業金属としての需要の方が大きいのです。
・ 真面目な話。「金を採掘するよりも、その鉱夫にジーンズを売りつける方が儲かる」のが歴史の真実なのです。
・ 花街で仕事する、職業女性。某『森の肉食獣』が多いような気も。
・ 「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋ひしき」(読み人知らず)。あまりに清廉過ぎる政策は、寧ろ善良な一般市民にこそ忌避されます。適度の不正と小悪を許容してこそ、穏やかな日々が送れるのかもしれません。




